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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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05 終末の担い手


「何か、手はないのか……」


 後ろ手に縛られ、ざらついた地面へ転がされた。

 痺れはまだ抜けきらず、指先の感覚が曖昧だ。力を込めても、応えが遅れて返ってくる。


 隣でナルシスが倒れ伏している。呼吸は浅く、利き腕だけが辛うじて動いているようだが、あの出血量だ。戦える状態じゃない。


 冷えた石の感触が、体温を奪ってゆく。

 頭が冷えるにつれて、否応なく現実を突きつけられた。


 絶望的だ。


 剣も、腰の道具袋もない。ナルシスの装備とまとめて、籠の中へ無造作に放り込まれていた。

 今は見向きもされていないが、すべてが終わった後で品定めするつもりだろう。


 ナルシスが倒した五人の賊。その遺体が、籠の側へ運ばれていく。

 「供養する」という言葉が耳に入った。賊同士なりに、仲間意識はあるらしい。


 俺が顎を打ったふたりは治療のため奥へ。

 ここに残る手下は八人だ。


「おら、さっさと立ちやがれ」


 三人のうちのひとりが、脇腹を蹴り上げてきた。

 引きずり起こされながら、その顔を睨む。二十歳そこそこ。若さだけが残っている目だ。


「んだよ。文句あんのか?」


「大ありだ」


 考える前に、頭を前へ叩きつけた。

 鈍い衝撃。鼻血を噴いて倒れる様を見て、胸の奥の澱がわずかに晴れる。


「おい、調子に乗るな」


 すぐに報復が来た。

 頬と腹を殴られ、痛みが走る。魔力障壁(プロテクト)で軽減されているとはいえ、完全じゃない。


 背中に曲刀(シミター)を突き付けられたまま、神殿へ向かって歩かされる。

 ナルシスは両脇を抱えられ、ほとんど引きずられていた。


 神殿内では、ドミニクが部下へ指示を飛ばしている。

 天井には三体のショーヴ。逆さにぶら下がる影が、不快な圧を放っていた。


 見上げた三角屋根には、竜の紋章。

 もう一度訪れたいと思っていた場所だが、こんな形になるとは思いもしなかった。


 入口前の石段で膝をつかされる。

 隣で、腕を縛られたナルシスが力なく横たわった。


「へへっ。もうすぐ、あの人が来るぜ」


 頭突きを加えた若い賊が、いやらしく笑う。


「依頼主ってやつか?」


 返事はない。


「導師様のお出ましだ」


 ドミニクの声と同時に、視線が神殿最奥の祭壇へ集まる。

 影から、ひとりの男が姿を現した。


 漆黒の長衣。痩せた体躯。

 魔導杖(まどうじょう)の先端で、赤い宝石が脈打つように光っている。


 そして、仮面。

 蝶を模した異様に精巧な装飾だ。人の顔を隠すためというより、“人であること”を捨てるためのものに見えた。


 男の背後から、縛られた女性が引き出される。

 後ろ手に縛られ、口には猿ぐつわ。


 その姿があまりに不憫で、怒りの炎に胸を焼かれる。


「セリーヌ!」


 身体が前へ出る。即座に肩を押さえつけられた。

 セリーヌもこちらに気付き、目を見開く。声を上げられないまま、必死に俺を見ていた。


「姫……」


 ナルシスの声が、掠れて漏れる。


「ようこそ。碧色の閃光、リュシアン君。これで私の目的は達成」


 その声を聞いた瞬間、内臓を掴まれたような感覚が走った。

 血が逆流する。怒りが、一気に噴き上がる。


 間違いない。


 ランクールで、魔獣の口から聞いた声。

 破壊と混乱の中心にあった、あの声だ。


「てめぇか……」


 仮面の男は懐をまさぐり、革袋を覗かせた。


「報酬の残り半分だ。これは、すべてが終わったら」


「へへっ。よろしくお願いしやす」


 仮面の男はドミニクから目をそらし、こちらへ向き直る。


「手荒で済まない。君たちを知り、その力が欲しくなった」


 落ち着いた口調。

 理性の皮を被った狂気。

 外見と話し方から、恐らく三十代から四十代だ。


「終末の担い手、とか言ったか。ふざけた名前だ」


 ただひたすらに、怒りだけが募る。


「昨日の冒険者も、ランクールも……全部おまえの仕業か」


「すべて実験。結果は上々」


 悪びれない。

 それが、何よりも腹立たしい。


「てめぇのやり方は、とことん気に入らねぇんだよ」


「んふっ。拘束されても口だけは達者。その相手に、弄ばれる気分は?」


 仮面の男はセリーヌを引き倒し、その首筋へ杖の先端を突き付けた。


「セリーヌに手を出すな!」


 思考が赤く染まる。

 だが、身体は動かない。


「昨日もドミニク君たちと共に後を付けていた。大森林での活躍は見事」


 理解が追いつく前に、嫌な確信が広がる。

 この洞窟がもぬけの殻だったのも、そのせいか。


「君たちの力は神へ捧げるに相応しい。さぁ、選択肢を与えよう。忠誠か、贄か」


 自らに酔い、恍惚(こうこつ)とした笑みを浮かべる。


「神? おまえは狂ってる」


「神を見た事がないのだろう? 私はある。なぜなら、私は選ばれた存在」


 仮面の男は魔導杖を振り上げ、倒れるセリーヌの眼前へ突き立てた。


「魔法についての知識は? 万人が扱える力でないのは常識。しかし、その起源は?」


「導師が説法でもするつもりか?」


 語気荒く吐き捨てると、ドミニクが困ったように笑った。


「口答えされると面倒なんだわ。大人しく聞いてりゃいいんだよ。さもないと、このお嬢ちゃんがどうなるか……」


 セリーヌの隣へ屈み、喉元へ曲刀を添える。


「わかった。だから彼女に手を出すな」


「良い子だ。導師様、続きをどうぞ」


 仮面の男が満足げに頷く。


「魔法の力は、竜が操ったとされる竜術が発祥。竜は人へ力の一部を分け与え、竜術(りゅうじゅつ)が人に適応して独自進化。それが魔法」


「竜術が……独自進化?」


 起源を聞いたのは初めてだった。


「驚いた顔だな。さすがに初耳か……んふっ」


 鼻から息を抜く仕草が、無性に癪に障る。


「魔法を扱える時点で非凡。私もそのひとり」


 魔導師が希少であることは理解している。

 治癒は医療を支え、攻撃は自然を操り、魔力石を魔法石へと変える。

 誰もが、少なからず魔法の恩恵にあやかって生きている。


 だからこそ、勘違いする馬鹿も現れる。


「選ばれし者である私は神と出会い、更なる力を授かった。あの御方こそが世界を統べ、我々を楽園へと導く」


 仮面の男は一瞬、周囲を伺い、咳払いをした。


「それは後ほど……では質問だ。私の左腕へ宿った力、何かわかるか?」


 答えは、既に見えていた。


「魔獣や人間を操る……洗脳に近い力、だろ」


「ご明察。実に素晴らしい」


 天を仰ぎ、男は笑い出す。


「魔獣を操る……」


 ナルシスが言葉を失う。

 だが洗脳ではない。もしそうなら、こんな回りくどい真似はしない。


「んふっ。贄にするには実に惜しい。決断は?」


 神を語り、選ばれし者を気取る男。

 その裏にあるのは、歪んだ選民思想。


 こいつは、世界を壊す側の人間だ。


 だが今は、抗えない。


「協力する……」


 声を絞り出す。


「だが、ナルシスはどうする」


「彼は後ほど。交渉成立と言いたいが……当初の目的には不足。対価を頂く」


 仮面の男が腕を振るう。

 賊が運んできたのは、見覚えのある剣と杖だ。


「は? なんで、おまえが神竜剣を……」


 剣はアレニエに奪われたはずだ。

 あのつがいも、こいつの支配下に置かれていたということか。


 セリーヌが、声にならない呻きを上げる。

 それを耳にして、昨晩のナルシスの言葉を思い出した。


『賊の目的は、姫だけではなさそうだ……姫が持っていた杖と剣を、大事そうに抱えていた……』


 セリーヌが取り返したということだろうか。

 だめだ。訳がわからない。


 混乱する俺を置き去りに、仮面の男は愉悦に歪んだ笑みを浮かべていた。

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