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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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03 無自覚な規格外


「実は、先ほどの依頼ですが……複数討伐だったんです」


 申し訳なさそうに切り出し、シャルロットは続ける。


「あの後に父が来て、共闘したらどうだ、って」


「その手があったか」


「あの……共闘、というのは?」


 セリーヌが小首を傾げる。


「一案件限りで手を組む制度なんだ。報酬の取り分で揉めることが多いから、敬遠する冒険者も多いんだけどな」


 彼女とふたりなら問題ない。そう直感できた。


「この際、報酬はどうでもいい。俺には別の目的がある。となると、ナルシスだっけ? あんたはもういいぜ」


 目的を果たしつつ、彼女と同行できる。余計な打算は胸の奥へ押し込み、先を見据えた。


「リュシアンさん。まさか、この方とふたりきりで依頼をこなすつもりですか?」


「は? 何か問題でも?」


「問題だらけですよ。いかがわしい」


 真顔で言われ、言葉に詰まる。

 セリーヌはその様子を見て、ふわりと穏やかな笑みを向けた。


「不穏な動きがあれば、魔法で攻撃します」


 声は柔らかいが、目が笑っていない。


「それはさすがに勘弁してくれ」


 顔を背けた瞬間、ナルシスが爽やかに髪を払った。


「ご一同、これも縁だ。彼の腕前では心許ないし、姫もギルドの仕組みには疎いようだ。今回は僕も協力しようじゃないか」


「結構です」


「なぜですか!? 僕では釣り合わないと? ちなみに姫の冒険者ランクは?」


 滑稽なほど狼狽えるナルシスを見て、セリーヌは首を傾げた。


「ランクとは……どういったものなのですか?」


「え? いや……冒険者には、七段階の格付けが……」


 ナルシスが口ごもり、その場の空気が凍りつく。


「冗談、って顔じゃないな……」


 そして、恐ろしい事実に気付いた。


「加護の腕輪がない」


 冒険者登録時に支給されるはずの腕輪が、どこにも見当たらない。

 不思議そうな顔で、目をしばたくセリーヌ。

 ことごとく、俺の想像を越えてくる。


「あのな……ギルドに登録しないと、依頼は受けられないんだぞ」


「そうなのですか?」


「衝動買いみたいに依頼を取ろうとしてたのか。わがまま王女か?」


(わたくし)は、わがまま王女などではありません。少し魔法が使えるだけの、ただの村人です」


 あれだけの威力で、少しだと。

 頬を膨らませ、拳を振る様子は、動揺を隠そうとしているようにも見えた。


「……とりあえずだ。君にも譲れない事情があるのはわかった。ギルドに戻って、登録を済ませよう」


 魔獣相手より気疲れする。

 溜め息をこぼし、踵を返した。


※ ※ ※


「冒険者ギルドでは、登録と解約を行っています。それから依頼の斡旋ですね。内容は、魔獣討伐や資源採掘、宝探しなどが主になります」


 職員としての顔に切り替え、シャルロットが説明する。

 セリーヌはひとつひとつ、素直に頷いていた。


「では、こちらへお願いしますね」


 受付カウンターへ向かうふたりを見送り、ソファに腰を下ろす。

 なぜかナルシスまでついてきているのが癪に障る。


 それにしても、相棒の小型竜はどこへ行った。好奇心で道草を食っているのだろう。


「これは、女将(おかみ)さんに怒られるな」


 シャツとエプロンは返り血まみれ。剣の代金を免除してもらえたのが救いだった。


「こちらにご記入をお願いしますね。登録証書を書いていただければ仮登録は完了です。本登録も数時間で済みます。確認ですが、冒険者登録は十八歳以上が条件です。問題ありませんか?」


「二十三になったばかりです」


「……羨ましいですね」


 シャルロットは自分とセリーヌの胸元を見比べ、すぐに視線を逸らした。

 やめておけ。悲しくなるだけだ。


「百日以上、依頼を消化せずにいると強制除名になります。その際は五千ブランの解約金が必要です」


 説明する声にも熱が籠もる。完全に職員のそれだった。


「解約を無視すると、腕輪の位置情報を基に衛兵が動きます。最悪の場合、拘束もあり得ますから気を付けてください」


「承知しました」


「腕輪を紛失した場合、再支給は有償になります。破損時も同様です」


 書き終えた書類を見て、シャルロットとナルシスが固まった。

 何事かと覗き込み、俺も言葉を失う。


 字が、壊滅的だった。


「まぁいい……それより金はあるのか? 登録料の他に、依頼受注には報酬の五パーセントを前払いするんだ」


「そのお金はギルドの運営資金となります。依頼中の事故を懸念して、前払いなんです。申し訳ありませんがご協力をお願いします」


 シャルロットが丁寧に頭を下げる。


「姫。お困りなら僕が立て替えよう。成功報酬から返して貰えればいい」


 相変わらず馴れ馴れしい。


「おまえは、いつまでいるつもりだ?」


「失礼だな。共闘を約束したばかりだろう」


「はっきり断られてただろ」


 ナルシスの顔が引きつる。


「馬鹿だな君は。姫なりの照れ隠しさ」


 馬鹿はおまえだ。断言してもいい。


「ええっ!?」


 シャルロットの悲鳴で視線を向けると、カウンターに宝石が散乱していた。


「ぶふっ!」


「うひえぇっ!?」


 ナルシスとふたりで吹き出した。

 これらを換金すれば、一生遊んで暮らせる額になる。


「足りませんか? この首飾りは長老から頂いた大切な品ですが……」


「待て! 待て!」


 胸元へ手を伸ばすのを止め、宝石をかき集めた。


「小さいのひとつで十分だ。シャルロット、換金を頼む」


「はい!」


 革袋に宝石を戻しながら、冷や汗が背を伝う。

 姫君だとしても不思議じゃない。


「ナルシス。他言無用だからな」


「僕がお金に困っているように見えるかい?」


 こいつの場合は、付きまといが問題だ。


 ほどなく、紙幣と腕輪を手にシャルロットが戻ってきた。


「こちらが加護の腕輪です」


「説明は後でいい。一度じゃ覚えきれないだろうからな」


 腕輪を受け取り、セリーヌの腕へ通す。


「大きいようですが……」


「大丈夫。ここを押すんだ」


 二の腕まで通した所で宝石を押す。腕輪が収縮し、ぴたりと収まった。


「凄いですね」


「外す時も同じだ。今は付けてるだけでいい」


「承知しました」


 感心する彼女から離れ、依頼受注へ向かう。

 ランクEのセリーヌだけでは受けられないが、受注基準を満たした俺とナルシスがいるから問題ない。


 狼型魔獣ルーヴ三十頭。

 囲まれなければ余裕の相手だ。

 一頭千ブラン。リーダーは二千。

 俺が働く食堂の最安品なら、一週間は食える。


「魔獣の活動は夜だ。馬車の最終便は十六時だから、遅れるなよ」


「馬車、ですか?」


「ん? どうやって行くつもりなんだ?」


「僕は馬を持っているんだ。乗せていこう」


 ナルシスが身を乗り出すが、セリーヌは静かに首を振った。


「徒歩で、辺りを見て回ろうと思います」


「徒歩は論外だ。ランクールまで四時間以上かかる」


 言葉が強くなった自覚はあった。

 だが、考えるより先に口が動いていた。


 もし途中で何かあったら。

 もし、俺の目の届かないところで。


 そんなことは、到底、許せなかった。

 理由を並べる前に、焦りだけが胸を満たす。


 ひとりで行かせるなんて選択肢は、最初からなかった。

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