03 無自覚な規格外
「実は、先ほどの依頼ですが……複数討伐だったんです」
申し訳なさそうに切り出し、シャルロットは続ける。
「あの後に父が来て、共闘したらどうだ、って」
「その手があったか」
「あの……共闘、というのは?」
セリーヌが小首を傾げる。
「一案件限りで手を組む制度なんだ。報酬の取り分で揉めることが多いから、敬遠する冒険者も多いんだけどな」
彼女とふたりなら問題ない。そう直感できた。
「この際、報酬はどうでもいい。俺には別の目的がある。となると、ナルシスだっけ? あんたはもういいぜ」
目的を果たしつつ、彼女と同行できる。余計な打算は胸の奥へ押し込み、先を見据えた。
「リュシアンさん。まさか、この方とふたりきりで依頼をこなすつもりですか?」
「は? 何か問題でも?」
「問題だらけですよ。いかがわしい」
真顔で言われ、言葉に詰まる。
セリーヌはその様子を見て、ふわりと穏やかな笑みを向けた。
「不穏な動きがあれば、魔法で攻撃します」
声は柔らかいが、目が笑っていない。
「それはさすがに勘弁してくれ」
顔を背けた瞬間、ナルシスが爽やかに髪を払った。
「ご一同、これも縁だ。彼の腕前では心許ないし、姫もギルドの仕組みには疎いようだ。今回は僕も協力しようじゃないか」
「結構です」
「なぜですか!? 僕では釣り合わないと? ちなみに姫の冒険者ランクは?」
滑稽なほど狼狽えるナルシスを見て、セリーヌは首を傾げた。
「ランクとは……どういったものなのですか?」
「え? いや……冒険者には、七段階の格付けが……」
ナルシスが口ごもり、その場の空気が凍りつく。
「冗談、って顔じゃないな……」
そして、恐ろしい事実に気付いた。
「加護の腕輪がない」
冒険者登録時に支給されるはずの腕輪が、どこにも見当たらない。
不思議そうな顔で、目をしばたくセリーヌ。
ことごとく、俺の想像を越えてくる。
「あのな……ギルドに登録しないと、依頼は受けられないんだぞ」
「そうなのですか?」
「衝動買いみたいに依頼を取ろうとしてたのか。わがまま王女か?」
「私は、わがまま王女などではありません。少し魔法が使えるだけの、ただの村人です」
あれだけの威力で、少しだと。
頬を膨らませ、拳を振る様子は、動揺を隠そうとしているようにも見えた。
「……とりあえずだ。君にも譲れない事情があるのはわかった。ギルドに戻って、登録を済ませよう」
魔獣相手より気疲れする。
溜め息をこぼし、踵を返した。
※ ※ ※
「冒険者ギルドでは、登録と解約を行っています。それから依頼の斡旋ですね。内容は、魔獣討伐や資源採掘、宝探しなどが主になります」
職員としての顔に切り替え、シャルロットが説明する。
セリーヌはひとつひとつ、素直に頷いていた。
「では、こちらへお願いしますね」
受付カウンターへ向かうふたりを見送り、ソファに腰を下ろす。
なぜかナルシスまでついてきているのが癪に障る。
それにしても、相棒の小型竜はどこへ行った。好奇心で道草を食っているのだろう。
「これは、女将さんに怒られるな」
シャツとエプロンは返り血まみれ。剣の代金を免除してもらえたのが救いだった。
「こちらにご記入をお願いしますね。登録証書を書いていただければ仮登録は完了です。本登録も数時間で済みます。確認ですが、冒険者登録は十八歳以上が条件です。問題ありませんか?」
「二十三になったばかりです」
「……羨ましいですね」
シャルロットは自分とセリーヌの胸元を見比べ、すぐに視線を逸らした。
やめておけ。悲しくなるだけだ。
「百日以上、依頼を消化せずにいると強制除名になります。その際は五千ブランの解約金が必要です」
説明する声にも熱が籠もる。完全に職員のそれだった。
「解約を無視すると、腕輪の位置情報を基に衛兵が動きます。最悪の場合、拘束もあり得ますから気を付けてください」
「承知しました」
「腕輪を紛失した場合、再支給は有償になります。破損時も同様です」
書き終えた書類を見て、シャルロットとナルシスが固まった。
何事かと覗き込み、俺も言葉を失う。
字が、壊滅的だった。
「まぁいい……それより金はあるのか? 登録料の他に、依頼受注には報酬の五パーセントを前払いするんだ」
「そのお金はギルドの運営資金となります。依頼中の事故を懸念して、前払いなんです。申し訳ありませんがご協力をお願いします」
シャルロットが丁寧に頭を下げる。
「姫。お困りなら僕が立て替えよう。成功報酬から返して貰えればいい」
相変わらず馴れ馴れしい。
「おまえは、いつまでいるつもりだ?」
「失礼だな。共闘を約束したばかりだろう」
「はっきり断られてただろ」
ナルシスの顔が引きつる。
「馬鹿だな君は。姫なりの照れ隠しさ」
馬鹿はおまえだ。断言してもいい。
「ええっ!?」
シャルロットの悲鳴で視線を向けると、カウンターに宝石が散乱していた。
「ぶふっ!」
「うひえぇっ!?」
ナルシスとふたりで吹き出した。
これらを換金すれば、一生遊んで暮らせる額になる。
「足りませんか? この首飾りは長老から頂いた大切な品ですが……」
「待て! 待て!」
胸元へ手を伸ばすのを止め、宝石をかき集めた。
「小さいのひとつで十分だ。シャルロット、換金を頼む」
「はい!」
革袋に宝石を戻しながら、冷や汗が背を伝う。
姫君だとしても不思議じゃない。
「ナルシス。他言無用だからな」
「僕がお金に困っているように見えるかい?」
こいつの場合は、付きまといが問題だ。
ほどなく、紙幣と腕輪を手にシャルロットが戻ってきた。
「こちらが加護の腕輪です」
「説明は後でいい。一度じゃ覚えきれないだろうからな」
腕輪を受け取り、セリーヌの腕へ通す。
「大きいようですが……」
「大丈夫。ここを押すんだ」
二の腕まで通した所で宝石を押す。腕輪が収縮し、ぴたりと収まった。
「凄いですね」
「外す時も同じだ。今は付けてるだけでいい」
「承知しました」
感心する彼女から離れ、依頼受注へ向かう。
ランクEのセリーヌだけでは受けられないが、受注基準を満たした俺とナルシスがいるから問題ない。
狼型魔獣ルーヴ三十頭。
囲まれなければ余裕の相手だ。
一頭千ブラン。リーダーは二千。
俺が働く食堂の最安品なら、一週間は食える。
「魔獣の活動は夜だ。馬車の最終便は十六時だから、遅れるなよ」
「馬車、ですか?」
「ん? どうやって行くつもりなんだ?」
「僕は馬を持っているんだ。乗せていこう」
ナルシスが身を乗り出すが、セリーヌは静かに首を振った。
「徒歩で、辺りを見て回ろうと思います」
「徒歩は論外だ。ランクールまで四時間以上かかる」
言葉が強くなった自覚はあった。
だが、考えるより先に口が動いていた。
もし途中で何かあったら。
もし、俺の目の届かないところで。
そんなことは、到底、許せなかった。
理由を並べる前に、焦りだけが胸を満たす。
ひとりで行かせるなんて選択肢は、最初からなかった。





