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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.13 クレアモント編

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20 ほの暗い狂気


 リュシアンが押され始め、体に刻まれる傷が増えてきた。冒険服も数カ所が斬られ、深緑の生地が、どす黒く浸食されてゆく。


「魔法で援護できないのかな」


「やめておいた方がいい」


 マリーの言葉を、レオンが即座に遮った。


「奥に控える連中が黙っていない。混戦にでもなったら守り切れないから」


 腕組みをして奥歯を噛みしめるレオンは、息の上がってきたリュシアンを睨んだ。


「ぬるい挑発に乗らず、さっさと撤退するべきだったんだ。これは碧色の失態だよ。しかも三ヶ月も経って、まだこの程度か」


「リュシーを責める前に、どうにかする方法を考えなさいよ。レオンだって、島で遊んでいたわけじゃないんでしょ」


「当然だ。俺は必死の思いで特訓した」


 シルヴィとレオンのやり取りを眺め、ユリスは深い溜め息を漏らした。


※ ※ ※


「どうした。その程度か」


 ラファエルが繰り出した横薙ぎの一閃。それを魔法剣で受け流したリュシアンは体ごと持って行かれ、数歩よろめいた。ラファエルは追撃に出ることなく口を開く。


「本当にがっかりだ。ユーグを始末してくれた腕は認めてやるが、貴様を生かしておいたのはマルティサン島の場所を突き止めるためだ。ブリュス・キュリテールまで封印され、とんだ回り道をくわされた」


「てめぇの都合なんて知るかよ」


 吐き捨てるように言ったリュシアンは、再び剣を構えた。劣勢に追い込まれても、まだ心は折れていない。


「ちょっと待て……てめぇ、ユーグって言ったよな。どうしておまえが、あのインチキ魔導師の名前を知ってるんだ」


 蝶の仮面を付けた不適な笑みが、リュシアンの脳内で再生された。死して尚、思い出しただけで不快な気分にさせられる相手だった。


「おかしなことを言う。モントリニオ丘陵で戦った時に名乗っていただろう」


「嘘をつくな。俺があいつの名前を知ったのは、モントリニオ丘陵じゃねぇ。次に訪れた、オルノーブルの街で戦った時だ」


「貴様が聞いていなかっただけだろう。まぁ、そんなことはどうでもいい。喋っている間に少しは休めたか? がっかりさせるな」


 鼻で笑ったラファエルが、漆黒の長剣を手に腰を落とした時だった。


炎竜王(えんりゅうおう)セルジオン。我が求めに応えよ」


 ユリスの声が通路に朗々と響いた。


「躍動を司る、荒ぶる力を顕示せよ。猛り狂う炎の力で、世界を真紅に染め給え」


 呼びかけに応じたのか、リュシアンの首に掛けられた炎竜の首飾りが輝いた。光は明滅を繰り返し、リュシアンを包む炎の渦が、ひときわ激しさを増した。


「この力は、あの時の……」


 リュシアンは首飾りを見下ろした。


 フォールの街で、セルジオンの力に飲み込まれたのは記憶に新しい。その時にリュシアンを救い出してくれたのが、セリーヌが紡いだこの呪文だ。


「姉さんから頼まれていたんです。あなたが窮地に陥ることがあれば、炎竜の力を解放して助けてあげて欲しいとね。癪ですけど」


 苦笑いするユリスに視線を送り、リュシアンは意気込んで剣を構えた。


『小僧。全力でゆくぞ』


 心の内から響いてきたセルジオンの声に、リュシアンは深く頷いた。


「あの男……()(びと)か?」


 ラファエルは怪訝に思いながら、ユリスの姿を眺めていた。


 この施設内には、魔導師であるグレゴワールの拡声魔法が張り巡らされている。完全には聞き取れなかったが、青年が何かの魔法を使ったのは明らかだった。リュシアンに変化が起こり、炎竜の力が明らかに増幅されている。


「よそ見かよ」


 そこへ、リュシアンが肉薄していた。

 横薙ぎの鋭い一閃がラファエルの剣を弾く。覗いた胸元を狙い、すかさず左手を伸ばす。


炎纏(えんてん)竜牙撃(りゅうがげき)


 驚愕に目を見開いたラファエルは、悲鳴を上げる間もなく後方へ吹き飛んだ。硝子の割れるような破砕音が響き、その体は巨大な容器のひとつに激突する。


 リュシアンは深く息を吐いた。


 ひとまず、ラファエルの魔力障壁(プロテクト)を破壊できたことは大きかった。一方的に押されていた戦況が変わり始めたことを実感していた。


「回復を……」


 マリーが前に出ようとすると、弓矢使いのギデオンがクロスボウを向けた。それに気付いたリュシアンは、いち早く左手を出した。


炎竜咆哮(フラム・リュジスモ)!」


 施設内を余すことなく舐めるように、凄まじい衝撃波が広がった。それは身を起こそうとしていたラファエルだけでなく、後方で成り行きを見守っていた四人にも襲い掛かった。


 魔法を操るグレゴワールとミシェルは、魔力結界を発動させて凌いだ。それでも結界は容易く破壊され、多少の傷を負っている。


 巨漢の戦士であるモルガンも弾き飛ばされた。体を打ち付け転倒したものの、既に体を起こしている。さすがの頑強さだ。


 リュシアンが直接狙ったギデオンだけは、気を失ったまま床へ崩れていた。


 ミシェルがギデオンに近付いてゆく。リュシアンは彼らから目を逸らし、マリーを見た。


「回復は必要ない。ラファエルに言わせれば規則違反だろうからな。そんなことをして打ち負かしても納得してくれそうにねぇ。自分の身を守ることに注力してくれ」


 そうは言いながらも、炎竜セルジオンの力には強力な回復能力があることも知っている。以前には、剣による刺し傷が塞がったこともあったと思い返していた。


「ここは撤退しかないんじゃないの」


 不安そうな声を漏らすアンナに、リュシアンは苦笑してみせた。


「撤退させてくれるような相手か?」


「よくわかってるじゃないか」


 漆黒の長剣を手に、ラファエルが意気揚々と立ち上がった。竜撃(りゅうげき)を至近距離で受けたというのに損傷も見当たらない。その目には、ほの暗い狂気が宿っている。


「もっと足掻け。俺を楽しませろ。何もかも粉々になるまでぶっ壊してやる。この俺から二十年という歳月を奪ったんだ。守るだけの価値があると証明してみせろ。光を奪われた俺は、この世界に復讐したいんだ」


「何を言ってるんだ」


 彼を突き動かしている狂気の正体が見えない。不気味さにリュシアンが顔をしかめると、通路の奥でモルガンが笑いを漏らした。


「すまねぇな。儂らの大将は、頭がちっとばかし飛んでいてな。細けぇことは気にせず、気の済むまで殺し合ってくれ」


「頭が飛んでるのはてめぇの方だろうが。それに、随分と他人事だな」


 リュシアンはラファエルのパーティに対して、一枚岩ではない脆さを感じていた。


 目指すところは同じだが、各々が違う所を見ながら進んでいる印象を受ける。特に異質だと感じるのは、後から出てきたミシェルという男性に対してだった。この中で特に浮いた存在に映るが、彼らの目的も依然としてはっきりしないままだ。


 そのミシェルはギデオンの側へしゃがみ、胸の上に右手をかざした。そこへ、魔力の青白い光が生まれる。


「静寂の水、生命の証。この身へ宿りて傷癒やせ……命癒創造(ラクレア・ゲリール)!」


 これまでに何度も聞いてきたはずの詠唱だが、リュシアンは違和感に顔をしかめた。

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