10 幼なじみが大変貌
熊型魔獣の討伐を終え、みんなでオルノーブルの街へ戻ってきた。セシルさん、クリスタさん、ソーニャの三人も自宅へ戻ると言いつつ、なぜか向かう方向は同じだ。
嫌な予感は現実と化し、三人は斜め向かいに建てられた住宅へ入っていった。窓から明かりが漏れているのは、デリアがみんなの帰りを待っているからだろう。
「ご近所さんじゃねぇか……」
「そうなんだよね。僕が回復して目を覚ました時には、デリアも含めた四人で引っ越しを終えてしまっていてね。リュシアンがそんな顔をすることはわかっていたから、敢えて黙っていたんだよ」
兄は彼女たちが住む建物に目をやった。
「フォールの街がモニクの襲撃を受けた時も、彼女たちは依頼で留守にしていたそうなんだ。本来なら復興を手伝う側にいてもおかしくないけれど、街の危機に不在だったという負い目を感じているんだろうね。ブリアック司祭から僕たちのことを聞いて、旅の支度もそこそこに、街を出てきてしまったそうなんだ」
依頼から戻るなり、竜の神像へ祈るために寺院へ行ったのだろう。そこで、俺たちの行方を含めた事の顛末を聞いたに違いない。
「兄貴を追ってきたっていうのも話半分ってことか……セシル姉ちゃんたちが責任を感じることもないと思うんだけど」
「僕もそう思うんだけれどね。セシルさんは昔から真面目だから。街にいたら、罪の意識に耐えられなくなってしまうのかもね」
かすかに微笑む兄の姿も痛々しい。兄も兄で、すべてを引き起こした原因は自分だと思っているのだ。どうにもやりきれない。
「そういう意味でも、モニクの罪は重いな。まぁ、あいつが現れることは二度とないけど」
「リュシアンにも迷惑をかけたね。生命の樹も焼けてしまったというし、災いを呼び込んだ僕こそが裁かれるべきだよね」
「兄貴も被害者じゃないか。どうしてみんな、そんな風に背負い込もうとするんだよ」
「そうですよ。僕は、ルイさんを看取ってくださったのがジェラルドさんでよかったと、心から感謝しているんです」
ユリスの言葉を受け、魔力灯に照らされた兄の表情が和らいだのがわかった。
誰もが表に出せない傷を負っている。争いは何も生まないという悲惨さを、はっきりと思い知らされてしまう。
「リュシアンとユリス君も疲れただろう。まずはゆっくり休んでほしい。今日の成果は、冒険者ギルドに通達すれば孤児院へ連絡がいくはずだ。それは明日、僕がやっておくから」
兄に促されるまま家に戻ると、ユリスとふたりで使って欲しいと、空き部屋へ通された。
突然の訪問ということで、ベッドなどあるはずもない。絨毯が敷かれた床へ外套にくるまって横になると、寝心地を気にする間もなく夢の世界へ引きずり込まれていた。
※ ※ ※
数人の声と慌ただしい足音で目が覚めた。寝ぼけ眼で体を起こすと、扉が乱暴にノックされる音が聞こえた。
「リュシアンいる? 開けるわよ」
セシルさんの声が聞こえ、返事をする前に扉が開けられた。
「急になんなんですか……」
文句を続けようと思っていたが、セシルさんの後ろに控えている相手を目にして、そのまま固まってしまった。
胸の前で両手を合わせ、口元を隠すようにして佇む美女がひとり。艶めいた黒髪は胸元まで伸び、前髪の隙間から覗くパッチリとした目が、俺をじっと見つめていた。
「もしかして、デリアなのか?」
会うのは、フォールの街を飛び出して以来になる。およそ二年ぶりの再会だが、幼なじみの変貌ぶりに目を見張った。
セリーヌの美しさは別格として、マリーに引けを取らない華やかさが漂っている。俺の一歳下だから、セリーヌと年齢も同じだ。
「本物のリューちゃんだ……」
扉の外で固まる美女は、瞳から宝石のような涙を溢れさせた。何かしたわけでもないのに、とてつもない罪悪感を覚えてしまう。
水色のチュニックに身を包んでいるが、清潔感と可愛らしさが見事に融合している。まさに彼女のために仕立てられた服だと思える。
「ちょっと待て。色々と理解が追いつかねぇ」
田舎娘の姿で記憶が止まっていた。流行に触れ、大変身を遂げたということか。
しかも顔だけじゃない。体付きまで大人だ。特に胸は、何かを詰めたんじゃないかと疑ってしまうほど急成長を遂げている。
「朝から騒々しいですね」
隣で同じように外套へくるまっていたユリスが、のろのろと上半身を起こした。
頭を掻いて、吞気にあくびを漏らしているこいつが恨めしい。
感極まって涙するデリア。それを見たセシルさんは狼狽え、妹の肩を抱いた。
「デリア、大丈夫? あぁ、もう。なにも泣くことないじゃない。可愛い顔が台無しよ」
「だって……嬉しいんだもん……」
涙の止まらないデリアに、セシルさんはハンドタオルを差し出した。するとなぜか、物凄い剣幕で睨まれてしまった。
「リュシアン。デリアにこんなにも心配をかけて……あんた、自分がどれだけ罪深いことをしたのかわかってるんでしょうね」
「は? ちょっと待ってよ。罪深いって、俺がそんなに悪いことした?」
「あんたねぇ……裏口まで顔を貸しなさい」
「お姉ちゃん。リューちゃんをいじめないで」
「大丈夫よ。いじめたりなんてしないから。ちょっと、世の中の道理っていうものをわからせてあげようと思ってるだけだから」
不穏な空気しか感じない。
「朝一番から世の中の道理を解くために、ここへ来たっていうことですか?」
ユリスは外套を足下へ落とし、立ち上がって大きく伸びをした。睡眠を邪魔されたせいか、いつも以上に不機嫌そうに見える。
「あぁ、ごめんなさい。そんなことのために来たわけじゃないの。ふたりとも、すぐに身支度できる?」
「なにが始まるっていうんですか」
セシルさんに訪ねながらも、内心ではユリスに感謝していた。こいつの一言が話の流れを変えたのは間違いない。
「さっき、ジェラルドがうちへ来たのよ。冒険者ギルドに討伐報告を済ませたら、知らせを受けた司祭様から、今度は農園の外壁修理を依頼されたんだって。修理と警護の見張りを兼ねて、何人か集めて欲しいっていうの」
「修理だったら、建築に携わる職人を集めた方が確実ですよね。だったら、俺とユリスは警護の役目に回りますよ」
しかし、セシルさんは渋い顔だ。
「ほら。司祭様も孤児院でしょ。支払える報酬も心許ないから、必要最低限の人数で済ませたいっていう考えがあるみたいなの」
誰がいるわけでもないが、周囲に目配せしながら囁くように伝えてきた。
「そういうことか……仕方ねぇ」
兄は二つ返事で引き受けるだろう。きっと無償でも動くに違いない。ここで黙っていれば男が廃る、というものだ。
「職人は手配する。支払いも俺が請け負う。孤児の笑顔を守れるなら安いもんだ」
「すごい。さすが、リュシアンね」
「夢を夢のままで終わらせない。それが俺の信条だからさ。孤児たちの夢と未来のために、一肌脱ぐのも悪くないんじゃねぇの」
「リューちゃん、かっこいい……」
デリアが泣き出してしまい、またもやセシルさんに睨まれた。俺とユリスは身支度を済ませ、再び農園を訪れることとなった。





