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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.13 クレアモント編

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05 事の発端


 装備を降ろして軽装姿になった兄は、脇に抱えた籠をテーブルに載せた。


「小難しい話の前に、まずは腹ごなしだね」


 遊びを始める前の子どものような顔で微笑み、台所から大皿をいくつか運んできた。そうして籠の中に収まった食品を手早く分けてゆく。これらはすべて、冒険者ギルドからの帰り道で買い込んできたものだ。


「俺も手伝うよ」


「今日はリュシアンも客人なんだ。座って大人しくしていてよ」


 大皿に乗るのは、紙に包まれた焼きたてのクローズド・サンド。香ばしい香りが漂う、肉や魚を使った串焼きの数々。夕方に納品されたばかりだという、新鮮野菜のサラダなど。


「それと、これもだよね」


 葡萄酒は父への土産だ。果実水の瓶とグラスを置き、即席の晩餐会が仕上がった。


「俺が酒を楽しむ場所くらいは残せ」


 父さんの酒瓶とグラスは端に追いやられ、さも迷惑そうな顔だ。


「こんな時間からそんなに食べて、明日の朝に胃もたれを起こしても知らないわよ」


 母さんも食事の量に呆れている。


「リュシアンもユリス君も若いんだ。これくらいなんともないよ。さぁ、どんどん食べて」


「いただきます。っていうか、全部買ってもらっちゃったけど本当にいいの? 兄貴だって色々と入り用なんじゃ……」


「こんな時くらい格好付けさせてくれないか。それでなくても、リュシアンには助けて貰った礼もきちんとできていないんだ。何から何まで本当にありがとう」


 兄は照れくささを誤魔化すように微笑んだ。


「それにお金の使い道といえば、竜に関する書物や物品を買い漁るくらいだからね」


「だから金が貯まらないんだよ。冒険者活動で得た金も、そこで散財したんでしょ。竜に夢中なのは相変わらずなんだね」


「リュシアン、吞気に笑っていないでもっと言ってやってよ。この家だっていつまでいるのかわからないのに、本だの小物だの、どんどん荷物が増えていくんだから」


「面目ない」


 兄は反省した様子もなく、俺と母さんへ形だけの謝罪を向けてきた。

 和やかに繰り広げられる食事に心が踊る。


 まさかこんな日が再び来るなんて。


 ユリスの存在はあるものの、こうして家族四人で食卓を囲んでいることが夢のようだ。そう思えてしまうほど、危うい道を歩き続けているのは間違いない。


 食事が進んだ頃合いを見計らい、グラスをテーブルに置いて兄へ目を向けた。


「そろそろ聞かせてくれないかな。父さんと母さんにも知る権利はあると思うから、そのまま聞いていてもらって構わないんだけどさ。兄貴が持っていた神竜剣(しんりゅうけん)ディヴァインと宝玉。あれをどうやって手に入れたの」


 話しながらも、女魔導師モニクの姿が頭をよぎって離れない。


「モニクから大体の話は聞いてる。でも、兄貴の口から本当のことを聞きたいんだ」


「モニクは何て言っていた?」


「ありのままを伝えて構わない?」


「どうぞ。構わないよ」


 兄は左手でグラスを握りしめたまま、話を促そうと右手を差し出してきた。


「事の発端は、シェラブールっていう港町の近くだって聞いたよ……」


 浜辺に流れ着いていたという多くの遺体と船の残骸。そこで、事切れる寸前の戦士を救助し、剣と宝玉をマルティサン島へ届けるよう託されたという話だった。


「兄貴がマルティサン島を探し出すって言い始めた数日後、素性もわからない連中に絡まれたって聞いてるよ。剣と宝玉を渡すように迫られたんでしょ」


「うん。確かにその通りだけど、話の一部が省かれているね。僕たちが助けたのは、ルイという男性だ。彼は深い傷を負っていたけれど、三日くらいは息があったんだ。彼を港町の宿まで運んで、介抱する中でいくつかの話を聞くことができたんだ」


「もしかして、手帳に書かれていた走り書きにも関係ある?」


「そうだね。彼から聞いたことを、慌てて書き留めておいたんだ」


「ルイさんを助け、看取ってくださったのは、ジュラルドさんだったんですね」


 感慨深い顔をするユリスを見て、兄は不思議そうな顔で首を傾げた。


「まさか、知り合いなんですか!?」


 話がややこしくなりそうだ。ここは俺が間に入った方がいいだろう。


「ユリスはマルティサン島に住んでいるんだ。神竜剣にも少なからず関わりがあるんだよ」


「そういうことか……ルイさんを助けられずすみませんでした。もう少し発見が早ければ十分な治療を受けさせることができたんだけれど、見つけた時には衰弱が激しく、魔法でも回復できなかった……僕も悔しいですよ」


「ジェラルドさんが気に病むことではありません。むしろ、神竜剣と宝玉を託すことができたことで、ルイさんの心残りを取り除くことができた。本当にありがとうございます」


「そう言って頂けると僕も救われます」


 深々と頭を下げ合うふたり。その沈黙に切り込んできたのは、切迫した母の声だった。


「私はむしろ、その先が気になってるの。素性もわからない連中って、何者だったの?」


 心配する母を余所に、兄も困った顔で首を横に振る。


「僕にもわからないんだ」


「モニクからは、連中から物凄い額を提示されたって聞いてるんだ。兄貴がそれを断ったことが原因で、仲間と口論になったって」


 ここから先の言葉を絞り出すことがためらわれた。だが、それを聞かなければ進めない。


「殺し合いにまで発展して、兄貴が剣を持ち去ったって言ってたけど……嘘だよね?」


 沈黙する部屋に、兄の深い溜め息が漏れた。


「嘘、と言いたいけれど本当の話なんだ……モニクの他に、サディクとファビアンという剣士の仲間たちがいたんだ。ふたりは、剣と宝玉を譲るべきだと言って聞かなくてね。島へそれらを届けるべきだという僕の意見と、真っ向から対立してしまったんだよ」


 当時を思い出したのか、苦い顔を見せてきた。そのつらさを飲み込むように、グラスに残った果実水を一気に飲み干した。


「彼らと決別するつもりで、剣と宝玉を持って宿を出た。ところが、後から追ってきたふたりに見つかってしまってね。凄まれた上に剣まで抜かれて、それでやむなく……」


 グラスをテーブルに置いた兄は、悔やんでも悔やみきれない過去に目を向けている。


「サディクは、モニクの恋人だったんだ。結婚の約束までしていた恋人を失い、彼女からも追われる羽目になったんだよね。どうにかヴァルネットの街まで逃げ延びた僕は、剣と宝玉を行商人に託したというわけなんだ」


「その後で、素性もわからない連中に捕まったっていうことか。モニクは傭兵を雇って、苦労して兄貴を助け出したって聞いたよ」


「彼女は自分の手で僕を殺すことに執着していたようだからね。そして、助け出された僕は彼女の洗脳魔法を受け、名前と姿を奪われて生き続けてきた。僕から話せるのは、恐らくここまでだと思う」


「結局、連中の正体はわからないままか……母さんも、武装した連中が兄貴を訪ねて家に来たって前に言ってたよね」


「そうよ。何なのかしらね。気持ち悪い……」


「もしもまた訪ねてくるようなことがあれば、すぐに知らせて欲しい。今度はこっちから打って出てやるよ」


 右拳を握り、左の手のひらへ打ち付けた。


「とはいえ、派手に暴れることは極力控えろ。街の人たちにも迷惑がかかるし、おまえたちに何かあったら大変だ」


 黙って聞いていた父だが、さすがに心配になったのだろう。話をまとめるように、ここぞとばかりに口を挟んできた。

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