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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.12 フィクサル編

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19 つまらない見栄


 しかし、リュシアンが放った攻撃は、敵の咆哮を警戒しながらのものだった。


 手前の木々を薙ぎ払い、豪快に襲う斬撃。魔獣がそれに気付くには充分過ぎる時間だ。


 腰を落とした魔獣は四肢に力を込めた。そうして、シルヴィの攻撃を避けた要領で左右の木々を蹴りつけ、宙へ逃れる。


 炎を纏った斬撃は、樹木の幾本かを斬り付けた。木々が悲鳴を上げるように乾いた音を上げ、次々と倒れて燃え上がる。


「くそっ!」


 舌打ちを漏らすリュシアンの横で、レオンはすかさず魔法を顕現させた。


清流創造(ラクレア・オーサント)!」


 魔力で顕現させた大量の水が、川のように左右から押し寄せ合流した。

 水の流れは木々の炎を消し止めるだけでは飽き足らず、着地した魔獣を飲み込む。


 流れに捕らえられた魔獣は、慌てふためいた。その隙は命取りでしかない。


 林の奥から、クロスボウ型の魔導弓(まどうきゅう)を構えたアンナが飛び出してきた。次々と矢が放たれ、魔獣の横腹へ突き刺さる。


 水の流れが消え去った頃には、魔獣を目掛けてシルヴィが跳躍していた。


咲誇薔薇(ロジエ・グロワール)!」


 深紅の回転連撃が咲き誇り、逃げようとする魔獣の背中を斬り付けた。


 吠える魔獣を目掛け、リュシアンとアンナが飛び掛かる。


 リュシアンの長剣は再び炎を纏い、アンナの得物は双剣に持ち替えられている。


炎纏(えんてん)竜薙斬(りゅうていざん)!」


双刃穿崩(アロール・ラムカッセ)!」


 リュシアンの斬撃が喉を裂く。


 アンナは魔獣の背にまたがり、うなじへ二本の刃を押し込んだ。


 高ランク冒険者の連撃に、さすがの魔獣もなす(すべ)を失ったようだった。膝を折り、突っ伏すように地面へ崩れて動かなくなった。


「討伐完了、だな」


 リュシアンが安堵の息を吐く。そこに混ざって炎竜の力までもが流れ出たのか、体を覆っていた炎の渦が消え失せた。


 セルジオンの気配が遠ざかり、リュシアンはいつもの自分をすっかり取り戻していた。


※ ※ ※


「取り急ぎ、被害者の供養と討伐の記録か」


 リーダー魔獣と戦った周辺で、冒険者四名の遺体を見つけた。シルヴィさんとアンナには遺品となりそうなものの回収を頼み、俺とレオンで地面を掘り起こした。


 襲われた馬車が無事であれば街へ運んでやることもできたが、馬も命を奪われていた。可哀想だが、土葬は妥当な選択だと思えた。


 埋葬を終えた俺は加護の腕輪に触れ、討伐の証拠を映写として収めた。後は冒険者ギルドへ報告をすれば、報酬を受領できる。


 仮に、後からこの遺体を記録した卑劣な冒険者が現れた場合、映写が撮られた時間を辿ればいい。どちらが正しいのかは瞭然だ。


「あれ? マリーちゃんとゲロッパは?」


「襲われた馬車の側で待機させてる。っていうか、ゲロッパで確定なんだな」


「だってさ、ユリリンとゲロッパ、どっちがいいの、って聞いても答えないんだもん」


 当然のように言ってくるアンナを見て、ユリスのことが少しかわいそうになってきた。


 ゲロッパで通じてしまう俺たちも問題だが、それくらいの遊びというか心の余裕は忘れずにいたいとも思ってしまう。いや、ここまでくるといじめと捉えられてしまうだろうか。


「まだ暴れたりない……ランクLの依頼っていっても、この程度か」


 レオンは納得がいかないという顔で、魔獣の遺体へ剣を突き立てた。怒りと不満のやり場を求めるように、その目は更なる獲物を探して林の奥を見つめている。


「フェリクスさんのこと、まだ引きずってるのか? 力に訴えるな。他のことに意識を向けて、気を紛らわせた方が自分のためだ」


「気楽なもんだね。相変わらずぬるい。俺はこの怒りを力に変えて、更なる高みへ進んでみせる。それが俺のやり方だから」


「そんな生き方は疲れねぇのか?」


「別に」


 吐き捨てるように言い放ったレオンは、刃に付いた血を魔獣の体で拭った。


「いいんじゃないの。人それぞれで」


 シルヴィさんは酒の入った水袋を手に、斧槍(ハルバード)を肩に担いで笑っている。


「エッチの体位だって何十種類とあるのよ。人の数だけやり方が違うのは当然よね。あたしだって、上に乗るのは好きよ。だけど、後ろから激しくされるのもたまんない……」


「何の話をしてるんですか。まったく」


 この人と話していると、すべてが違う方向にねじ曲げられてしまう気がする。


「まぁいいや……戻ろう」


 進展の見えない会話を打ち切り、馬車が残された地点まで戻ることにした。


 談笑混じりに林を抜ける。ユリスの姿を認めた途端、先程までの怒りが蘇ってきた。

 マリーとサミュエルさんの存在を無視して、無言のままにユリスへ詰め寄っていた。


「なんですか?」


 ユリスは不満を浮かべた顔で、こちらを睨み返してきた。反省の色も見えない態度に、俺の中で怒りの感情だけが膨らんでゆく。


「俺はこれまでの知識と経験を基に、ダンデリオン討伐に必要な道具を揃えた。おまえにも確かに渡したよな」


「ええ。だけど、俺はそんな道具に頼らない」


「頼る、頼らないはおまえの判断だ。それはいい。でもな、おまえがつまらない見栄を張ったせいで、マリーまで危険に晒したんだぞ」


 マリーとサミュエルさんを振り返ると、彼女は泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。


「ユリス。てめぇだけがひとりで依頼を受けて、勝手に死ぬのは構わねぇ。でもな、俺たちはパーティなんだ。協力の下で成り立ってるっていうことを忘れるな」


「あなたたちとは行動を共にしているというだけです。同じに見られたくない」


 いちいち頭に来る男だ。


「そうかよ。だったらそれで構わねぇ。でもな、セリーヌからおまえのことを頼まれてるんだ。おまえを無事に島へ帰す責任がある」


「それは、あなたが勝手に責任を感じているだけですよね? それとも、長や姉さんへ主張するための得点稼ぎのつもりですか?」


「おい。粋がるのも大概にしろよ」


 こちらの苦労も知らず、いい気なものだ。


 そう思った途端、ユリスが着ている冒険服の襟元を掴んでいた。


「セリーヌの気持ちを考えろ。ロランさんやオラースさんが亡くなった時でさえ、あいつはつらそうだった。おまえがいなくなったら、どれほどの悲しみを背負うと思ってるんだ」


 訴えも、ユリスには響かなかったようだ。澄まし顔のまま、俺の言葉を鼻で笑う。


「俺が死ぬ前提で話すの、やめてもらえません? まだ、死ぬわけにいかないんで」


 吐き捨てるように言い、俺の手を鬱陶しそうに払いのけてきた。


「災厄の魔獣を倒して、民を導く。俺にもそういう目標があるんです。そのためにはまず、光の神官としての力を認めてもらわなくちゃならないんですよ」


「それはまた、ご大層な目標だな。達成できるように祈っていてやるよ」


「あなたの祈りなんて必要ありません。そんなものがなくても俺はやれますから。恩着せがましいのでやめてください」


「この減らず口が」


「リュー(にい)もゲロッパも、そこまで」


 突然にアンナが割り込んできた。


「依頼は無事にこなしたんだし、今はそれで良しとしようよ。喧嘩してる場合じゃないでしょ。あの人も街に連れ帰らないと」


「だから、ゲロッパはやめろ」


 抗議するユリスの声を無視した。


 これ以上あいつと関わっていると、手が出てしまいそうで感情を抑えられない。

 アンナの言う通り、サミュエルさんをすっかり置き去りにして熱くなってしまった。


 申し訳なく思ったものの、当のサミュエルさんはシルヴィさんを凝視していた。それに気付いたシルヴィさんも、いぶかしげな顔だ。


「あたしに何か?」


「素敵だ。あなたに一目惚れしました」


 揃って困惑した俺たちは、顔を見合わせたまま固まってしまった。

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