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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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02 白銀は眠り、刃は待つ


「どこまで行くんですか?」


 ヴァルネットの街を十字に仕切る大通り。ルノーさんは紙袋一杯の饅頭(まんじゅう)を買い込んでいる。

 正直、散歩に付き合うほど暇じゃない。気持ちは、セリーヌのもとへ一直線だ。


「食うか、牡鹿の? ここのは旨いぞ」


 呑気に食べ歩くルノーさん。俺も、甘い物は嫌いじゃない。


「いただきます」


 しっとりとした薄生地の中には、特製のゴマ(あん)。甘みを抑えた上品な味わいが、舌に広がった。


「なんだコレ!? うまっ!」


「だろ? 儂も味にはうるせぇが、饅頭なら間違いなくこれだ」


 左肩の上でラグが切なげに鳴く。

 そもそも、おまえは食えないだろうが。


 そのまま西地区へ移動し、奥まった路地へ進む。


「ここは?」


 古びた工房だった。この街へ来て一年になるが、存在すら知らなかった。


「馬をそこに縛って、付いてこい」


 引き戸へ手を掛けるルノーさんを横目に、手近な大木へ手綱を巻き付ける。


「相変わらず立て付けが悪い。いい加減、直せと言ってるんだがな」


 饅頭の袋を抱えたまま、隙間へ足を差し込み、強引に戸を開ける。

 屋内は他の商店と変わらない造りだ。正面に幅広のカウンター。その向こうで番をしているのは、三十半ばほどの若い男だった。薄茶色の作業服はくたびれているが、爽やかさの残る色男だ。


「ルノーさん、いらっしゃい」


「この戸、きちんと直したらどうだ」


「親方は作業に夢中で、腰が重いもんで」


 奥の通路から、金属を打つ規則的な音が響いている。


「今日はあいつに用がある」


「少し待ってくださいね。親方ぁ!」


 現れたのは、捻り鉢巻きに灰色のタンクトップ姿の老人だった。年はルノーさんと大差ないが、現役の頑固職人といった風貌だ。


 ルノーさんは、饅頭の袋をカウンターへ置いた。


「差し入れだ。赤子の頬屋のゴマ饅頭」


 置物のようだった老人の目に光が灯る。無言で袋を掴み、ひとつ目を平らげた。


「こいつはアラン・バイエ。飲み仲間でな。ここを経営する凄腕の鍛冶屋だ」


 不敵な笑みを浮かべ、饅頭を囓る友へ視線を戻す。


「この若造に、上等な剣を見繕ってやってくれ。金ならたんまり持ってるだろうぜぇ。なんせ、ランクAで二つ名持ちだ」


「ランクAか……」


 饅頭を頬張りながら、頭から爪先までを吟味する視線。値踏みだ。


「アラン。魔法剣はねぇのか?」


 ルノーさんは椅子へ腰掛け、側にある羊皮紙の束を取った。


「そんな上物は扱ってない。魔鉱石(まこうせき)さえあれば加工はできるがな」


「魔鉱石って、魔法剣の素材そのものじゃないですか。それがあれば苦労しませんよ」


 魔導具の原材料として重宝される希少鉱石。産出量は限られ、価格も桁違いだ。


 一心不乱に饅頭を食べ続けるアランさんに、不安がよぎる。

 だが次の指示は的確だった。


「ブリス。工房で一番の剣を持って来い。それから薬湯(くすりゆ)もだ」


「おぉ。儂も頼む。おまえさんもどうだ?」


 ルノーさん。ここはあんたの家ですか。


「遠慮します。身体に良いのはわかるんですが、あの苦みが……」


 壁には武具が掛けられている。装飾と研ぎの質が、量産品とは一線を画していた。

 ここなら確かに良品が見付かりそうだ。


「ん? んんっ!?」


「どうしたんですか?」


 妙な声を上げたルノーさんは、羊皮紙を凝視している。


「牡鹿の。これ、似てねぇか?」


 指差すのは、魔鉱石の個別資料だ。魔力映写(まりょくえいしゃ)で記録された画像も掲載されている。

 大きさを比較するため隣に立つ男性。その太ももを超える山形の鉱石。透き通るような輝きを放つ、白銀の塊だ。


「そいつは、ブレグシーファだな。極上ランクの珍品だ」


 アランさんも、向かい側から資料を覗き込んできた。


「気が付かねぇのか、牡鹿の。形がそっくりだろ? 汚れてたが、磨けば……」


「がう、がうっ!」


 ラグが吠え、胸の奥が跳ねた。


「これ……ウチにあります!」


「はあぁっ!?」


 アランさんの素っ頓狂な声が響く。


「昨日、ムスティア大森林で偶然に拾ったんですよ。間違いないと思います」


 昨晩、裏口から運び込ところを、イザベルさんに見つかってしまった。


『そんな汚いものを家に入れるんじゃないよ!』


 余りの汚さに磨かされたが、汚れの下から現れたのは見事な白銀だった。


「まさか、ブレグシーファを拝める日が来るとはな。すぐに持って来られるか? 俺に最上の剣を作らせてくれ!」


「是非、お願いします!」


「ただな……」


 アランさんの含みに、嫌な予感がする。


「ブレグシーファともなると、この工房の施設じゃ不充分だ。先生に頼むか……」


「先生?」


「古くからの知り合いだ。あの人の腕に比べたら、俺なんてまだまだ……大陸の端に住んでるから、しばらく時間を貰うぞ。移動と剣の生成で、二ヶ月ってところか」


「二ヶ月も!?」


「仕方ないだろう。最上の剣には時間も必要だ。それまで、ここの剣で凌げ」


 納得はできる。今回は他の剣を探すしかない。


「その大きさがあれば、剣の他にも生成できるな。必要な物はあるか?」


「それなら……」


 羊皮紙に要望を書き込んで手渡した。


「わかった、任せろ。おまえの名は?」


「リュシアン・バティストです」


「バティスト?」


 なぜか、一瞬の間が空いた。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


 気になる物言いだが、それ以上の不安がある。


「ところで、お金なんですけど……」


「そんなもん、いらん」


「は?」


「ブレグシーファ加工の勉強代だ。ブリスが持ってくる、剣の代金さえ貰えればいい」


「いや、いや。そうはいきませんよ」


「よせ、牡鹿の。そいつは頑固だから、一度言い出したら聞かねぇぜ。往復の路銀だけでも適当に渡してやれ」


 ルノーさんは肩を揺らして笑う。


「面白ぇ。こうなったら儂も行こう。久しぶりに、ふたり旅と行こうぜぇ」


「そうと決まれば、すぐに支度だ」


 老人たちが意気投合していると、薬湯を持ったブリスさんが戻ってきた。

 湯飲みを取り、一口含むアランさん。


「ブリス、二ヶ月ばかり留守にするぞ。その間、工房の仕切りはおまえに任せる」


「またですか。親方。剣はどうするんですか?」


「それも任せる。お勧めを渡してやれ」


 アランさんは奥へ消え、白銀へ意識を奪われてゆく。


「儂も支度に戻るか。ブリス。すぐに戻るから、あいつに待っているよう伝えておけよ」


「ルノーさん、ありがとうございました」


 慌てて礼を述べると、ルノーさんは豪快に笑った。


「礼には及ばねぇぜ。こっちは命を救ってもらったんだ。おまえさんも早く、魔鉱石を持って来い」


 良い流れに物事が進んでいる。

 様々な人に助けられ、見えない力のようなものを感じる。


「お客さん。いいの、持ってきましたよ」


 ふたりの老人がいなくなったのを見計らい、ブリスさんは背後を伺いながら囁く。

 カウンターに置かれたのは、布袋に包まれた一本の長剣(ロングソード)だ。


「これ、倉庫に長い間しまわれてる剣なの。親方は絶対に触らせてくれないし、きっと名品に間違いないと思うんだよね」


「大丈夫なんですか?」


「いいの、いいの。一番の剣を持って来い、って言ってたでしょ。これしかない」


 石から削り出したような荒々しい作りで、飾り気のない簡素な意匠。刃を収めたさやは間に合わせで宛がわれた物らしく、統一感がない。だが、引き込まれるような魅力に溢れている。


「不思議な剣ですね……まさか聖剣や魔剣、なんてことはありませんよね?」


「さすがにそこまでの物じゃないと思うけどね……それこそ、聖剣なんて魔法剣よりも希少価値の高い一級品じゃない。冒険者には喉から手が出るほど欲しい逸品だよね」


「まぁ、そうですよね」


 苦笑すると、ブリスさんは俺を試すような目を向けてきた。


「で、いくら出します?」


 並の長剣なら一万ブラン程度だ。魔法剣ならいざ知らず、この剣なら。


「三万、でどうですか?」


「もう一声!」


「逆ですよね? 値切るどころか釣り上げられるって……二ヶ月で新しい剣もできるし、無理して買う理由がありませんよ」


「はい。三万でお願いします!」


 こうして剣は手に入った。だが、本当に欲しい刃はまだ先だ。


 急いで牡鹿亭に戻り、馬に積んだブレグシーファを工房へ運んだ。

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