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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.12 フィクサル編

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11 獅子型魔獣ダンデリオン


「圧が漏れてましたか? すみません。つい、うっかり……漆黒の月牙の名前を目にした怒りで、感情が高ぶっちゃったみたいで」


 頭を掻いて誤魔化すと、シルヴィさんは呆れた顔で溜め息を漏らした。口元のほくろも相まって、なんだか(なま)めかしく映る。


「うっかりじゃないわよ……それにしたって、ふたりとも凄いわね。あたしでさえ、圧にやられて()かされそうよ。やっぱり、もうダメ」


 ふらふらとした足取りで近付いてくるシルヴィさんを警戒し、すかさずアンナを見た。


「シルヴィさんを支えてやってくれ。俺にはまだ、やることがある」


「ちょっと。このあたしをほったらかしにするなんて、さすがに酷いんじゃない?」


「マリ、じゃなかった……セリーヌにユリスもいるんですから。具合が悪ければ、ふたりに診てもらってください」


 批難の声を受け流し、窓口のひとつへ足を進めた。応対してくれるのは、三十歳前後とおぼしき男性職員だ。


「ランクLに出されている依頼書を見せてもらえますか。それから、緊急性が高く、ここから近い依頼があるかどうか」


「確認します。お待ちください」


 窓口の男性に動いてもらっている間、奥で別の作業をしている男性に目を向けた。


「ちょっと聞きたいことがあるんですが」


 手招きをすると、男性はいぶかしげな顔で近付いてきた。


「どういったご用件でしょうか」


「四ヶ月ほど前になりますけど、金色の体毛に包まれた猿の大型魔獣に遭遇して、警戒の知らせを出しているんです。その魔獣が、無事に討伐されたのかを知りたいんですが」


「金色の猿型魔獣。あぁ、それでしたら」


 カウンターの下を覗いた男性は、依頼書の束を取り出した。それらを素早くめくり、内容の照合を始めているようだ。


 あの金猿こそ、ランクL冒険者の力が必要な依頼だ。討伐されていればいいが、野放しになっているのなら問題だ。それこそ、ラファエルが目の色を変えて食い付きそうな相手だが、進展はあったのだろうか。


「仰る通り、冒険者ギルドの警戒案件として登録されております。未討伐ですが、各地で目撃記録がありますね。いくつかのパーティが壊滅に追いやられ、街のひとつは崩壊寸前まで破壊されたようです。最後に目撃されたのは、アンドル大陸北部。ボルタニヨン地方の森の中へ姿を消した、とあります」


「ボルタニヨン? もう少し奥へ進めば、北方の寒冷地に抜ける……あいつはもう、この大陸にはいないってことですかね?」


「私にもわかりかねますが、ここしばらく目撃情報も途絶えております。余りの強さに手が付けられず、ギルドが提示する討伐報酬は三億ブランまで膨れ上がりました」


「単体の魔獣で三億か。破格だな。そうまでしても探し出せないのか……」


「碧色。奴を追うのはあきらめた方が賢明だと思うけど。少なくとも今じゃない」


「わかってる。確認したかっただけだ」


 レオンの指摘に頷き、男性に礼を述べた。彼が通常業務へ戻ったところで、依頼を探してくれていた窓口対応の男性が戻ってきた。


「緊急性の高いものは見受けられませんでしたので、この付近から持ち込まれている、いくつかの依頼をお持ち致しました」


 カウンターに十枚ほどの依頼書が並べられた。レオンが隣から身を乗り出し、食い入るようにそれらを見比べている。


「これなんてどう?」


 レオンが指差す一枚に目を落とした。


「獅子型魔獣、ダンデリオンの複数討伐か……かなり危険な依頼だぞ。いけるか?」


「なに。怖じ気づいた?」


「ふざけんな。一対一なら余裕だ」


 頭にきて言い返した途端、目の前で男性職員に笑われてしまった。恥ずかしさと怒りが瞬時に込み上げ、怒鳴りたい気持ちを必死に押し殺して耐えた。


 俺の様子に気付いた男性職員は、ひとつ咳払いをして居住まいを正す。


「失礼致しました。依頼の目的地は、ここから半日ほど歩いた先にある草原です。そこに十数頭のダンデリオンが縄張りを作ってしまったようなんです。雄の体重は三百キロを超え、肉食で獰猛な魔獣です。旅の商人が命を落としたり、積み荷を食い荒らされたりと、被害が拡大しています」


「木にも登るし、頭上から襲い掛かってくる奴もいるって話だからな。走れば、最高速度は八十キロにも達する瞬発力と脚力だ。標的にされたら馬車でも逃げ切れないさ」


「さようでございます。さすがにランクLともなれば、余計なご説明は不要でしたね」


「いえ、助かりますよ。復習もできるし、無駄になることなんてひとつもありません」


 依頼書を手に、背後の仲間たちを振り返る。


「ってわけで、こいつでいいか?」


 シルヴィさんとアンナは、興味津々といった顔を向けてきた。


「リュシーとレオンのお手並み拝見といかせてもらおうかしら。楽しみね」


「一頭につき、十万ブランの報酬か……悪くないんじゃない? 久しぶりに、アンナの魔導弓(まどうきゅう)の腕が鳴っちゃうよねぇ」


 このふたりは何の心配もない。あるとすれば、マリーとユリスだ。ユリスが竜術(りゅうじゅつ)の扱いに長けているのは知っているが、近接戦闘を行う姿は見たことがない。


「マ……っと。セリーヌは問題ないか? ユリスに至っては冒険者でもないし、街に残ってもらっても構わねぇんだけどな」


「俺も行きます。皆さんの戦いを間近でじっくり見せてもらえる良い機会ですから」


 迷うことなく即答された。付いてくるだろうとは思っていたが、竜術を駆使してくれれば身の安全は問題ないだろう。


「じゃあ、決まりだな」


 依頼書に署名し、手早く受付を済ませた。


 ギルドを後にしたその足で、今夜の宿である、太陽と月の交遊亭へ向かった。

 受付に立つ中年の店主から部屋の鍵を受け取り、ひとり一本ずつ手渡してゆく。


「明日の朝八時、ここに集合だ。遅れるなよ」


「あたしは寝坊しそうだから、リュシーと同じ部屋にして欲しいんだけど」


 酒の入った水袋を手に、シルヴィさんが腰をしならせている。


「もう支払いも済んでるんで。部屋が無駄になるし、わがままは受け付けません。集合に遅れたら置いていくだけですよ」


「ちょっと。久しぶりに会ったっていうのに、あたしたちに冷たいんじゃないの?」


「リュー(にい)、ひどいよ。そうやって、アンナたちを捨てるんだね」


「あのな。こんな場所で、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ……」


 このふたりが好き勝手に振る舞うせいで、宿の主人や周囲からの視線が痛い。


「豪勢な食事をたらふく振る舞った。この宿だって個室にして、高い部屋を押さえたんだぞ。これ以上、どうしろっていうんだよ」


「性の接待を要求します」


「却下!」


 なぜか強気の姿勢を崩さないシルヴィさんへ言い放ち、あえて見ないことにした。


「じゃあ、ここで解散だ。明日は頼むぞ」


 さっさと部屋へ入り、装備を床へ下ろした。


 ラグのいなくなった生活にもようやく慣れたところだというのに、今度はフェリクスさんの訃報だ。ひび割れた心から、破片がひとつずつ零れ落ちてゆくような空しさを感じる。


「まったく……やりきれねぇな」


 護身用の短剣と、紙幣の入った革袋を身に付け、再び夜の街へと繰り出した。

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