08 凄いのはベッドの上だけじゃない
「落ち着けよ。職人たちをけなしてるわけじゃねぇ。彼らと同じように、力を抜いて取り組めって言ってるんだ」
「俺は、早く一人前になりたいんです。姉さんが抱えた重荷を少しでも請け負って、今より楽にしてあげたいだけだ」
「心配いらねぇよ」
励ますように、ユリスの背中を叩いた。
「そのために、俺がいるんだ」
いぶかしげな顔をしているが、彼には少しずつでも理解していってもらうしかない。
テーブルを見渡せば、みんなも粗方食事を終えている。そろそろ本題に移る時間だ。
「さてと。それじゃあ、シルヴィさんとアンナからの報告をお願いします。俺たちが島に向かった後、闇ギルドの問題はどうなりましたか。エルヴェは、みかじめ料を定期的に払えば矛を収める、って話でしたけど」
「それなら問題ないわ」
向かいで酒の入ったグラスを握り、シルヴィさんは微笑を浮かべている。
「お金は、ドミニクが上手くやり繰りしてくれてるから。軽く報告したけど、資産管理を徹底するために商人をふたり雇ったわよ」
「それについては問題ありません。助言までしてもらってありがとうございます。カンタンの商売も、かなり業績を伸ばしているって聞いてますから」
ユリスもいる手前、突っ込んだ話はできないが、娼館経営はすこぶる順調らしい。
シルヴィさんが知恵を出し、娼婦に着せる様々な衣装の貸し出しを始めた。これが客に大好評なのだという。もちろん、ヴァルネットの街に住む雑貨屋のボドワンさんを通じて、衣装を手配しているそうだ。
加えて、これまでは一対一の接客が常識となっていた。しかし追加料金を払うことで、最大三名までの娼婦を呼べるよう規則の変更を行った。これも評判になっているという。
更には、エミリアンの経営する酒場と業務提携を結んだ。娼婦自ら給仕を行い、店舗への誘い込みを行う他、両店舗の割引券を発行するなど、高い相乗効果を生んでいるそうだ。
これらを聞きつけた近隣の娼館も同様の接客をはじめたそうだが、シルヴィさんは発案の権利を主張。同じ業務形態を認める代わりに、発案料として毎月まとまった額を吸い上げているという。
俺も舌を巻く驚異的な経営手腕だ。シルヴィさんの新たな才能を見た気がしている。
「どう、あたしのことを見直した? 凄いのはベッドの上だけじゃないってことを、存分に思い知らせてあげるわ」
シルヴィさんの視線が、一瞬だけ俺の隣へ向けられた。セリーヌとユリスを意識した発言であることは間違いない。
「商売は好調よ。このまま過去の売り上げを更新していけるなら、エミリアンとカンタンは排除するわ。問題ないわよね」
「ええ。遅かれ早かれ、俺もそうするつもりですから。闇ギルドの一件を隠していたことだって、このままにはしておけねぇ。それぞれの店の代表名義は、早々に俺だけのものに切り替えるつもりです」
「それを聞いて安心したわ。こっちの件は、また追って報告するから。それから、リュシーが知りたいのはジェラルドの件かしら。こっちも同じく順調よ。エドモンの解呪も成功して、日常生活を難なく送れるほど回復したわ。戦いの勘を取り戻します、って冒険者に再登録して、依頼をこなし始めてるわよ」
「は? 冒険者!?」
「そう。冒険者」
あっけらかんと言われたが、こちらにしてみれば考えられない行為だ。
「まだ懲りてねぇのか……いい加減に親父の鍛冶屋を継いで、大人しくしてくれよ」
呆れ果てて店の天井を仰ぐと、アンナの笑い声が聞こえてきた。
「リュー兄に大きな借りを作ったから、それを返すまでは辞められないんだって。竜を見たって言ったら、凄く羨ましがられたよ」
他人事だと思っているのだろう。アンナはケーキを頬張り、吞気に笑っている。
「兄貴に竜の話は厳禁なんだよ……余計に火が付いて、止められなくなるだろうが」
「でもさ。ジェラルドさん、いいよね。アンナにも言葉遣いや対応が丁寧だし、物腰が柔らかくて怒らないもん。笑顔も素敵だし、すっごく爽やか。聖人って言われるの、わかる」
「そうそう。素敵よね。あたしの中で、抱かれたい男の第一位に急上昇よ。あんなお兄さんがいるのに、リュシーはどうしてこんな風になっちゃったのかしら」
シルヴィさんの明け透けな発言を受け、怒りと嫉妬が胸の中に渦巻いている。
「兄貴が完璧すぎるから、反抗してこんな風に仕上がったんですよ、きっと。後を追ったって、絶対に適わねぇってわかってる」
グラスを満たす酒に、自分の顔が揺らめいていた。なんだか泣いているようだと思った時、シルヴィさんからの視線を強く感じた。
「リュシー、嫉妬してるの?」
「嫉妬? 兄貴とは格が違いすぎて、そんな気持ちも起こりませんよ」
「安心して。あたしの中では、リュシーが一番っていうのは揺るがないから」
「でも、抱かれたいんですよね」
「そう」
「奔放すぎて、意味がわからねぇわ」
「そんなことないわよ。前にも言ったじゃない。優秀な男の子種を……」
「はい。それ以上はやめ!」
他の面々にはとても聞かせられない。
「みんながそこまで言うなら、一度くらいは対話してみたいかもしれない」
黙って食事をしていたレオンが、珍しく口を開いた。奴にまでそう思わせるとは、兄の人間性は凄い。
「俺も興味があります」
「私もです。何か大きな学びがありそうです」
ユリスとマリーまで口々に言うものだから、なんだか誇らしい気持ちになってきた。
「身内が良く見られるっていうのも、案外うれしいもんだな。俺も、積もる話がある。みんなで食事の機会でも設けたいよな」
「島に連れて行っちゃえばいいのに。リュシーと一緒で、資格はあるんでしょ」
「まぁ、確かに」
「それは困ります」
ユリスが即座に反発してきた。
「あなた方は特別だと思ってください。テオファヌ様から招待され、守り人たちは仕方なく受け入れたに過ぎません」
「そうか……まぁ、実際に島へ行って竜の群れなんて見たら、卒倒するかもしれないしな」
残念だが仕方のないことだ。俺たちに、その規則を変える権利はない。
酒を嗜み、甘味を楽しむ。思い思いの時の流れを破ったのはアンナだ。
「そういえばさ、アンナの報告はまだだったね。日誌に書いてあった、ブリュス・キュリテールの件、下調べは終わってるよ」
「何かわかったのか」
「うん。シル姉や傭兵団にも手伝ってもらったけどさ、色々わかっちゃったよ」
「聞かせてくれ」
何の気なしに尋ねたが、そんな返事を聞かれては途端に期待が高まってしまう。
はやる気持ちを抑え、テーブルに座る面々の顔を見渡した。
「みんなにも詳細は伝えてなかったからな。本当ならセリーヌにも聞いて欲しいところだけど、彼女には後で直接伝える」
話を切り出す前に、自分でも内容を整理していく必要がある。
「事の発端は、オルノーブルの街でカンタンに雇われていた傭兵団と知り合ったことだ。団の名前は闇夜の銀狼。ここいらは、ユリス以外は知っての通りだな。詳細は省くぞ」
アンナの顔色を伺うが、変わった様子はない。今はもう、吹っ切れたと見るべきだろう。





