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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.12 フィクサル編

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03 生きた足跡を残したい


 マリーとユリスが、フェリクスさんたちを知らないという事実が悔しくてたまらない。理解していて欲しいという気持ちが体を突き動かし、ふたりへ歩み寄っていた。


「マリーは冒険者じゃないからな。ユリスにしたって知らないのは当然だ。でもな、フェリクスさんたちは本当に凄い人なんだ」


 無知を責めるつもりはない。ただ、フェリクスさんやヴァレリーさんが、人々の記憶から忘れ去られていくことがつらい。


 いつの日か、それは必ずやってくる。

 俺のことを誰も知らない時代。


 寂しいが、それは自然の流れだ。後生にも知られるような偉人になりたいとは思わないが、何かしらの生きた足跡を残したいという願望は俺にもある。


「フェリクスさんたちのパーティは、アンセルムさんという人を筆頭に、六人で活動していたんだ。アンセルムさんは無類の強さを誇ってな。至高の剣王という二つ名を持つ、最強の冒険者だったんだ。そのアンセルムさんが病で亡くなって、パーティは解散。残された五人は、個々で活動を続けることにしたんだ」


 俺は左手を広げ、マリーとユリスへ向けた。


「魔獣討伐、人命救助、古代遺跡の発見と探索、魔鉱石の鉱脈発掘、希少な薬草の発見。世間に与えた影響は数知れない。それまでの数々の功績が評価され、五人と五指をかけて、王の左手っていう称号が与えられたんだ。王から直々に称号を賜ったパーティは初めてだし、あの人たちが打ち立てた冒険者ギルドの獲得報酬金額は未だに破られていないんだ」


「凄いのね。冒険者の皆さんにとっては、雲の上の存在っていうわけなのね」


「そういうことだ。病におかされながらも最後まで冒険を続けたアンセルムさんは、亡骸を棺に収められて、迷宮の奥地で氷漬けにされたって話だ。冒険者の中には、聖地と崇めて祈りに行く人までいるってさ。フェリクスさんはアンセルムさんのお気に入りだったこともあって、形見となる聖剣を託されたんだ。そういう意味でも、あの人は別格だったよ」


 マリーに微笑みかけていると、俺の隣にレオンが並んだ。


「俺としては、フェリクスさんを追い越す機会が失われてしまったことが悔しいけどね」


「本当にそう思うか」


「どういう意味?」


 レオンは怪訝そうな顔を見せるが、俺の言わんとしている所を理解しているはずだ。


「前に鉱夫のヘクターと飲んだ時、おまえが自分で言ったろ。胸に忍ばせておくくらいがちょうどいい、ってさ。憧れは憧れのまま、綺麗に取っておくくらいでいいんじゃねぇのか。気付いてるんだろ。俺たちはもう、とっくにあの人の前を走ってるっていうことに」


「随分と大きく出たね」


「まだほんの三ヶ月程度だけど、それだけ濃密な時間を過ごしてるってことさ。俺たちは、まだまだ成長できる」


「ずるいわよねぇ。あたしやアンナをほったらかして、自分たちばっかり」


 唇を尖らせたシルヴィさんが、すねたようにしなだれかかってきた。ここまではいつもの流れだが、今回ばかりは勝手が違う。


「ずるいって言われても、遊んでるわけじゃないんですから。それこそ、フェリクスさんにしごかれるより遙かにきついですよ」


 慌てて距離を取りながら、ユリスの反応も気になった。ここで彼の様子を伺っては、シルヴィさんに気付かれる。すべてを穏便に済ませるには、過度の接触を避けるしかない。


「でも、強くなれるっていうならアンナも興味あるよ。レン君とかマリーちゃんみたいに、竜から力を授かれば島に行けるんでしょ。テオテオに頼んだらどうなの?」


「テオテオ?」


 不満そうな声を上げたのはユリスだ。その声音には明らかな怒りが含まれている。


「テオファヌを堕とせばいいの? 強いお酒を飲ませれば、気を許してくれるかしら」


 口元へ人差し指を添えたシルヴィさんが、面白がって微笑んでいる。しかし、ユリスから漂う怒りにはまるで気付いていない。


「シルヴィさんとアンナも、もっと竜に対して敬意を持ってください。この大陸では伝説の存在なんですよ。その竜たちを束ねる、竜王のひとりなんですから」


「そうは言われても、あんなに可愛らしい女の子の姿を見せられたらねぇ……マリーは、一緒にお風呂にまで入ってたんでしょ」


「そのことにはもう触れないでください」


 シルヴィさんの一言で、マリーは顔を両手で覆ってしまった。純真な乙女心を傷付けたテオファヌの罪は重い。


「碧色。名残惜しいのはわかるけど、俺たちにはやるべきことがある」


「あぁ。そうだな」


 レオンに諭され、途端に現実へ立ち戻った。膨大な情報に押し流され、目的を見誤っては本末転倒だ。


「だけど、その前にひとつだけ」


 腰の革袋から、魔導通話石を取り出した。


『碧色様、久しぶりだねぇ。全然連絡が取れないし、どうなったのかと思ってたよ。シルヴィやアンナも心配してたよ』


 通話石から、ドミニクの声が返ってきた。


「ふたりは今、一緒だ」


『それはよかった。というより、こっちへ連絡してきたってことは急用かい』


「察しがよくて助かる」


 ここにセリーヌはいない。俺たちのやり取りを聞かれても問題ないだろう。ユリスのことは気になるが、あいつは俺を軽く見ている節がある。俺の手腕を間近で見せて、できる男を印象づけるのも悪くない。


「フェリクスさんとヴァレリーさんの墓参りを済ませたところだ。おまえには犯人捜しを頼みたい。部下を動かしても構わない。何人かをこっちに寄越して情報を集めろ。詰め所の衛兵にも、シルヴィさんやアンナが金を握らせてくれた。協力は惜しまないはずだ」


『碧色様も甘いねぇ。俺の力を甘く見てるんじゃないの?』


「どういう意味だ」


『そう言ってくるのは察しが付いてたからねぇ。既に粗方調べ終えたところだよ』


「本当か!?」


 思わず大きな声が出てしまったが、シルヴィさんとアンナも目を見開いている。


『ヴァレリーの屋敷へ頻繁に足を運んでいたっていう、冒険者が目撃されてるんだ。碧色様も知っている相手かもしれないねぇ』


「誰だ。さっさと教えろ」


『まぁ落ち着きなよ……アントワンって男を知ってるかい? 冒険者ランクS。神薙(かみな)ぎの武神(ぶしん)って二つ名を持つ、体格のいい斧使いの戦士って話だよ。その男が率いる、五人組のパーティだ』


「アントワンって、フェリクスの……」


 驚くシルヴィさんへ目を向けた。


「知ってるんですか」


「フェリクスが仕事を始めようとしてたでしょ。冒険者ギルドの依頼を請け負って、各パーティへ斡旋するっていう」


「あぁ。そんな話もしてましたね」


「あたしたちの他に、フェリクスはふたつのパーティを抱えてた。アントワンっていうのは、その片方のリーダーよ」


「その男が関係してるのか?」


『事件当日の夜も、酒場で目撃されてるんだよねぇ。店主の話では、その翌日からさっぱり姿を見せなくなった、とか……』


「ドミニク、てめぇ。どうしてその情報を、シルヴィさんと共有してねぇんだ」


『悪いけど、これも仕事のうちなんでね。碧色様にも俺の存在価値を売り込んでおかなきゃならんでしょ。わかってちょうだいよ』


「売り込むどころか、俺の怒りを買いたいらしいな。てめぇの働きは正当に評価してやってるだろうが。そういう動きの悪さは減点にしかならねぇと自覚しろ。出し惜しみするな」


『すまない。俺が悪かったよ』


「もっと他のことに頭を使え」


 忠実さが、返って裏目に出てしまったか。

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