18 隠されてきた真実
「冗談、ってことはないんですよね?」
『汝が、我の分身を大事にしてくれていたことは百も承知だ。我がこの島へ放っていた、魔力の網に掛かってしまったのだ。別れの言葉を交わすことは叶わなかっただろうが、分身の記憶と経験は我へと引き継がれている。汝から受けたこれまでの恩は決して忘れん』
「だとしても、ですよ」
こんな急展開に納得できるはずがない。
「他人からは見えないとはいえ、苦楽を共にしてきた家族のような存在だったんです」
俺の言葉を理解して反応する知能は、下手な人間よりよほど有能に思えていたほどだ。
『汝が言いたいことはよくわかる。しかし、こうして一体化してしまった以上、再び分かれることは不可能だ』
「そうですよね……」
心と体の一部をもぎ取られてしまったようにつらい。ガルディアの中に生きているとはいうが、ラグの命を奪われたも同然だ。
伝説の存在に出会えた喜びより、ラグを失った悲しみが大きすぎて考えが追いつかない。遠くのガルディアより、近くのラグ。この場で俺だけが浮いているように思えた。
気持ちのやり場を持て余していると、身じろぎするアレクシアの姿が目に付いた。
『人間よ。あまりガルディア様を困らせるでない。それでなくとも、永き眠りより目覚められたばかりだというのに』
思念が飛んできたが、戸惑っているのは明らかだ。どうしていいのかわからずにいる。
ディカさんとユリスは我関せずという顔で、傍観を決め込んでいるようだ。
「ラグ、というのは何なのですか?」
沈黙に斬り込んできたのはセリーヌだ。
俺の様子を見かねたのか、不安げな色を瞳にたたえている。彼女にこんな顔をさせてしまっている自分が情けない。
「ガルディア様の思念体のようなもの、って言えばわかりやすいか。他人からは見えない存在とずっと一緒にいたんだ。俺が竜臨活性を使うための引き金にもなってたんだ……っていうことは、俺はもう竜臨活性を」
『それについては我にも考えがある。詳細は後に語るが、竜臨活性の力は封印させてもらった。汝がこの力を持つに足る者か、今一度見極めさせてもらう』
「封印って……」
「見極める必要がございますかな?」
ディカさんが話に割り込んできた。ガルディアの前ということで感情を抑えてはいるが、不満がありありと滲んでいる。
「外の者に、引き続きガルディア様の御力を貸し与えるというのですか。島の者から新たな契約者を選ぶべきです。幸い、ここにはユリスもおります。私から見ても適任です」
『ガルディア様の決定に異を唱えるのか』
アレクシアの指摘を受け、ディカさんは顔の前で慌ただしく右手を振る。
「滅相もない。ですが、外の者に力を持たせるというのは不安なのです」
すると青年の姿をしたテオファヌが、ゆったりとした足取りで歩み出てきた。
「ディカ。守り人たちが外の者を拒絶するのはわかる。でもね、彼らがこの島に立ち入っている時点で資格は充分に備えている。このリュシアンもそうだ。守り人の血を受け継ぎ、ガルディア様と僕が認めた。セルジオンまでもが力添えを惜しまない人物なんだよ」
「たとえそうだとしても、我々はすんなり受け入れることはできかねます」
『万人が納得する方法などありはしないのだろうな。今は我の話を黙って聞いているだけでいい。この思念は島中すべての者にも伝わっている。我々の会話が終わった後で、各々の考え方がどうなっているかが肝要なのだ』
ガルディアは残された右目で、こちらをじっと見つめてきた。
『では次の話に移るとしよう。汝にはどこから話すべきか迷っていた。なにを知りたい』
「知りたいことは色々ありますけど……今はラグを失った事実がつらすぎて、なにも頭に入ってこなくて……後ではだめですか?」
『我には時間がない。改めるとなれば、知りたいことはわからぬままになると思え』
相変わらず一方的なやり方だ。こんな強引な性格でも神竜と崇められているのだから、相当な統率力を持っているのだろう。
「ですが、ガルディア様……」
助け船を出してくれたセリーヌを、片手で遮った時だった。
「ぬるいんだよ。碧色」
レオンの落胆の息が神殿へ響いた。
「ここが戦場でもそんなことを言うつもり? 敵は待ってくれない」
「レオン様、今は戦時ではないんですから」
マリーが珍しく俺の味方をしてくれたが、レオンは彼女にさえ鋭い視線を向ける。
「だから、それがぬるいって言ってるんだ。仲間の屍すら踏み越えるくらいの覚悟がないなら、冒険者を辞めるべきだ。あんたたちは戦うことの意味を軽く考えすぎなんだ」
そこへ、テオファヌの失笑が漏れた。
「君たちは実に面白い集団だ。輪に染まりきらないレオンも嫌いではないよ」
「馴れ合うつもりはないって、常日頃から言ってるつもりだけど。俺は魔獣のいない世界を実現するために、利用できるものはすべて利用させてもらうだけだから」
レオンの言うことはもっともだ。セリーヌでさえロランとオラースの死を乗り越え、気丈に戦い抜いたのだ。ここで俺が不甲斐ない姿を晒し続けるわけにはいかない。
「わかりましたよ。俺も大人だ。感傷に浸っている暇がないことくらい理解しています」
大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。ラグはあるべき所へ帰った。そう思えば心の痛みも多少は和らいだ。
「知りたいことは色々あります。まずは、すべての発端です。なぜ竜たちは、人間の前から姿を消したのか。その理由を知りたい」
『うむ。まずはそこからか』
これまで、知りたいと望みながらも近付くことができなかった核心。それがついに明かされる時が来た。
『今でこそ汝らの世界で当たり前のように扱われているが、魔法と呼ばれる力は元々、我々が人間に授けたものだ』
「その話は聞いたことがあります」
蝶の仮面と不快な笑い声が脳裏をよぎる。
『竜の生き血を飲ませることで、魔力に目覚める者が現れた。力はまれに子孫へ受け継がれ、人間へ徐々に力が浸透していった』
「生き血が必要というのは初耳です」
ガルディアは黙ってひとつ頷く。
『人間は我々を、神のようだと崇めた。竜信仰の始まりと言えよう。竜の平均寿命は五百年。人が反映してゆく様を数千年もの間、側で見守ってきた。炎の力で煮炊きが容易になり、水の力は恵みを生んだ。土の力は大地を耕し、雷の力は害獣を打ち払った。光の力は悪意を貫き、闇の力は不都合を覆い隠した』
苦しげに唸ったガルディアは、不意に目を閉じた。
『しかし、行き過ぎた力は争いの火種となった。魔力を持つ者と持たざる者という、身分の差が生まれた。それだけならば可愛いものだったのかもしれぬ。人口が増え、領土問題が発生した。領地拡大と資源確保を目的に、人々は戦争を始めたのだ。そこからだ。魔法の力が争いに使われるようになったのは』
「そんな経緯があったんですね」
『そして人間たちの争いは、思わぬ形で飛び火してきた。更なる力を望み、竜の生き血を求める声が各地で上がったのだ。各国の王たちが竜狩りと称し、人間は竜へ牙を剥いた』
「竜狩り……なんて馬鹿なことを」
隠されてきた真実はあまりに生々しい。人間たちの尽きることない欲望が原因となり、竜たちを追い込んでしまったのだ。





