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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.11 マルティサン島編

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15 この時代に生きる者


 風竜王の背に乗った一同は、風の結界に包まれて快適に移動を続けていた。


 腕を組んで立つリュシアンの側に、困惑した様子のディカとユリスが座している。側にはセリーヌも腰を下ろしているが、ふたりを警戒するように伺っている。レオンとマリーは四人の後方に控え、並んで腰掛けていた。


 最初に沈黙を破ったのは、ディカだ。


「ガルディア様の目覚めが迫っていると言っていたな……その話が本当だとして、なぜ今、この時なのだ」


(おさ)。この者へ本当にセルジオン様が乗り移っているのだとしたらどうするのですか。言葉選びにはお気をつけください」


 ユリスにたしなめられ、ディカは鬱陶しそうに顔をしかめた。当のリュシアンは気にした素振りもなく、答えを導き口を開く。


「この者は、ガルディア様の加護を受けていた。その御力を体に宿し、ガルディア様の魂とも呼ぶべき存在と行動を共にしていたのだ」


「魂とも呼ぶべき存在、ですか」


 セリーヌが呆気にとられた顔でつぶやく。


 リュシアンの口から語られるのはラグのことだが、あいにく本人と竜たちにしか認識できていない。付き合いの長いセリーヌとレオンでさえ、話のすべてを理解できずにいた。


「心臓だとでも思うがいい。それがこの島へ辿り着いたことで、ガルディア様に何らかの変化が起こったと考えるのが妥当だろう」


 リュシアンの言う通り、ラグは忽然と姿を消してしまった。推測は間違っていないという、確信にも似た思いがあった。


「あの……ところで私たちは、どこに向かっているんですか?」


 見知らぬ土地で振り回され、不安に駆られたマリーがおずおずと切り出した。隣に座るレオンは涼しい顔を崩さない。


 その声を聞きつけたセリーヌが、柔らかな笑みを零して前方を指さした。


「あそこに見える、グランド・ヴァンディと呼ばれる山です。竜たちは人里を離れ、そこで生活を送っております。山頂に、神竜ガルディア様が住まわれる神殿があるのです」


「神殿?」


()(びと)たちが、神竜様のために建設したと伝えられております」


「竜が住むなんて、相当大きな建造物なんじゃありませんか? 建てるのは並大抵の苦労ではなかったんでしょうね」


「何年もの月日を要したとか……当時の技術の粋を集めて作られたと伝え聞いております」


 饒舌に語るセリーヌへ、ディカが鋭い視線を投げ付けた。


「外の者へ軽々しくベラベラと……おまえの行いは感心せんぞ」


「竜の加護を受けた者たちです。この程度の情報ならば与えても問題はありません」


「神官の地位は剥奪した。おまえごときにどんな権限があるというのだ。本来ならば、拘束の上に閉じ込められてもおかしくない」


「先程も申し上げたはずです。(わたくし)はもう、島の誰にも縛られません」


 開き直りとも取れるセリーヌの態度に、ディカの我慢は限界を迎えていた。


「誰に向かって口をきいている。守り人の誇りである装束まで捨て、身も心も外の世界に染まりおって。この馬鹿者が。婚姻の儀まで台無しにされるとは……竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力を取り上げた後は、生涯幽閉にしてくれよう」


 低く抑えた声で、淡々と告げるディカ。静かに迫る恐怖と圧力に煽られ、側で見ていたマリーが恐れおののき、身を震わせる。


「今は言い争っている場合じゃないだろ」


 たまらず声を上げたのはユリスだ。


「姉さん、婚姻を拒むならそれでいい。俺の願いはただひとつだ。この島で、心穏やかに暮らして欲しい……災厄の魔獣を倒すっていう想いは、俺が引き受けるから……神官の役目も、竜臨活性(ドラグーン・フォース)も、俺が全部受け持つから」


「ユリス、おまえは甘すぎる。セリーヌはもう、魔物に成り果てたと思え」


 風竜王の背に両手を付いたユリスは、膝立ちの姿勢になってディカを睨み下ろした。


「家族に向かって魔物だなんて、よくもそんなことが言えますね! いくら長だろうと、言っていいことと悪いことがある!」


「家族?」


 マリーが呆気にとられる中、怒りに震えるユリスが止まることはない。


「災厄の魔獣との戦いで、父さんと母さんは死んだ。俺たちはもう、三人だけの家族なんですよ。姉さんはこれまで、俺を必死に守ってきてくれたんだ。そんな姉さんに恩返しをしたいと、ずっと思っていた。光の神官の地位は俺が継いだ。姉さんには自由に生きて欲しい。今度は俺が、姉さんを守る番だ」


「そんな勝手を許した覚えはない」


 ディカの言葉に憤慨したユリスは、リュシアンの背を強く指さした。


「セルジオン様の御言葉を聞いたでしょう。この島には新しい風が必要なんです。今まで通りのやり方では通用しません。姉さんが変化を受け入れたように、我々も変わっていかなければなりません」


「俺からもいいですか」


 それまで黙って成り行きを見守ってたレオンが、片膝を立てた状態で一同へ目を向けた。


「俺も竜の加護を得たことで変わった……目の前にあった大きな壁が、一枚取り払われた気分だ。お互いの良いところを取り込んでいくのは、決して間違いじゃないと思うけど」


  そんなレオンを見ようともせず、ディカは鼻を鳴らしてリュシアンの背を睨む。


「あなたが本当にセルジオン様だと仰るのなら、過去のいさかいを忘れたわけではないでしょう。なぜ人間へ、そこまで肩入れすることができるのですか」


「もちろん我も否定していた身だ。人間への恨みを忘れたわけではない。だがな、この時代に生きる者たちに罪はない。水竜女王プロスクレを想えば、すべてを水に流すことも必要なのだと思い知らされただけだ」


「そう簡単に割り切れますかな?」


「我は既に過去の存在だ。この者がいなければ、こうして表舞台に出てくることも叶わなかったであろう。まさか再び、ガルディア様にお会いできる日がこようとは」


「あなたがそこまで仰るのなら、私とて多くを語ることは差し控えましょう。若い者たちに任せ、事の成り行きを見届けさせて頂こう」


 ディカの言葉に胸をなで下ろすセリーヌだったが、その目がリュシアンに向けられた。


「ところでセルジオン様。いつまでリュシアンさんの体へ居座るおつもりですか」


「先程、申しただろう。ガルディア様の姿を拝見するまで体を明け渡すつもりはない。心配せずとも約束は守る。この者も、体を返せとうるさくてかなわん。どうせなら、もっと大人しい者の体へ入りたかったものだ」


「リュシアンさんも不満なのですね」


「そのようだ。神竜を己の目で直接見たいと喚いておる。我らへ敬意の念を持っているのは感心だが、抑えきれないほどの興奮が伝わってくる。困ったものだ」


 リュシアンとセリーヌが微笑む。それを見ていたレオンは苦い顔を見せた。


「俺としてはこのままで構わないけど。炎竜王なら稽古の相手としても不足はない」


「ちょっとレオン様、なんてことを」


 マリーがたしなめるように肘で小突くも、レオンに悪びれた様子はない。


「君もその方がいいと思ってるんじゃないの。野蛮な男がいなくて清々するだろ」


「私に振らないでください。レオン様も案外、意地悪なんですね」


「それは肯定したということか」


 レオンの鋭い指摘が飛ぶ。セリーヌはたまらず、声を上げて笑った。

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