12 月下の決闘
「大体、魔導師のクセに露出が高過ぎるんだ。なんなんだ、そのけしからん法衣は?」
言った瞬間、セリーヌの白い頬が一気に耳まで染まった。
「その……以前に立ち寄った街で……これが売れないと、今日食べる物にも困ってしまうと、商店の男性が泣いていらしたもので……」
「売り付けられたのか? だったら買うだけ買って、着なきゃよかっただろ」
「それが……私の着ていた物を下取りさせて欲しいと仰られて……商店の奥で着替えをさせて頂き、差額分をお支払いしたのです」
「それってさ……」
どこまで純粋なんだ。完全に騙されている可能性どころか、下手をすれば覗かれている。
「そんなことはどうでも良いのです!」
純白のローブをかき寄せていた手を離し、拳をぶんぶんと振るセリーヌ。揺れる胸元へ視線が勝手に吸い寄せられる。
落ち着け俺。
「こうなれば、今晩お時間をください」
「はい?」
「二十二時。街の南門を抜けた河原でお待ちしております。その装備でいらしてください」
「装備? なんでだよ」
てっきり告白でもされるのかと思ったら、まさかの装備指定。予想の斜め上だ。
「詳細はその時にお話しします。ですが、その前にひとつだけ……」
「え?」
不意に両頬を包まれた。
焼けるような指の温度。黄金色の光を帯びた瞳が、まっすぐ俺の奥底を射抜く。
「竜眼」
その言葉とともに、意識は闇に沈んだ。
※ ※ ※
気付いた時には、冒険者ギルドのソファに横になっていた。介抱してくれていたシャルロットによれば、突然に俺が倒れたと、セリーヌが助けを求めてきたのだという。
ルーヴ戦に続いて二度目。セリーヌとの夜の約束だけ覚えているのに、大森林でのアレニエとの戦いがはっきり思い出せない。
「どうなってんだ?」
「がう?」
ラグが心配そうに首を傾げた。
※ ※ ※
その夜。言われた通り河原へ行くと、月明かりの下、川面を眺めるセリーヌの後ろ姿があった。
銀色の光が彼女の髪を縁取り、淡い霧のような風がふたりを包む。まるで世界がこの一瞬を隔離したかのようだ。
「話って何だ?」
振り返ったセリーヌの瞳には、揺るぎない意思が宿っていた。
「先にお伝えしておくことがあります。私は竜眼と呼ばれる力を行使することができます」
「竜眼?」
「はい。使用した相手の記憶を書き換える力です。二十四時間以内の記憶に限られるという制限付きではありますが」
「なんなんだよ、それ……」
そんな話を簡単に信じられるはずがない。
「あなたには既に二度、この力を行使しています。正体を掴み損ねているものですから」
その言葉が、胸の奥をざらりと撫でた。
「俺の、正体?」
「神器と竜臨活性を操りながらも、突然にその力を手に入れたと仰いました。それはつまり、一族の者ではないということですよね?」
「は?」
一方的に知らない情報が流れ込んでくる。
「すみません。神器も竜臨活性も、あなたの記憶から消し去っていたのですね。私が竜術と呼ばれる力を使えることさえも……その剣は神器と呼ばれる秘宝。正しき名は、神竜剣ディヴァイン。そして、銀の髪へ変わる身体強化の力が、竜臨活性と呼ぶものです」
「待ってくれ! 理解が追い付かねぇ」
こいつは、何をどこまで知っている。
「あなたの行動を観察していました。食堂で働く合間に人助けを兼ねた依頼遂行。『災厄の魔獣』を探す素振りは微塵もありません」
「災厄の……魔獣?」
「やはり、ご存じないのですね。我々の島を突如襲った、あの恐ろしい巨大魔獣を……」
落胆をまとった声。胸がざわつく。
「ここへお呼び立てしたのは、その剣、神竜剣ディヴァインについてです……熟考しましたが、あなたに持たせておく訳にはいきません。その資格があるか勝負してください」
「勝負って……本気か?」
「本気でなければ、こんな時間にお呼び立てしません。私が勝ったら、その剣を渡して頂きます」
「俺に勝てると思うのか?」
「私が負ければ、知っていることをすべてお話し致します。その上で、身も心も、好きなようにして頂いて構いません」
心臓が跳ねた。だが、今は流される時じゃない。
「俺だって、この剣を手放すわけにいかないんだ。他に納得する方法はねぇのかよ?」
「ありません。その剣を持つ資格があるか、ないか。知りたいのはそれだけです」
即答だ。揺らぎはない。
「竜臨活性は使いません。疲弊している今、あの力は制御しきれませんから」
「そりゃ大盤振る舞いだな」
こちらも疲労困憊だ。竜の力は一日一度が限界だと決めている。
「きゅうぅん……」
左肩の上で、ラグが困ったように鳴いた。
「では……始めましょう」
「どうあっても戦うしかねぇのか」
杖を構えるセリーヌ。その姿に覚悟がにじむ。もう後戻りはできない。
「手加減は無用です。本気で来てください」
「怪我しても責任は取れねぇぞ」
「負けません。むしろ本気で来なければ、あなたが命を落としますよ」
殺気を帯びた視線が突き刺さる。呼吸を整え、剣を握り直す。汗がにじんだ。
肩から飛んだラグを合図に、突進する。
狙うはセリーヌの杖だ。あれを奪えば魔法は使えない。彼女を無力化できる。
「雷竜轟響!」
眼前へ真一文字に広がる紫電。
これが竜術という力か。僅かでも触れたら、間違いなく電撃の餌食だ。
俺は黄色の魔法石を紫電へ投げ込み、一気に相殺した。
「地竜裂破!」
俺の動きを読んだように、矢継ぎ早に繰り出される。いくらなんでも異常な顕現速度だ。しかも、無詠唱でこの威力だ。
地面が爆ぜるように隆起し、土壁が俺を飲み込む勢いで迫った。
「くそっ!」
大地に干渉する力だ。
同じ魔法でも使用者の想像力次第で展開効果が変わる。攻撃を予想することは困難だ。
横へ飛び、迫り来る土壁をやり過ごす。直後、立ち上がる前に炎の渦が迫っていた。
「ぐあぁぁぁっ!」
全身を焼く熱。息すらできない。転げ回る身体。死の影が体温を奪っていく。
腕輪の魔力障壁は赤。煙が上がる俺を見下ろし、セリーヌが静かに歩み寄ってくる。
「いかがですか。無力さを思い知りましたか? 降参し、剣を渡すというのならば、命までは奪いません」
不意に投げかけられた暴言の刃。それが絶対零度の冷たさを帯び、一切の情け容赦もなしに心へ深く突き刺さる。
だが、その一言が俺の闘争心へ火を付けた。体内に燃料を注ぎ込まれた気分だ。
「無力だって? ふざけんな! 勝負はまだこれからだ」
ふらつく足で立ち上がり、剣を再び構える。
絶対に、こんな所で負けられない。
「吠え面をかかせてやるよ」
セリーヌへ駆けながら、左手に握っていたものを投げつける。立ち上がる最中、腰の革袋から抜き出しておいた閃光玉だ。
「きゃあっ!」
闇を裂く閃光。咄嗟に腕で顔を覆うセリーヌ。その足元に雷の魔法石を叩きつける。
「あぁぁぁっ!」
痙攣する身体。胸元まで震えが走り、ローブの陰で豊かな膨らみが波打つ。女性相手に気が引けたものの、情けはかけられない。
間近に迫り、両手で握られた魔導杖を掴み取った。
しかし、杖はまるで彼女の身体の一部のように離れなかった。





