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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.11 マルティサン島編

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07 馬鹿げた祭りをぶっ潰す


 俺たちを包んだ風の球体は、舞台へ降り立つと泡が弾けるように消え失せた。


 場内は未だすさまじい喧騒だ。それも当然のことだろう。セリーヌとコームの登場だけならまだしも、俺とレオンとマリーという、三人もの部外者までいるのだ。


 舞台には六人の男たちが集まっていた。紺を基調に、繊細な刺繍の入った民族衣装を身につけている。ただひとつ違うのは、各々が色とりどりの腰布を巻いていること。セリーヌからは、各属性の民ごとに色分けされていると聞いている。


「コーム。これはどういうことなんだ」


 白の腰布を巻いた男が、説明を求めて詰め寄ってきた。


「ジャメル……」


 呻くようなコームさんのつぶやきを聞き逃さなかった。


 この男がジャメルか。話していた通り、光の民の予選を勝ち抜いたということか。


 腰に剣を提げた、白髪混じりの中年男性だ。穏やかそうな顔つきをしているが、コームさんがあそこまで嫌悪していた男だ。こういう奴が一番危ないという見本だろう。


「すまぬ。込み入った事情があってな」


「どんな事情か知らないが、外の者を連れてくるなんて論外だろうが。自分が何をしたのかわかっているのか。この場で斬り捨てられても文句は言えんぞ」


 見かねたセリーヌが、身を割り込ませた。


「すべての責任は(わたくし)にあります」


 ジャメルは言葉に詰まる。うろたえている様が、こちらにまではっきり伝わってきた。


「がう、がうっ!」


 ラグまでもが失せろと言わんばかりに、俺の左肩の上で吠える。その声に合わせたように、頭上を大きな影が横切った。


「それを言うなら、僕にこそ責任がある」


 風竜王の声が聞こえ、影が消滅した。降り注ぐ陽光と合わせたように、風の結界が落下してきた。そうして、ルネという名の少女に変わった風竜王が静かに着地する。


「テオファヌ様。今までどちらに!? せめて行き先くらいは教えてくださいと、以前から何度も申し上げているではありませんか」


 緑の腰帯を巻いた、長身の中年男性が駆け出してきた。風の民ということは、テオファヌと深く関わっているに違いない。


「ウード、久しぶりですね。なんだか急に、外の世界を見たくなって。諸国漫遊というか、当てのない旅をしていた。もちろん、行き先など決めていない。そんなのはつまらないからね。風の向くまま、気の向くまま。旅の途中、彼らに出会ったのは思わぬ収穫でした」


 ウードと呼ばれた風の民は、怒っているような、呆れているような、複雑な顔だ。


「いくらテオファヌ様といえど、勝手が過ぎませんか。他の竜王たちも黙っていないと思いますが」


「言わせておけばいいんです。でもね、言っておくけど、彼の力は本物だよ」


 無邪気な少女は悪戯めいた笑みを浮かべ、こちらに視線を向けてきた。


 六人の戦士たちは、一様に怪訝な顔を見せている。突然に俺たちが現れたことを考えれば無理もない。場内も、依然としてざわめきに包まれていた。突然の闖入者である俺たちに、興味深い視線が注がれ続けている。


 そんな中、浅黒い肌をした巨漢の男が歩み出てきた。黄色の腰帯を巻いているということは、地の民ということか。


「で、竜王が自らこんな所へ来るくらいだ。何か狙いがあるんだよな。外の者をお披露目に来た、なんてわけじゃねぇんだろ」


「クロヴィスと言ったか。竜王様に対して、その口の利き方はなんだ。この場で、真っ先に退場することになるぞ」


「あ?」


 長身のウードが、巨漢の男に詰め寄った。


 クロヴィスと呼ばれた男は、見下ろされながらも体格は勝る。睨み上げる顔は憤怒に歪み、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。


「それは悪かったな。俺は馬鹿だからよ。気の利いた言葉なんて面倒でいけねぇ。ただな、強い奴は好きだ。竜王も尊敬はしてる」


「その割に、敬う態度が見られないのは残念だ。言葉はなくとも、誠意は伝わるものだ」


「品がないのも昔からでな。大丈夫だ。この腕っ節だけで、どんな奴らも黙らせてきた」


 互いに五十歳は超えているはずだ。この男が幼稚なのか、もしくは男というものは、いくつになっても幼いのかもしれない。


 俺はルネに並び立ち、舞台上の戦士たちと司祭へ目を向けた。会場を見回せば、客席よりも高い位置に六つの物見櫓も見える。


 ルネには拡声魔法を頼んである。会場全体へ俺の言葉が聞こえるはずだ。


「それぞれの民の長たち。それから、本戦まで勝ち抜いてきた戦士たちに告げる。皆さんには悪いが、この祭りは中止だ」


 客席からどよめきが広がる。人々の声が、さざ波のように闘技場へ広がってゆく。


「いいか。セリーヌは絶対に渡さない。渡すつもりもねぇ。俺は、婚姻相手を決めるなんていう、馬鹿げた祭りをぶっ潰すために来た」


「いいねぇ。正義の騎士様ってわけかい?」


 拍手をしながら、ジャメルが歩み出てきた。


「やんちゃをするお年頃は、とっくに過ぎてるはずだよね。いきなりしゃしゃり出てきた挙げ句、祭りをぶっ壊すだって? 荒唐無稽もいいところだ。飛び立った竜を、慌てて呼び戻すようなもんだ。もう止まらないんだよ」


 顔に笑みを貼り付けながら、ジャメルは俺の肩に手を置いてきた。ラグは嫌悪を示すように、途端に空へ飛び上がる。


「おまえのような外の者が、神聖な舞台を汚すんじゃない。ここに立たれているだけで、不快感で吐きそうだ。外の者ってのは、誰もが同じだ。野蛮な血の匂い。鼻が曲がる」


「だったら寝てろ」


 怒りに任せて繰り出した右拳が、ジャメルのみぞおちへ深く食い込んだ。


 数歩よろけたジャメルの顔には、苦痛と驚愕が張り付いている。彼はそのまま、うずくまるように石造りの舞台へ倒れた。


 俺は腰に提げた魔法剣へ右手を添え、舞台の奥で怯える司祭を見た。


「さてと。ここで規則の変更だ。祭りをぶっ潰すと言ったからには、俺も参加させてもらうからな」


「まさか、俺たちとやり合うつもりか?」


「あぁ。そのつもりだ」


 クロヴィスは額に手を当て、大声で笑う。


「こりゃ傑作だ。言っとくが、そこに倒れた男は雑魚だぞ。大口叩くと痛い目に遭うぜ」


「いいから、さっさとかかって来いよ。次はてめぇの汚い口を塞いでやるよ」


「リュシアンさん、大丈夫なのですか」


 セリーヌも不安に駆られているのだろう。祈るように両手で魔導杖(まどうじょう)を握りしめ、こちらをじっと見つめてくる。


「大丈夫だ。絶対に勝つ」


 舞台へ目を戻すと、数名の戦士たちから嫌悪の視線を向けられていた。祭りの最大の目的であるセリーヌが、俺の味方をしていることも面白くないのだろう。


「後で難癖をつけられてもかなわねぇ。まとめてかかって来いよ。やるなら徹底的にだ。外の世界の厳しさってやつを教えてやるよ」


「小僧、いい度胸だ。後悔するなよ」


 クロヴィスが拳の骨を鳴らす。隣へ、敵意を剥き出しにした若い男が並んだ。青い腰帯ということは、水の民だ。


「おっさん、手を貸すぜ。俺は、この祭りにすべてを賭けてんだ。花嫁は頂く」


「身の程を知れ。クソガキが」


 俺は拳を握り、腰を落として身構えた。相手が誰だろうと負けるつもりはない。

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