07 馬鹿げた祭りをぶっ潰す
俺たちを包んだ風の球体は、舞台へ降り立つと泡が弾けるように消え失せた。
場内は未だすさまじい喧騒だ。それも当然のことだろう。セリーヌとコームの登場だけならまだしも、俺とレオンとマリーという、三人もの部外者までいるのだ。
舞台には六人の男たちが集まっていた。紺を基調に、繊細な刺繍の入った民族衣装を身につけている。ただひとつ違うのは、各々が色とりどりの腰布を巻いていること。セリーヌからは、各属性の民ごとに色分けされていると聞いている。
「コーム。これはどういうことなんだ」
白の腰布を巻いた男が、説明を求めて詰め寄ってきた。
「ジャメル……」
呻くようなコームさんのつぶやきを聞き逃さなかった。
この男がジャメルか。話していた通り、光の民の予選を勝ち抜いたということか。
腰に剣を提げた、白髪混じりの中年男性だ。穏やかそうな顔つきをしているが、コームさんがあそこまで嫌悪していた男だ。こういう奴が一番危ないという見本だろう。
「すまぬ。込み入った事情があってな」
「どんな事情か知らないが、外の者を連れてくるなんて論外だろうが。自分が何をしたのかわかっているのか。この場で斬り捨てられても文句は言えんぞ」
見かねたセリーヌが、身を割り込ませた。
「すべての責任は私にあります」
ジャメルは言葉に詰まる。うろたえている様が、こちらにまではっきり伝わってきた。
「がう、がうっ!」
ラグまでもが失せろと言わんばかりに、俺の左肩の上で吠える。その声に合わせたように、頭上を大きな影が横切った。
「それを言うなら、僕にこそ責任がある」
風竜王の声が聞こえ、影が消滅した。降り注ぐ陽光と合わせたように、風の結界が落下してきた。そうして、ルネという名の少女に変わった風竜王が静かに着地する。
「テオファヌ様。今までどちらに!? せめて行き先くらいは教えてくださいと、以前から何度も申し上げているではありませんか」
緑の腰帯を巻いた、長身の中年男性が駆け出してきた。風の民ということは、テオファヌと深く関わっているに違いない。
「ウード、久しぶりですね。なんだか急に、外の世界を見たくなって。諸国漫遊というか、当てのない旅をしていた。もちろん、行き先など決めていない。そんなのはつまらないからね。風の向くまま、気の向くまま。旅の途中、彼らに出会ったのは思わぬ収穫でした」
ウードと呼ばれた風の民は、怒っているような、呆れているような、複雑な顔だ。
「いくらテオファヌ様といえど、勝手が過ぎませんか。他の竜王たちも黙っていないと思いますが」
「言わせておけばいいんです。でもね、言っておくけど、彼の力は本物だよ」
無邪気な少女は悪戯めいた笑みを浮かべ、こちらに視線を向けてきた。
六人の戦士たちは、一様に怪訝な顔を見せている。突然に俺たちが現れたことを考えれば無理もない。場内も、依然としてざわめきに包まれていた。突然の闖入者である俺たちに、興味深い視線が注がれ続けている。
そんな中、浅黒い肌をした巨漢の男が歩み出てきた。黄色の腰帯を巻いているということは、地の民ということか。
「で、竜王が自らこんな所へ来るくらいだ。何か狙いがあるんだよな。外の者をお披露目に来た、なんてわけじゃねぇんだろ」
「クロヴィスと言ったか。竜王様に対して、その口の利き方はなんだ。この場で、真っ先に退場することになるぞ」
「あ?」
長身のウードが、巨漢の男に詰め寄った。
クロヴィスと呼ばれた男は、見下ろされながらも体格は勝る。睨み上げる顔は憤怒に歪み、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。
「それは悪かったな。俺は馬鹿だからよ。気の利いた言葉なんて面倒でいけねぇ。ただな、強い奴は好きだ。竜王も尊敬はしてる」
「その割に、敬う態度が見られないのは残念だ。言葉はなくとも、誠意は伝わるものだ」
「品がないのも昔からでな。大丈夫だ。この腕っ節だけで、どんな奴らも黙らせてきた」
互いに五十歳は超えているはずだ。この男が幼稚なのか、もしくは男というものは、いくつになっても幼いのかもしれない。
俺はルネに並び立ち、舞台上の戦士たちと司祭へ目を向けた。会場を見回せば、客席よりも高い位置に六つの物見櫓も見える。
ルネには拡声魔法を頼んである。会場全体へ俺の言葉が聞こえるはずだ。
「それぞれの民の長たち。それから、本戦まで勝ち抜いてきた戦士たちに告げる。皆さんには悪いが、この祭りは中止だ」
客席からどよめきが広がる。人々の声が、さざ波のように闘技場へ広がってゆく。
「いいか。セリーヌは絶対に渡さない。渡すつもりもねぇ。俺は、婚姻相手を決めるなんていう、馬鹿げた祭りをぶっ潰すために来た」
「いいねぇ。正義の騎士様ってわけかい?」
拍手をしながら、ジャメルが歩み出てきた。
「やんちゃをするお年頃は、とっくに過ぎてるはずだよね。いきなりしゃしゃり出てきた挙げ句、祭りをぶっ壊すだって? 荒唐無稽もいいところだ。飛び立った竜を、慌てて呼び戻すようなもんだ。もう止まらないんだよ」
顔に笑みを貼り付けながら、ジャメルは俺の肩に手を置いてきた。ラグは嫌悪を示すように、途端に空へ飛び上がる。
「おまえのような外の者が、神聖な舞台を汚すんじゃない。ここに立たれているだけで、不快感で吐きそうだ。外の者ってのは、誰もが同じだ。野蛮な血の匂い。鼻が曲がる」
「だったら寝てろ」
怒りに任せて繰り出した右拳が、ジャメルのみぞおちへ深く食い込んだ。
数歩よろけたジャメルの顔には、苦痛と驚愕が張り付いている。彼はそのまま、うずくまるように石造りの舞台へ倒れた。
俺は腰に提げた魔法剣へ右手を添え、舞台の奥で怯える司祭を見た。
「さてと。ここで規則の変更だ。祭りをぶっ潰すと言ったからには、俺も参加させてもらうからな」
「まさか、俺たちとやり合うつもりか?」
「あぁ。そのつもりだ」
クロヴィスは額に手を当て、大声で笑う。
「こりゃ傑作だ。言っとくが、そこに倒れた男は雑魚だぞ。大口叩くと痛い目に遭うぜ」
「いいから、さっさとかかって来いよ。次はてめぇの汚い口を塞いでやるよ」
「リュシアンさん、大丈夫なのですか」
セリーヌも不安に駆られているのだろう。祈るように両手で魔導杖を握りしめ、こちらをじっと見つめてくる。
「大丈夫だ。絶対に勝つ」
舞台へ目を戻すと、数名の戦士たちから嫌悪の視線を向けられていた。祭りの最大の目的であるセリーヌが、俺の味方をしていることも面白くないのだろう。
「後で難癖をつけられてもかなわねぇ。まとめてかかって来いよ。やるなら徹底的にだ。外の世界の厳しさってやつを教えてやるよ」
「小僧、いい度胸だ。後悔するなよ」
クロヴィスが拳の骨を鳴らす。隣へ、敵意を剥き出しにした若い男が並んだ。青い腰帯ということは、水の民だ。
「おっさん、手を貸すぜ。俺は、この祭りにすべてを賭けてんだ。花嫁は頂く」
「身の程を知れ。クソガキが」
俺は拳を握り、腰を落として身構えた。相手が誰だろうと負けるつもりはない。





