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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.11 マルティサン島編

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06 運命を分ける時間


 ジャメルは光の民の予選を勝ち抜き、本戦へと駒を進めていた。特徴的な垂れ目を光らせ、闘技場に集った猛者たちを値踏みする。


 代表者たちの身辺を仲間へ探らせ、昨晩に報告を受けている。調査費用は痛い出費だったが、勝ち残った後の利益を思えば安いものだと自分を納得させていた。


「問題はこの後だな」


 腕を組み、無精髭をさすって唸りを漏らす。


 いつもの流れなら、この後にくじ引きが待っているはずだった。六名から三つの組を作る事実上の決勝戦。くじ引きという運任せの一手に、今後の人生が左右されてしまうのだ。


 絶対に俺が勝つ。


 ジャメルの心に野心が沸き立った。


 セリーヌを手に入れたいという欲望は誰にも負けないという自負があった。何より同じ光の民として、彼女が美しく成長を遂げる様を間近で見守ってきたという愛着もある。


 先日、数年ぶりに帰郷したセリーヌと顔を合わせた。外の国の見慣れぬ衣装を着ていたが、剥き出しにされた胸元と太ももに、年甲斐もなく興奮してしまったのは記憶に新しい。


 五十六歳のジャメルだが、体力にはまだまだ自信があった。美しい妻をめとり、欲望のままに抱けると考えただけで心が躍った。


 そしていずれは、(おさ)の地位を。


 心の中で舌なめずりをして、舞台に立つ五人へ視線を巡らせる。宣戦布告とばかりに、彼らへ声をかけることにした。


「俺はジャメルだ。よろしく頼む」


「あの……ヘクターです」


 最初に目を付けたのは、腰へ赤帯を巻いた炎の民だ。線が細く女性のような体付き。怯えているように見えるが、十六歳という経験の未熟さによるものだろうと見ていた。素早い身のこなしで鞭を自在に操り、相手を翻弄すると聞いている。


「君は、どうしてこの武闘会に?」


「えっと……祖父母に勧められたんです……光の神官だった人をお嫁さんにもらえるのは、すごく(ほま)れなことだからって」


「なんだか動機が弱くないか」


「すみません。だけど、僕を育ててくれたふたりを少しでも喜ばせたくて」


「まぁ、頑張ろうや」


 ヘクターの肩を叩き、次の人物を探した。


「ジャメルだ。今日はよろしく」


「あぁ。俺はイヴォンだ」


 差し出した右手は無視された。


 腰へ青帯を巻いた水の民。十八歳という若さだが、実力は本物で容姿端麗。非の打ち所のない男だ。槍を得意とし、勢いに乗った突きで一撃必殺を狙うと聞いている。


「水の神官を務めて、竜臨活性(ドラグーン・フォース)まで使いこなすそうじゃないか。凄いな。残念ながら、武闘会では竜臨活性(ドラグーン・フォース)は禁止だけどな」


「別に。禁止なら禁止で条件は同じでしょ。勝っても負けても恨みっこなしってことで、わかりやすくていい」


「君のような見た目なら、セリーヌにこだわる必要もなさそうだけどね」


「いやいや。光の神官だったなんていう肩書きはどうでもいいけど、前からいいと思ってたんだ。あの体を好きにできるんですよ。頑張るだけの価値はあるでしょ」


 ジャメルには、若くて才能あふれるイヴォンが最も警戒すべき相手に映っていた。挨拶もそこそこに、次の相手へと目を向ける。


「ジャメルだ。よろしく」


「私はバルテルミー。どうぞよろしく」


 腰へ紫帯を巻いた(いかづち)の民。五十八と聞いているが、白髪の交じった長髪を後ろで結っている。枯れた見た目とは裏腹に眼光は鋭い。


 背は高く痩身(そうしん)。ひ弱そうな見た目だが、竜術(りゅうじゅつ)を巧みに操るという。同族の民からは、賢者と賞賛されていると聞いていた。


「妻をめとるっていうより、腕試しが目的でやってきたように見えますね」


「人付き合いというものが苦手でな。研究に明け暮れていたらこんな歳だ。命の終わりにひとりきりというのも寂しいものだ。誰かが側にいて欲しいと思ってな」


「賢者様でも人恋しくなるってわけですか」


 挨拶もほどほどに背を向けたジャメルは、舌打ちしたい心を必死で押し殺した。


 さすがに本線へ進んできた面々だ。一筋縄でいくような者たちではない。


 気を取り直し、次の人物へ目を向けた。


「ジャメルだ。お互い最善を尽くそう」


「俺はウード。あんたにも竜の加護を」


 手印を切って祈りを捧げるのは、緑帯を巻いた風の民だ。長身ですらりとした手足。五十五歳という話だが、四十代と言っても通用しそうな若々しい見た目をしている。長弓を得意とし、一撃必中の精度を誇るという。


「弓の名手だそうで。今日は花嫁の心を射止めに来たってことで?」


 茶化すようなジャメルの口調に、冷めた反応を見せるウード。生気のない彼を見て、ジャメルは怪訝そうに顔をしかめた。


「どこか具合でも悪いのかい?」


「問題ない。ただな、愛だの恋だのという感情は失せた。ここへ来たのは暇つぶしだ」


「暇つぶしだって?」


「妻は死に、三人の息子たちは黒の戦士どもに連れ去られた。死に場所を探す毎日さ」


「それはなんともいたたまれないな……」


 逃げるように背を受けたジャメルは、最後のひとりへ目を向けた。


「俺はジャメルだ。今日はお手柔らかに」


「俺の名はクロヴィスだ。残念だが、手加減するつもりなんぞこれっぽっちもねぇ」


 歯を見せて陽気に笑うのは、黄帯を巻いた土の民だ。浅黒く日焼けした体にはいくつもの傷跡が残り、歴戦の猛者ともいうべき風格が漂う。巨大な戦斧を振り回し、勢い任せで相手を薙ぎ払う豪快な戦いをするという。


 クロヴィスはジャメルの腰へ下がる得物を見て、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「あんたの武器は剣か。悪いが、俺の一撃の前じゃ、そんなもん棒切れ同然だぜ」


「確かにそうかもしれないな。あんたの大仰な武器が俺に当たれば、の話だけどな」


「なにをぅ?」


 因縁を付けてくるクロヴィス。ジャメルは涼しげな顔でそれを受け流した。


「あんたと当たらないよう祈ることにするよ」


 余裕を取り繕ってはいるものの、心中は穏やかではなかった。この面子の中でまともにやりあえるとしたら、最年少のヘクターくらいのものだと考えていた。


 五人から距離を取り、ジャメルは次の算段へ思考を巡らせる。


 幻覚作用を持つ毒キノコ。それを粉末状に加工した物を懐に忍ばせていた。いざとなれば、彼らの昼食に混ぜてやろうという作戦だ。


「では選手の皆様。くじ引きの時間です」


 舞台の四方へ設けられた扉のひとつが開き、司祭の男性が歩み出てきた。


 彼の手には六本の棒が握られている。二本ずつで色分けされたそれが、本戦の組み合わせを決める鍵となる。


「いよいよ、運命を分ける時間か」


 ジャメルが緊張の面持ちで司祭へ近づいた時だった。客席の一部からどよめきが上がる。


「竜が近づいてくるぞ!」


 その声を聞き、ジャメルも怪訝に思った。


 竜が人里へ姿を現すことは滅多にない。まして闘技場へ近づいてくるなど今までになかったことだ。


「あれは、テオファヌ様!?」


 風の民であるウードが驚きの声を漏らした。


 闘技場の真上を風竜王が過ぎると同時に、風の球体が舞台を目掛けて落下してきた。


「悪い。少しばかり邪魔するぜ」


 拡声魔法に乗り、リュシアンの声が闘技場全体へ響き渡った。

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