04 女神様の信者
「黒い鎧の戦士か……後々、調べてみる必要があるな。それにしても、難を逃れたっていうのはセリーヌも運が良かったんだな……だけどそのお陰で、俺たちはこうして巡り合うことができた。運命に感謝だな」
「そう……ですね。長老や両親を始めとする、島の皆様の助けがあってこそです」
言葉を選びながら苦しげに話してくる。俺は余計なことを言ったのだろうか。
「それがどうして、ブリュス・キュリテールを追いかけることになったんだ?」
「災厄の魔獣はガルディア様から、とても大切なものを奪い去ったのです。魔獣との戦いに生き残った戦士たちは、飛竜や船を使い、すぐさま魔獣を追いました。ですが、誰ひとりとして島に戻ることはなかったのです」
「ちょっと待ってくれ。そこから、モニクの話に繋がるっていうことか?」
慌てて声をかけると、レオンとマリーが興味深そうな目を向けてきた。あの場にいなかったふたりには初めて聞くことばかりだろう。
「お肉のお話、ですか?」
「おい」
可愛らしい顔で首を傾げているが、その頬を思い切りつねってやりたい。
「がう、がううっ!」
肉と聞いて興奮状態になったラグ。なぜか、俺の頭上を慌ただしく飛び回っている。
「お肉じゃねぇ。女魔導師のモニクだ」
「はわわわ……失礼致しました」
真っ赤な顔で縮こまっている。これはこれで、やっぱり可愛い。
「あいつはシェラブールっていう港町の近くで、船の残骸や遺体を見たって言ってただろ。事切れる寸前の戦士から神竜剣を託されたって言ってたけど、それがブリュス・キュリテールを追いかけた島民ってことなんだよな」
「恐らく、間違いないかと思います」
「だけど、神器っていうのは剣と杖だけなのか? どうして杖だけが残ったんだ」
「神器と呼ばれる宝はそれだけではありません。炎の民には斧。水の民には鎧。雷の民には槍。風の民には弓。地の民には盾。それぞれへ神器が割り振られ、光の民が剣と杖を保持していたのです。魔獣が現れた際、私の両親が神器を手にして戦いへ赴きました。ふたりが倒れ、父の友人が神竜剣を引き継いだと聞いております」
「そうだったのか……話しにくいことを聞いてすまない」
ここまでの流れでなんとなく察していたが、直接聞かされるのはやはりつらい。
俺の両親と食卓を囲んでいた際も、羨ましく思うと言っていた。失われてしまった光景を懐かしみ、つい本音が零れたのだろう。
これからのセリーヌを守ってやるのは俺でありたい。心の拠り所となって、彼女の心に空いてしまった虚無を埋めてやれるだけの存在になりたい。心の底からそう思っている。
「リュシアンさんが謝ることではありません。それに、いつかは話しておかなければならなかったことですから」
「女神様ぁ!」
マリーが急に膝立ちの姿勢をとり、そのままの勢いでセリーヌへ抱きついた。
突然のことに悲鳴を上げたセリーヌは、マリーと共に風竜王の背へ倒れ込んでしまった。
「女神様には私がいますから! もう絶対にひとりにはさせません。つらいことがあったら、遠慮せずに何でも仰ってくださいね」
慰め役のはずのマリーが、なぜかセリーヌの胸の谷間へ顔を埋めて泣いている。
覆いかぶさって足を絡める姿は、踏み込んではならない禁断の園を見せられた気分だ。
「マリーさん。私は大丈夫ですから、どうか落ち着いてください」
セリーヌがマリーの両肩へ手を乗せた途端、聖女は勢いよく顔を上げた。その頬は涙で濡れ、鼻をすすっている。
「だってぇ……気丈に振る舞われている女神様があまりに健気で……守ってあげたいって思ってしまったんですもの」
力説するマリーだが、セリーヌの胸をがっちりと鷲掴みにしている。どさくさに紛れて揉みしだいているのは見間違いじゃない。
「私の許可もなく、婚姻だのなんだのと。どこかの野蛮人にこの神々しい御体を汚されるくらいなら、いっそ私の手ですべて奪ってしまいたいんです!」
「マリーさん、お待ちください。そんなことをされては困ります。まだお話の途中なので、離れて頂けるとありがたいのですが」
セリーヌに真顔で諭され、正気を取り戻したらしい。
呆気にとられた顔で切れ長の目を見開いているマリー。しかしその右手は、セリーヌのスカートの中へ伸ばされていた。
「はっ! 私としたことがすみません。つい、我を忘れて取り乱してしまいました」
慌ててその場を飛び退くと、正座をしながら深々と頭を下げた。
見るからに美しい土下座だ。
「誠に申し訳ありません。女神様の信者として、あるまじき行為でした。愚か者となじり、どうぞお気の済むまで足蹴にしてください」
「私は気にしておりませんから、どうか御顔を上げてください」
「ありがとうございます。寛大な御心に感謝の念が絶えません」
美少女を足蹴にするセリーヌというのも興味深いが、そんな姿は見たくない。
それにしても、セリーヌに対するマリーの暴走ぶりは目に余るものがある。同性ということを差し引いても度が過ぎているだろう。
しかし、先程までの重苦しい空気が払われたのも事実なだけに複雑だ。
「とりあえず、詳しい話は島に着けば聞けるんだろ? ここで細かく追求するつもりはねぇ。後は、武闘会の内容について簡単に聞いておきたいんだ。島の誰かが婚姻を結ぶ度に開催されるものなのか?」
着衣の乱れを整えるセリーヌを横目に見やり、コームさんが口を開いた。
「長の家族や神官など、身分の高い女性の婚姻相手を決める際に執り行われるのだ。なにぶん娯楽の少ない島だ。その時ばかりは、島中が祭のような騒ぎになる」
そう言っているコームさんも口元が緩んでいる。いつもは寡黙な雰囲気だが、騒ぐことも嫌いではないのかもしれない。
「炎、水、雷、風、地、光。民ごとに六つの地域に分かれて暮らしているが、島の中央に会場が設けられている。部族ごとに予選が行われ、代表者を一名ずつ選出するのだ。当然、命を取るのは禁止だ。相手を降参させるか、戦闘不能まで追い込めば勝ちとなる」
「一名って、随分と狭き門ですね……」
「求められているのは力を持つ血だ。より強い者こそ高貴な妻をめとる資格を得る。そして、代表者六名の本戦が始まる。ふたりずつをくじ引きで組み合わせ、勝ち残った三人が求婚の権利を得る」
「花嫁は一応、三択の権利は与えられるってことか……随分、選択の幅が狭いけど」
「昔からの決まりごとだ。島の者たちは、当然のこととして受け入れている」
「いくら高貴な身分と言ったって、自由恋愛は認められていないんですか? 少なくとも、一般の島民たちに縛りはないんですよね?」
「御主の言う通りだ。より優れた血を残すための処置に過ぎぬのだろうな」
「女性が可哀想ですね。身分の高い家に生まれたばかりに、自由に恋愛もできないなんて」
セリーヌの顔をまともに見られない。
「光の民からは恐らく、ジャメルが勝ち上がっているだろう。あの男にだけは、セリーヌ様を渡すことはできぬがな」
コームさんが憤慨した顔で言い放った。





