02 着地点
そうして風竜王の目覚めを待つ間、早めの夕食を摂ることにした。
シルヴィさんは、王都から移動してくる際に乗ってきた馬を引き連れている。積み荷の中には、フォールの街で拾った調理道具も含まれているらしい。
「これはもう、うさぎ鍋で決まりだね」
嬉々とした笑みを見せたのはアンナだ。調理道具を取り出し、料理長さながらの顔。円陣を組んだ俺たちへ指示を飛ばしてくる。
「リュー兄とレン君は、野うさぎを狩ってきて。シル姉はキノコと木の実の採取。マリーちゃんは調理を手伝って。コームさんは……水汲みをお願いした後で、セリちゃんとルネちゃんの護衛ってことで」
「採取係なんてつまらないわよ」
シルヴィさんがすかさず不満を漏らした。
「だってシル姉、前に野うさぎを頼んだ時は、炎で丸焦げにしちゃったじゃん。その前は一撃必殺とか言って、ぐちゃぐちゃにしちゃったし……基本的に大雑把なんだから、採取担当くらいで丁度いいんだよ」
「ひどい。傷ついたわ……」
白々しい泣き真似をしながら、助けを乞うようにこちらへ視線を向けてきた。しかし、なぜかその視線は俺の下腹部を見ている。
「キノコと木の実を早速発見。リュシーと一緒に調達してくるわね」
「待て。なんかおかしいだろ!」
いきなり展開された下の話に、誰もが言葉を失っている。コームさんの顔が怖い。
そんな空気を、どこ吹く風と受け流すシルヴィさん。俺の背後に回ると、両肩に手を置かれた。なにをするつもりなのか。
「シルヴィさんはこんな所からでも森の中を見ることができるのですか!? 素晴らしい目をお持ちなのですね」
状況を理解できていないセリーヌの言葉が、傷口を悪化させてゆく。
「そうですよね! 女神様の言う通り、私も凄いと思います。さすがシルヴィさんです」
顔を赤らめたマリーが取り繕うように同意する。微笑みを浮かべ、満足そうに頷くセリーヌ。ここまでくると見事と言うしかない。
そんな美女たちの反応を楽しんでいるのだろう。シルヴィさんの含み笑いが聞こえた。
「なぁに、ふたりとも。そんな風におだてられると、私も興奮してきちゃうじゃない。鍋なんだし、もっと挿れてぇ、って乱れちゃうくらい、たっぷり味わってみたくない?」
「私、山菜やお野菜は好物なのです。シルヴィさんのお手間でなければ、多い分には困らないかと。マリーさんはいかがですか?」
「へっ!? 私ですか!? えっ、ええ……それはもう、大好物ですよ! 女神様と好みが同じだなんて、とても幸せです」
「あんたたちも好きねぇ……いいわ。もっと挿れて、ってお願いしてくれたら、お姉さん頑張っちゃうんだから」
シルヴィさんに背を押された。そのまま、ルネに膝枕をするセリーヌの前へ立つ。
するとセリーヌは祈るように両手を組み、上目遣いでこちらを見つめてきた。
「お願いします。もっといれてください」
背筋を震えが伝う。背徳感に卒倒しそうだ。
「ほら。マリーはどうなの?」
尚も焚き付けるシルヴィさん。セリーヌも、様子を伺うように彼女へ視線を向けた。
「へ? 私も……お願いします」
「なにをお願いするって?」
シルヴィさんの催促に嫌悪感を見せるマリー。だが、事情を理解できないセリーヌの前では抵抗できないようだ。
シルヴィさんに再び背中を押され、赤面したマリーの前へ連れて行かれた。
正直、俺も恥ずかしい。だが、お願いをする美女たちを見たいという好奇心が勝った。
「早く。早く。マリーからもお願いされたら、お姉さんもっと頑張れるから」
何かを耐えるように口を結んでいたマリー。観念したのか、ついに可憐な唇を開いた。
「うぅ〜……もっといれ……」
「悪ふざけもいい加減にしてくれ!」
そこでついに、レオンの怒声が飛んできた。
魔法が解けたように空気が一変。アンナが弾かれたように現実へ立ち戻った。
「はい。みんな動いて! さっきの分担で行動開始! まったく。こんな時こそ、エド君がいてくれたら」
その名を出した途端、慌てて口をつぐんだ。
「ごめんね。なんか、つい……」
うなじが隠れる程度の赤毛の短髪。その頭を掻きながら苦笑を浮かべている。
誰もがその話題を避けているように思えた。付き合いの長いシルヴィさんやアンナには、今回の対応は厳しく見えるのかもしれない。
「忘れろとは言わないけど、あいつの結果は自業自得なんだ。俺としては、命があるだけありがたいと思ってほしいくらいだ」
「それはそうなんだけどさ……」
「エドモンの処分はフェリクスさんに任せる。兄貴が無事に目覚めれば、多少の温情は与えてやるつもりだ。まぁ、このパーティに加わることはないとだけ断言しておく」
「うん。それもわかってる」
胸の内のわだかまりを振り払うように、仲間たちへ背を向けた。後悔も未練も、すべてこの場に捨て去ってしまえばいい。
ラグが俺の左肩へ降りてきた。作業へ没頭しようと、足早に林へ踏み込む。そこへ追いついてくる、ひとつの足音を拾っていた。
「レオンがあんなに感情を剥き出すなんて珍しいわよね。それだけ、マリーの存在が特別ってことなのかしら?」
「シルヴィさんが悪ノリしすぎなんですよ」
「なによ。リュシーだって満更でもないって顔してたじゃない。セリーヌにお願いされた時の顔。見られたもんじゃなかったわ」
「それはすみませんでしたね」
「あんな腑抜けた顔。私には一度だって見せてくれたことないじゃない。あぁいう世間知らずのお嬢様がお好みですか。数々の技を持つあたしで散々楽しんでおきながら、もうお呼びでないってこと?」
「どうしたんですか。急に」
「しょうがないじゃない。気持ちを抑えられないんだから。リュシーはこれから、彼女の故郷に行くんでしょ。それを待つだけのあたしは、気が気じゃないっていうだけよ」
「シルヴィさんには本当に悪いと思ってます。俺を含めて、仲間たちの精神的な支えになってもらっているのは紛れもない事実だし、深く感謝もしてます。だけど、今の俺にはセリーヌの存在が必要不可欠なんです」
「まったく……はっきり言ってくれるわね。あたしのことを受け入れて、これからの日々に寄り添ってくれるって言ってたのに……あの言葉、本当に嬉しかったんだけどなぁ」
草を踏み分ける音だけが淡々と続いている。
これからの俺とシルヴィさんの道は、どんな悪路に変わるというのだろう。互いが納得する着地点を見つけられるだろうか。
「あの言葉は嘘じゃない。でもそれは、あくまで仲間のひとりとしてであって……」
「わかってる。あたしだって、御主人様のお世話を焼くメイドとして生きるって言ったんだから……愚痴を言いたくなっただけ」
「でも……」
「あぁ、ごめん! 今の話は全部わすれて! リュシーを困らせるつもりはないの」
シルヴィさんは慌てて走り去った。新たな難題を抱えてしまった俺は、気持ちを鎮めようと、うさぎ狩りに没頭した。
そうして鍋が出来上がった頃にはルネも目を覚まし、束の間の休息を味わった。
食事後、シルヴィさんとアンナに別れを告げた。ついに、マルティサン島へ向かう時がやってきた。





