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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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11 熊殺しの誘惑


「うおぉっ! すげぇ……」


 ルノーさんの治療を終え、断崖に穿たれたアレニエの巣穴を進んだ。その先に広がっていたのは、視界を埋める光の奔流だった。


 金貨、銀貨、装飾品、武具、日用品。価値を問わず、とにかく光を反射するものを好むアレニエらしく、洞窟内はきらめいている。


「よっこらせ、っと……」


 その頂に、真新しい糸の塊がひとつ。ルノーさんが手を伸ばして引き寄せると、中から銀のブレスレットが出てきた。


「捜し物って、それだったんですか?」


「お、おう……まあな……」


 素っ気なく答えながら、なぜか落ち着かない様子のルノーさん。焦りとも照れともつかない空気を纏っている。


「随分と大切にされてきた物なのですね」


 セリーヌが微笑み、指先で水晶装飾に触れる。優しい声色に誘われるように、ルノーさんは鼻を鳴らした。


「わかるか、ドンブリ娘」


 すっかり定着したセリーヌの奇名。ついでにナルシスには“ヒラヒラ”というあだ名が付けられている。


「こいつとは二十年以上の付き合いだ。女房の奴が、お守りにって持たせやがってな」


「仲睦まじいのですね。羨ましいです」


 セリーヌの言葉に、ルノーさんはそっぽを向いてしまう。

 まったく、この人は本当にわかりやすい。


「ルノーさんも、ブレスレットを探してたなら、そう言ってくれれば良かったんですよ」


「馬鹿か! こんなこと、恥ずかしくて言えるわけねぇだろ!」


 愛妻家だと知られるのが恥ずかしいらしい。

 照れ隠しに怒鳴る姿が、逆に可愛げがある。


 その隙に、ナルシスが戦利品をあさっていた。手にしているのは一本の細身剣(レイピア)だ。


「まさか、それ……」


 鞘を払った刃は淡く白光を帯びている。間違いなく、魔力を秘めた上物だ。


「見ろ! これこそ僕に似合う剣だ!」


「待て!」


 シモンが勢いよく声を張り上げた。


「持ち主不明の品は国のものだ。王国騎士団へ引き渡す。軽々しく触るな」


「いやいや、戦利品だぜ。ここは山分けだ」


「ダメだ!」


 堅物すぎて話にならない。

 宝を諦めきれず、隣に立つセリーヌに耳打ちしてみた。


「なぜ、私がそのようなことを?」


「頼む。やってくれ! みんなのためなんだ。おまえにしかできない! それに、イザベルさんもお金がないって困ってたし……頼むよ」


 ぽっちゃり女神の名前を勝手に借りたことは、あとで謝罪しよう。


「失敗しても怒らないでくださいよ……」


 渋々とシモンに歩み寄ったセリーヌは、身体を抱き寄せ、胸の谷間をふわりと強調しながら上目遣いを向けた。


 これぞ、必殺・熊殺し。


 その瞬間、近くで騒がしい音がした。見ると、ナルシスが細身剣を取り落としている。セリーヌの胸元に釘付けになっている。


 羨ましい……が、後ろ姿しか見えない俺には地獄だ。


「シモンさん。少しだけ……ご褒美を分けてくださいませんか?」


 完全に色づいた声。ここまでは指示通りだ。

 シモンは顔を真っ赤にし、腕を突き出して後退した。


「来るな……絶対にダメだ!」


 色仕掛けでも通用しないのか。


 セリーヌはぷくりと頬をふくらませ、俺を振り返ってきた。


「やっぱり無理ですよ、リュシアンさん」


「諦め早いな……頑張れよ」


 自分で言いながら、胸元に意識を持っていかれてしまう。

 本当に破壊力がすごい。


 とはいえ、目的はルノーさん救助だ。贅沢は言わない。


「がう、がうっ!」


 そのとき、肩に乗るラグが洞窟奥へ向かって吠えた。


 見れば、腰まである巨大な石の塊がある。


「これか? でも……持てるのか?」


 抱えると、意外にも軽かった。


「これだったら貰ってもいいかな?」


「そんな石が欲しいのか? 好きにしろ」


 俺だっていらない。大体、こんな石を持ち帰ってどうするつもりだ。奇抜なオブジェか。

 だが、ラグはご満悦だ。


 そして、(かたく)なに抵抗するナルシスから細身剣を取り上げ、衛兵たちが乗ってきた馬車でヴァルネットに戻ることになった。


 びゅんびゅん丸に乗ってきたナルシスだけが別行動というオチも、これはこれで面白い。


 結局、今回もあの男は見付からなかったが、ルノーさんを助けることはできた。後はヴァルネットへ戻り、セリーヌから真相を聞き出すだけだと思っていたのだが。


※ ※ ※


 街の入口で衛兵と別れ、シモンはルノーさんを自宅へ送り届けに行った。手柄を横取りされた気分だが、ルノーさんが無事だったのだからそれでいい。


  (いさ)ましき牡鹿亭(おじかてい)へ石を運び、セリーヌとナルシスを連れて冒険者ギルドにやってきた。


「リュシアンさん! おかえりなさい。怪我はありませんでしたか?」


「怪我はないけど、言いたいことはある」


「えぇっ!?」


 シャルロット。どうして顔を赤らめる。


「愛の告白ですか? 心の準備が……」


 頬へ両手を添え、腰をしならせている。


「違う。恋する乙女の豆知識、あれは改題しろ。今日は疲れたから、それだけ言っておく」


「え~。そんなことを言いに来たんですかぁ……そうだ! 疲れてるなら、私が全身を揉みほぐしてあげますね」


「いつからそんな奉仕が付いたんだよ」


 カウンターの最奥から、父親のルイゾンさんが物凄い威圧感を放っている。『俺の娘に近付くんじゃねぇ』という無言の圧力が凄い。


 三人で受付カウンターへ進み、中年女性へ討伐報告を済ませた。アレニエのつがいは各八千ブラン。合計一万六千ブランの報酬だ。


「ナルシス、今度こそ減額だからな。散々、引っかき回しやがって」


「何を言うんだ。今回も僕に助けられたことを忘れたのかい?」


 三千ブランで黙らせた。俺とセリーヌで残りを分け、六千五百ブランずつの収入だ。


「それにしても妙だな……」


 途中、ナルシスとの会話に不可解なことがあった。こいつは記憶の一部が抜け落ち、竜術(りゅうじゅつ)に関する出来事が別の攻撃魔法に置き換えられている。


 疑問を抱える俺を置き去りに、ふたりは更に討伐申請を進めた。討伐ランクCに指定されていた、大蛇型魔獣グラン・セルパンだ。

 三千五百ブランが三体。セリーヌの報酬が六千。ナルシスが四千五百。


 セリーヌは一日で一万ブランを稼ぐ快挙だが、どこか浮かない顔をしていた。帰りの馬車の中からずっとこんな調子だ。


「セリーヌさん、大活躍ですね! 強いし、綺麗だし、本当に羨ましいです」


 彼女の隣へピタリと寄り添うシャルロット。胸を見上げながら話すのはやめてやれ。


「美容の秘訣ってあるんですか? 肌のお手入れに特別な物を使っているとか?」


「特に気にしたことはありませんが……」


「またまたぁ。少しくらい教えてくださいよ」


 シャルロットは自分の胸元へ視線を落とす。

 やはり、一番はそこか。


「強いて言うなら、ボンゴ虫でしょうか」


「ぼ、ボンゴ虫?」


「はい。滋養強壮、命の源と言われています」


 待て。変なモノを勧めるな。


「あははは……」


 シャルロットの顔が引きつっている。


「本日、良い物がたくさん取れたのです。お裾分けいたしましょうか?」


 今日一番の、会心の笑みが出ました。


「おいおい。シャルロットも困ってるだろうが。それはまた今度にしておけ」


「そうですか……」


 しょんぼりしたセリーヌを連れ、冒険者ギルドを出た。間もなく、日没が迫っている。


「じゃあ、お疲れさん。ナルシス、今度こそおまえと絡むのは最後だからな」


 喚いているナルシスを無視して牡鹿亭へ向かう。解散する振りをして、あいつを引き離すのが先だ。セリーヌは後から追えばいい。


「リュシアンさん、お待ちください」


 雑踏の中でも通る心地よい声だ。振り向くと、駆けてくるセリーヌの姿。柔らかそうに揺れる胸へ、意図せず目が吸い寄せられる。


「どうした?」


「こちらへ」


 腕を掴まれ、脇道へ引きずり込まれた。


「ナルシスさんは、おりませんね……」


 壁に背を預けて通りを確認するセリーヌ。

 俺は至近距離の谷間を確認していた。


「どこを見ていらっしゃるのですか!?」


 慌てて胸元を隠し、真っ赤になるセリーヌ。睨まれ、言葉に詰まる。


「悪い。つい目が……」


「なぜ、いつも、いつも……ルノーさんを助けに奔走されて、お優しくて素敵な方だと見直したばかりだというのに」


「仕方ねぇだろ。目の前にこんな魅力的な物を晒されて、見るなっていう方が無理だ」


 ここまで来たら、開き直るしかなかった。

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