表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

221/347

39 花言葉


 だが、セリーヌの呼びかけに応じる気力もない。いや、そうじゃない。彼女へどんな顔を向ければいいのかわからないだけだ。


 大事なものは自分の力で守るんだ。


 ランクールの街に住む、エリクの顔が浮かぶ。祖父が口にしていたという、その言葉の重みがのしかかってくる。


「俺は……守れなかった……大事な故郷の風景を、無残な姿に変えた……」


 生命の樹へ触れた手のひらに、すすがこびり付く。目の前の風景も、思い出も、すべてが黒に侵食されてしまった。


 あと数時間も経てば日が昇り、闇が支配する時間も終わりを告げる。しかし黒に侵食されたこの場所は、たとえ朝が訪れようと変わらぬ黒を映し出すだけだ。


「リュシアンさんひとりの責任ではありません。この街が狙われていることを知っていたのですから、(わたくし)も同罪です」


 背後へセリーヌが近付いてくる気配がした。背中へ手を置かれたのか、温もりが伝う。


「あなたの苦しみの半分を、私にも背負わせてください」


「がう、がうっ!」


 自分もいるぞと言わんばかりに、耳元でラグも吠え立てる。


 みんなの支えが本当に嬉しい。ただ、どれほどの温もりを与えられようと、心を侵食する黒を拭い去ることができない。


「王都が襲われた時もきつかったけど、今回はそれ以上だな……やっぱり、故郷っていうのはいつまで経っても特別なんだな」


 周囲の優しさに甘えて、苦しみのすべてを吐き出してしまいたい。


 俺にはまだ、救世主と呼ばれるに見合うだけの力がないのだ。自分でそれを認めてしまえば、すべてが壊れてしまいそうで怖い。


「リュシアンさんの苦しみはとても良くわかります。私の故郷も、災厄の魔獣によって蹂躙されましたから……」


 背中へ触れるセリーヌの手が震えている。怒りと嘆きを押し殺すように、その手は俺の冒険服をきつく握りしめてきた。


「そうか……セリーヌの故郷も……」


 故郷を奪われたのは、レオンやマリーも同じだ。辛いのは俺だけじゃない。


「みんなの強さを見習わないとな……ここで立ち止まっていたって何も変わらない」


 足元の大地も炎で焼かれた。草花は消え、土が剥き出しになったみすぼらしい姿だ。更なる侵食を防ぎ、少しでも多くの生命を守るため、俺たちは歩み続けなければならない。


 弱さを振り払おうと努めると、セリーヌが小さな笑みをこぼしたのがわかった。


「私が強いのではありません。いつでも力をくださる方がいらっしゃるのです。その方の言葉と存在に、いつも支えられております」


「そうなのか……凄い奴がいるもんだな」


 俺にとっての兄やフェリクスさんのようなものだろう。セリーヌの支えになれるというだけで、その相手に嫉妬してしまう。


「がう?」


 ラグが間抜けな声を上げる。そして、背中越しにセリーヌのため息が聞こえてきた。


「リュシアンさん……あの……ここからは、絶対に振り向かず聞いてください」


 冒険服を握る手へ、更に力が込められた。


「私のお慕いする方はおっしゃいました……」


 胸の奥が騒ぎ、鼓動がひとつ高鳴った。


「もう下を向くのはうんざりだと。前だけを見て、これからも進み続けて行かなければならないと。私は感銘を受けました。この方と共に歩んでゆきたいと、切望しております」


 嫉妬に狂う脳内は、途端に混乱を始めた。


 俺は今、何の話をされているのだろう。


「そのご本人が、歩みを止めてどうするのですか。前を見ることがつらいのなら、私を見てください。手を取り、共に歩みますから」


 彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。俺はこうして、悲劇の主人公を気取りたいだけなのかもしれない。


「私と共に歩んで頂けませんか? 私が歩む道には、リュシアンさんが必要なのです」


 振り向くと、瞳へ涙を滲ませたセリーヌが立っていた。彼女の肩へ手を伸ばし、無言のままに抱きしめる。


「ありがとう。俺はもう立ち止まらない。この力でどんな時でもセリーヌを守る。手を取りあって、共に歩むことを誓うよ」


 腕の中に抱いた存在へ視線を向ける。


「リュシアンさんに()(びと)の血が流れていると知った今、何のわだかまりもなくなりました。私も自分の心に従って生きてゆきます」


 涙と共に微笑みを浮かべる彼女へ、ゆっくりと顔を近付けたその時だ。


「すべての光が潰えたと思っていたが、新たな希望が芽吹いたようだな」


 突然の声に驚かされた。目を向けると、司祭様と母が俺たちを見つめている。


 あまりの驚きで固まっていると、セリーヌも真っ赤な顔をして俺から距離を取った。


「驚かせてしまってすまん。静かになったようなので、皆の代わりに様子を見に来たというわけだ。邪魔をしたな」


「いえ、そんなことは……」


 恥ずかしさで、司祭様と母をまともに見られない。それにしても、セリーヌと口づけをしようとするといつも邪魔されるのはなぜだ。


「おおよその話はサンドラから聞いている。なぜこの街が狙われたのかもな。そのことで、おまえだけが責任を感じる必要はない。ジェラルドからの連絡が途絶えた時点で、遅かれ早かれこうなる運命だったのだろう」


「だけど、少しでも被害を減らす方法があったんじゃないかって思うと……」


「過ぎたことを嘆いても仕方あるまい。慎重なジェラルドはともかく、前だけを見て突き進むのが、おまえの取り柄なのだ」


「それはそうなんですけど……」


「すべては竜の導きのまま。失われた生命もやがては生まれ変わる」


 両手を組んで黙祷を捧げた司祭様は、不意に林の方角へ目を向けた。


「オリヴィエの花言葉を知っているか」


「え?」


 突然のことに、セリーヌと顔を見合わせて首を傾げてしまった。


「再会、ですよね」


 母の言葉に司祭様は深く頷いた。


「その通り。オリヴィエの香りに導かれ、我々は来世でも巡り合う。再会した時に胸を張って顔を合わせられるよう、残された我々は精一杯に生きる義務があるのだぞ」


「オリヴィエに、そんな意味があったなんて知らなかった……」


「リュシアンさん。私たちの再会も、予め決められていたのかもしれませんね」


 微笑むセリーヌの顔がとても綺麗に映る。


「司祭様のおっしゃられた通り、亡くなられた皆様の分まで懸命に生きなければなりません。真っ直ぐ前だけを見て」


「時々は、隣に見惚れてもいいんだろ?」


 セリーヌにささやいた途端、彼女は真っ赤な顔で固まってしまった。


「あの……その……支障のない範囲でなら」


 すると、司祭様の笑い声が聞こえてきた。


「やれやれ。死者の弔いと街の復興へ取り掛かる前に、おまえたちの挙式が必要か」


「司祭様、焚き付けられては困ります。セリーヌさんもご自身の立場を……」


「それに関しては問題ありません」


 困っている母に向かい、セリーヌは口調を荒げて抵抗した。


「リュシアンさんには後ほど、改めてお耳に入れておきたいお話があります。今後の人生を左右するほどの内容かもしれませんが……」


 セリーヌの真剣な眼差しに、ただごとではない雰囲気を感じてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ