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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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10 二物の神者


 幸い、断崖を背にしているお陰で、後ろから襲われる危険がないのは唯一の救いだ。


 じりじりと距離を詰めてくる冒険者たちとの対峙。森がざわめいたかのような生温い風が抜け、アンナが構えを低くした。


「アンナが敵の後衛に斬り込むよ。弓矢使いと魔導師は任せて。みんなは前をお願い。断崖の横手にアレニエが掘った洞窟があるから、お爺さんはそこへかくまってあげて」


 宣言したアンナが飛び出す。ほぼ同時に、二十名ほどの冒険者たちが一斉に襲いかかってきた。ランクールで遭った魔獣とは明らかに質が違う。数も動きも、桁違いだ。


轟響創造(ラクレア・トネール)!」


 横薙ぎに振るったセリーヌの杖。その軌跡に沿って、電撃が奔った。ナルシスの閃光玉も続けて炸裂する。


 だが、前衛たちは白目を剥いた異様な状態のまま突進してくる。視覚が残っているのかさえ怪しく、閃光玉も無効に等しい。


 シモンとナルシスが声を上げながら駆け込み、懸命に応戦する。


 敵後衛の魔法と矢が雨のように押し寄せる。アンナひとりでは到底抑えきれない。


「がう、がうっ!」


 頭上からラグの警告が飛ぶ。それと合わせるように、俺も迫り来る火球を捉えている。


 神竜剣には魔力が宿っているため、並の攻撃魔法なら斬り裂ける。それを示すように火球を薙ぎ払うと、熱風が霧散した。


「ルノーさんを早く!」


 中堅衛兵をせかし、断崖の巣穴へ向かわせながら、胸の奥に重い葛藤が広がる。


 できれば、人は斬りたくない。


 その願いが叶う状況ではないと理解しつつも、割り切れない。仲間の制圧だけで済めばいいが、そんな甘さを許す戦況ではなかった。


 前ではセリーヌが杖を押さえ込まれ、魔法を封じられている。シモンとナルシスも数人に囲まれ、身動きすら奪われていた。


 このままでは、誰かの命が奪われる。


「くそっ……」


 駆け出そうにも、うまく力が入らない。竜の力を使った反動で、数時間は全身が思い通りにならない。

 それでも、セリーヌだけは見捨てられない。彼女の魔法なら、状況を覆せる可能性はある。


 奥歯を噛み締め、力を振り絞る。


 人を斬ったことがないなどと迷っている場合じゃない。至宝を守るためなら、心を鬼にしてでも前へ出るしかない。


 覚悟を決め、足を踏み出した時だった。


蒼駆(そらか)ける風、自由の(あかし)。この身へ宿りて敵を裂け! 斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 森の奥から突風が生まれ、幾筋もの風刃が飛来した。刃は唸りを上げ、冒険者たちを容赦なく切り裂いていく。


 首が舞い、腕が飛ぶ。胴が割れ、上半身が地へ落ちる。十名ほどが瞬く間に倒れ伏した。


 茂みを押し分け、ひとりの男が姿を現す。


 黒い短髪が風に揺れ、切れ長の目が獲物を真っ直ぐ射抜いた。端正な顔立ちは、戦場の慣れすぎた静けさを纏っている。右手には短剣(ショートソード)。迷いも感傷もない動きで、次の敵を薙ぎ払った。


 敵からの斬撃を、男は短剣の背で止める。その刃は普通の剣じゃない。背に櫛状の峰を持つ刀剣、ソード・ブレイカーだ。


 巧みに捻り、相手の長剣(ロングソード)をへし折る。そのまま喉を裂いた。左手からは風の魔法が連撃となって放たれる。


「魔法剣士なのか?」


 剣術と魔法の高度な連動。しかも、たったひとりで戦局をひっくり返す腕前。尋常ではない強さだ。


 男が敵前衛を次々と処理し、アンナは後衛の中心へ斬り込む。背のクロスボウを納め、両手には逆手の双短剣。跳ぶような軽やかさと剃刀のような鋭さで敵を翻弄し、ひとりずつ確実に落としていく。


 ふたりの横断する戦場を、誰も止められなかった。


「終わったか」


 無造作に剣を収める男。感情の欠片も浮かばない瞳に、不快感がじわりと広がる。

 そこへ、武器を収めたアンナが駆け寄った。


「ありがとね、レン君。助かったよ」


「森にいた魔獣の方が、まだ歯応えがある」


 素っ気なく返す男、レン。そのやり取りに驚き、目を見開く。


「おまえら、知り合いなのか?」


「そっか。リュー(にい)は知らないんだっけ?」


 アンナがいたずらっぽく笑う。


「リュー兄が抜けた後、フェリさんが“秘蔵っ子”だって連れてきたの。年もランクも、リュー兄と同じ。二物(にぶつ)神者(しんじゃ)って言えばわかるでしょ?」


 その名に、嫌でも胸がざわつく。


「こいつが?」


 最近ギルドで噂になっていた驚異の新人だ。剣も魔法も並外れた才能を併せ持つ、神の寵愛を受けた存在、レオン・アルカン。


「なにが神だ……」


 吐き捨てるように呟くと、言ってやらなければという思いが込み上げてきた。

 しかし、そこにナルシスが割り込んだ。


「君が“二物の神者”か。僕はナルシス・アブラーム。会えて光栄だよ」


 差し出した手を無視し、レオンはなぜか俺へ歩み寄ってきた。

 視線がぶつかり、空気が張り詰める。


 込み上げる怒りを抑えられない。気付けば、こいつの軽量鎧の襟元を掴んでいた。


「どうして皆殺しにした? 魔獣じゃねぇ。同じ人間なんだぞ」


「そんなことで怒るの? どう見たって自我は失われてた。殺さなきゃ、こっちが死んでた。それだけだよ」


 あまりに無感情な声音。まるで息をするように人を斬る。


「抵抗さえ封じれば良かったんだ。自我を取り戻す方法があったかもしれねぇだろ」


 だがレオンは冷め切った目で鼻を笑わせる。


「命の奪い合いをしてる時に、そこまで考える余裕がある? あんたが言ってるのは綺麗事だ。その間に、あの三人は殺されてるよ」


 視線の先に、セリーヌ、シモン、ナルシス。胸が軋む。

 そこへアンナが割り込み、俺の手にそっと触れる。


「リュー兄……レン君の言う通りだよ。アンナも迷ったけど、迷ってたら誰かが死んじゃってた。これしかなかったんだよ」


 苦悩が混じるアンナの表情。それが普通の反応だ。

 だが、レオンはまるで“戦いそのもの”のように無機質だった。


「セリーヌは敵の自由を奪うように雷を撃った。おまえは……平然と命を刈っていく。そんな奴が信じられるかよ」


 レオンの口端が、侮蔑の色を帯びて持ち上がった。


「碧色の閃光か。ぬるいな。口ばっかりで大したことなさそうだね。今だって、戦ってる姿は全然見てないけど?」


 奥歯をきしませ、必死に怒りを抑え込む。


「随分とふてぶてしいな。神者なんて呼ばれて調子に乗ってるんじゃねぇのか」


 アンナが慌てて俺たちの間に入ってきた。


「ほら、レン君。揉め事を起こすなって、フェリさんに言われたじゃん」


 押し返されるレオンの体が数歩遠ざかる。


「碧色、覚えておきなよ。フェリクスさんが目をかけてるらしいけど、最強は俺だから」


 喧嘩を売るような声音。頭に血がのぼる。


「勝手に言ってろ。俺は強さを競いたいんじゃない。大事な物を守れればそれでいい」


 その瞬間、レオンの瞳に初めて“感情”が灯った。怒りと敵意の、どす黒い気配が。


「大事な物を守るには、強さが必要だってわからないか。相手を二度と立ち上がれなくさせるほどの絶対的な力がね」


 迫る気迫に、息が詰まる。身動きができなくなるほどの圧だ。


 言葉を返す前に、レオンは背を向け、足早に去っていった。

 アンナが申し訳なさそうに俺を見ている。


「……変な空気にしちゃってごめんね。アンナたち、そろそろ行くね」


「は? 街まで戻って、剣を探してもらった礼くらいさせてくれよ」


 レオンはどうでもいい。アンナと話す時間がもっと欲しかった。


「次の依頼の下見にきただけだから。魔獣はレン君がほとんど片付けてくれたみたいだし」


「そっか。みんなにもよろしく伝えてくれ」


 走り去る背を見送り、胸にぽっかりと穴が開く。

 一年半の旅は、確かに俺を成長させてくれた。そんな実感が、静かに疼く。


 だが、この戦場に横たわる無数の遺体には、ただ不快感だけが残った。


 この冒険者たちをけしかけた黒幕が、ランクールで出会ったあの男だとしたら、本当に憎むべきは、レオンじゃない。


 そう思いかけた時、セリーヌが神妙な顔で近付いてきた。


「大丈夫ですか? まだ魔力の余韻が残っています。急ぎましょう」


「あぁ……わかってる」


 みんなが生きて戻れた。それが今は何よりの事実だった。

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