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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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37 救世主の資質


「なんなんだ、あの魔獣は……変異種か?」


 自分で言いながらも確信がない。あれほどの大型魔獣が放置されていたとは考えにくい。


「なんにしたって助けないと。このままじゃ、あの三人が危ないって」


 双剣を手に、アンナが飛び出した。


「俺も……」


 続きたい気持ちはあるのだが、疲労困憊の体は言うことを聞かない。


「リュシアン=バティスト。君はここで休んでいたまえ。後は僕たちが」


「あら。金髪君も言うじゃない」


 シルヴィさんがナルシスを茶化していると、杖を手にしたエドモンが顔を覗かせた。


「モニクさん、杖は借りていくっスよ」


「皆さん、風の魔法で脚力を強化します。(わたくし)の側に集まってください」


 セリーヌが呼びかけると、巨大な猿が奇怪な雄叫びを上げた。


 エルヴェが放ったクロスボウの矢を受けても動じる気配はない。手にした大木が地面を打った衝撃で、兄を担いだオニール共々、三人は弾き飛ばされてしまった。


「くそっ。こんな時に情けねぇ」


 戦いに向かう仲間を見送ることしかできず、動けない自分に腹が立つ。拳をきつく握った途端、肩へ手が置かれた。


「ここは皆さんに任せなさい」


 母の言葉が胸に痛い。


「肝心な所でいつもこうなんだ。結局、誰かの力を借りないと何もできねぇ……自分が情けなくて笑っちまうよ。なにが救世主だ」


「そういう所も含めて、資質はあるのよ」


「資質?」


「そうよ。だってほら、見てごらんなさい。そんなあなたを支えたいと、こうしてみんなが集まってくれてるじゃないの。これも人徳。もっと自信を持ちなさい。ひとりでできることなんて、たかが知れてるんだから」


 アンナの連撃が魔獣の脚を斬り裂く。ナルシスの閃光玉が弾け、エドモンの放った(いかづち)の魔法が敵の背を打つ。シルヴィさんの斧槍(ハルバード)から炎が吹き荒れ、セリーヌの光の魔法が魔獣の顎を打ち上げた。


「それはまぁ、そうなんだけどさ……」


『一緒に戦うだけじゃないのよ。喜びも悲しみも分かち合って支え合う。そのための仲間、でしょ?』


 シルヴィさんの言葉が過ぎる。


「みんなの期待に応えたいんだ……こんな俺に付いてきてくれたことを、間違いじゃないんだって安心させたいのに」


「随分と独りよがりな救世主様なのね。セルジオン様に影響されたのかしらね」


「そうじゃない。そうじゃないけど……」


 母の視線は真っ直ぐ前に向けられていた。先には、魔獣へ向かうセリーヌの姿がある。


「あなたたち似てるのかもね……お母さんも考えを改めたわ。凄くお似合いだと思う。きっと、お互いを思いやれるふたりになる。自分を慕ってくれる人たちにどう報いるか。今はまだわからなくてもいいと思うの。結果はおのずと付いてくるから」


「母さん、ここは危ないから避難しよう」


 剣を鞘へ収めた俺は、側で座り込むモニクへ目を向けた。


「おまえも来るんだ」


 モニクの二の腕へ手を掛け、立ち上がるのを手伝っていた時だった。


「がう、がうっ!」


 左肩の上でラグが勢いよく吠えた。

 目を向けると、猿の魔獣は全身を炎に包まれている。


 シルヴィさんやセリーヌの攻撃かと思ったが、そうじゃない。魔獣は自らの力で全身へ炎を纏っているようだった。


「炎を操るのか?」


 敵の能力に驚愕していると、魔獣は倒れていたオニールを掴み上げた。


 炎に包まれたオニールはたまらず悲鳴を上げる。しかし、魔獣の左手に上半身を掴まれたまま、逃げることもできない。


円舞斬(セルクル・ダンス)!」


咲誇薔薇(ロジエ・グロワール)!」


 アンナとシルヴィさん、それぞれが得意の回転連撃を繰り出した。魔獣は背中と脇腹を斬り裂かれたが、崩れる気配はない。


 牙を剥き出した魔獣は、怒りを当て付けるように左腕を振り上げた。そのまま、オニールの体を地面へ勢いよく投げつける。


 鎧がぶつかる鈍い音が漏れたものの、彼が動くことはなかった。


「いい気味ね」


 モニクがせせら笑うと、魔獣が動いた。

 ナルシスの突きとエドモンの攻撃魔法を撥ね退け、こちらへ向かって突進してきたのだ。


「あの魔獣、まさかおまえが」


「やめて。あんな知り合いはいないわよ」


 巨体の割に動きは速い。しかし、俺たちと魔獣の間にはセリーヌが回り込んでいる。その足元は緑色の光に包まれ、風の魔法で脚力を強化しているのは明らかだ。


飛竜斬駆(ヴォロンテ・ヴァン)


 横一線に広がった真空の刃が飛ぶ。


 竜臨活性(ドラグーン・フォース)を帯びた魔法が、ようやく有効な一撃を浴びせた。胸板を斬り裂かれた魔獣は、上半身を仰け反らせてよろめいた。


「セリーヌ、無茶をするな!」


 心配で見ていられない。走り出したい衝動に駆られた途端、魔獣が大木を持った右腕を後ろへ大きく引くのが見えた。


「攻撃が来るぞ!」


 大地を薙ぎ払うように、横薙ぎの一撃がセリーヌへと迫る。直撃を受ければ、彼女の体など一溜りもない。


 だが、セリーヌは冷静だった。魔獣を正面に見据えたまま、杖を掲げる。


光竜爆去ヴォロンテ・エクシオン


 閃光が弾け、大木が爆散した。

 右腕を撥ね退けられた魔獣は大きく体勢を崩し、地面へ片膝を付く。


 追撃を試みるセリーヌが踏み出した途端、四つん這いになった魔獣は大きく跳躍した。

 砂塵が舞い上がり、視界を塞がれた仲間たちはわずかに怯んだ。


「魔獣の狙いはなんなんだ」


 炎を纏う巨体が闇夜を舞い、猿型魔獣は俺の眼前へ降り立った。今のセリーヌですら倒せない相手に、どう挑めというのか。


「がるるる……」


 ラグが威嚇の唸りを上げる中、母を後ろ手に庇った。こうなれば、残された力で抵抗する他にない。


 込み上げる恐怖すら押し返そうと唾を飲み込んだ。仲間たちが駆け寄ってくる姿も見えるが、恐らく間に合わないだろう。


「かかって来いよ」


 剣を抜くと、魔獣の左腕が伸びてきた。


「リュシアン!」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。気付けば、背後から母に抱きしめられている。

 振り抜かれた魔獣の手に殴り飛ばされ、母もろとも地面を転がっていた。


 痛みと疲労で体を起こすことができない。だが、攻撃を受けた痛み以上に、母の安否が気掛かりでならない。


「どうして俺なんかを庇ったりしたんだ」


「良かった……無事だったのね」


 母の弱々しい声が聞こえた。


「子どもはいくつになっても子どもなんだから……可愛い我が子を守るのは当然よ」


「だからって……」


「ちょっと、離しなさいよ!」


 モニクの金切り声が響いた。どうにか顔を向けると、魔獣の手中に拘束されている。


 彼女が抗議の声を上げると、魔獣の体から炎が消えた。暴れるモニクを黙らせようと、魔獣が左手に力を込めたのがわかった。

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