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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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35 卑怯なやり方


「シルヴィ。冷静になってくれ」


 エルヴェが切迫した顔で声を上げた。


「あら。あたしは至って冷静だけど?」


 斧槍(ハルバード)の先端と、冷徹な笑みを突き付けられたエルヴェ。取り付く島もないと悟ったか、救いを求めるように俺を見てきた。


「碧色からもなんとか言ってくれ。俺と彼女は顔見知りでな。彼女がオルノーブルの街にいた時代を知ってる。どうやら、その口封じをしたいって腹づもりらしいんだ」


 そこまで聞いて、ようやくシルヴィさんの怒りの理由がわかった。すると、エルヴェは更に言葉を重ねてくる。


「昔のことを今更どうこうするつもりはない。本当だ。その気になれば、悪評を広めるなんて簡単だろ。でも、こうして冒険者だって続けられてる。俺を信用して刃を収めてくれ」


「あんたの話はどうでもいいのよ」


 シルヴィさんは訴えを切り捨てた。


「なんだかんだ言ってるけど、リュシーを襲うためにこうして出てきたんじゃない。モニクとオニールの手を借りて、大勢のお友達も連れてきたのは事実でしょ」


「それはそうだが、あいつらとは目的が違う。命まで取ろうと思っていたわけじゃない。オニールが碧色と接触すると聞いて、これ幸いと一枚噛ませてもらっただけなんだ」


 訴えるように俺を見ていたエルヴェだが、その目をシルヴィさんへ向けた。


「君に会いたいという下心もあった。碧色と行動を共にしていることは知っていた。もしも彼が命を落とせば、傷心した君へ付け入る隙があるかもしれないとも考えていた」


「相変わらず、やり方が卑怯ね」


 シルヴィさんの綺麗な顔が嫌悪に歪む。エルヴェは顔をしかめてこちらを見てきた。


「碧色。あんたの実力は骨身に染みた。上にはきっちり話を通すよ。敵に回したくはない。みかじめ料さえ定期的に収めてくれたら、とやかく言ってくることはない。これは本当だ」


「それはそれとして、金輪際、シルヴィさんには関わるな。彼女は大事な仲間なんだ。手を出してくるようなら、次は容赦しない」


「承知した。肝に銘じる」


 怯えるエルヴェを見ていたら、相手をするのが馬鹿らしくなってきた。


 とにかく疲れた。街の被害も甚大だ。こんな奴らに関わっている時間が惜しい。


「リュシーの決定なら仕方ないわね」


 シルヴィさんは無念そうに斧槍を下ろした。


「オニールだったか。あいつは預からせてもらうぞ。みかじめ料の手続きも含めて、すべての要件が済んだら開放してやる」


 モニクや兄との繋がりも含め、聞きたいこともある。まだ利用価値はあるはずだ。

 そう思い、本人へ目を移した時だった。


「がう、がうっ!」


 ラグが警戒を促す鳴き声を上げる。


 眼前の光景が信じられず、頭の中が空っぽになっていた。何も考えられない。


「冗談じゃねぇ。このまま終われるか」


 さっきまで気を失っていたはずのオニールが、ぐったりしたままの兄を後ろから抱え起こしていた。人質となった兄の喉元には、長剣(ロングソード)の刃が添えられている。


 どこか遠い国で起こっている、絵空事のように思えてしまう。これは何かの間違いだ。


「オニール、やめておけ」


「うるせえ! 部下も全滅しちまった。このまま手ぶらで逃げ帰ろうもんなら、闇ギルドで笑い者だ。そんな惨めな思いはごめんだぜ」


 エルヴェの言葉にも耳を貸さない。完全に自暴自棄になっている。


 色々なことが起こりすぎた上に、セルジオンとのゴタゴタもあった。正直、周りを気にしている余裕がなかった。


「わかった。望みはなんだ」


 迷っている暇はない。直接交渉あるのみだ。


「誰も知らない土地に行って、やり直してぇと常々思ってたんだ。一億ブランでどうだ。救世主様なら簡単に用意できるだろ」


「そんな大金があると思うか?」


「カンタンでもエミリアンでも使えるものは何でも使えよ。でもな、俺は気が短いんだ。日の出のあと、正午までに金を用意しろ」


「無理だ。時間が足りない」


「グダグダぬかすんじゃねぇよ! 俺が刃を引けば、こいつの首が落ちるんだぞ」


 オニールの顔にも余裕がない。少しでも機嫌を損ねれば本気で実行するつもりだ。


 ここまでの騒ぎだ。当然、後方のセリーヌたちも気付いているだろう。しかし、魔法も有効範囲外だ。敵との距離が離れすぎている。


 後はシルヴィさんの放つ紅炎乱舞(ルイム・ブリュイ)だが、発動までの挙動が大きく、気づかれてしまう。


 朝を迎えると同時にドミニクと連絡を取るとして、正午にどう間に合わせるかだ。


「そこに隠れてる奴も出てこい! 林の中で、何かが光るのが見えたぞ」


「さすが闇ギルド。夜目が効くんだね」


 聞こえてきたのはアンナの皮肉だ。

 俺とオニールの中間地点。横手に茂っていた木陰から、両手を上げて歩み出てきた。


「アンナ。戻って来てたのか……」


 ひょっとしたら、オニールのことを魔導弓(まどうきゅう)で狙い撃とうとしていたのかもしれない。


「そんな風にかっかしないで、アンナの話も聞いてよ。あのね、一億ブランはないけど、一億ブラン以上に価値のあるものならあるよ」


 頭上に持ち上げられたアンナの両手。その右手には、一冊の日誌が握られていた。


「それは、ライアンの……」


 背後から、驚くモニクの声が発せられた。


「確かに、その日誌には一億ブラン以上の価値があると思うわ。だけど、本当にいいの?」


「人の命には変えられないから」


 モニクとアンナにしかわからない会話だ。


「そこに財宝の在り処でも書いてあるのか?」


 たまらず問い掛けると、アンナは困った顔で笑みを漏らした。


「えへへ。それが、中身を見たわけじゃないからアンナにもわかんないんだ。でもね、これを保管してた団長も、盗み出したライアンも、お宝だって確信してた」


「ライアンが? そういえばあいつ、いつも大事そうに袋を抱えてたな。あの袋の中身がそれだっていうのか?」


「戦利品ってことで持ち帰ってよ。そうすれば、あなたも非難されずに済むでしょ」


「それが原因で、新たな厄介ごとが起こらなければいいけどね」


「モニク。おまえは中身を知ってるのか?」


 オニールがいぶかしげな視線を送っている。俺の位置からでは、モニクがどんな表情をしているのかわからない。


「もちろんよ。内容について、ライアンと話をしたばかりだし。世に出たら大変なことになるわよ。この大陸を震撼させるかもね。私としては、その方が何倍も楽しいけど」


「わかった。その日誌と交換だ」


 オニールは迷わず言い放ってきた。


「エルヴェ。日誌と一緒に、彼女が背負っているクロスボウを回収してくれ。俺たちはこのままここを離れる。十分に距離を取った所で、ジェラルドを解放する。それでいいな」


「わかった。従おう」


 俺の言葉にアンナも頷いている。他に打つ手がない以上、それしか方法はない。だがそこで、違和感に気付いた。


「私を見捨てるわけ?」


 俺が思っていたことを当人が口にした。オニールは困った顔で微笑んでいる。


「おっと。それ聞いちゃう? この厄介事も、元はと言えばおまえのせいだろ。そんな体になっちまったおまえを連れて行くなんて、俺は御免だね」


 モニクは何を思っているだろうか。他人事ながら、この男に対して殺意が湧いてきた。


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