32 大きな力の代償は
「とはいえ、こうなることは承知の上だ」
落ち着き払ったリュシアンは口元へ笑みを浮かべ、迫りくるモニクを見据えた。
そんな彼の体を巻き込み、爆発が起こる。大量の土砂が吹き上がると共に、リュシアンの体も上空へ跳ね上がっていた。
爆発の勢いで泥沼から抜け出したのか。
モニクは瞬時に理解した。そうしてリュシアンの落下を目で追いながら、杖の先端へ顕現させていた光の魔力球を解き放つ。
「光爆創造」
闇夜を昼へ塗り替えるような閃光が弾けた。
解き放った魔力球は並の攻撃魔法ではない。首から下げたタリスマンの力を最大限まで引き出した強烈な一撃だ。
大きな力の代償は、モニクの体にも影響を及ぼした。空を見上げていた彼女は頭痛と目眩によろめき、流れる鼻血を指先で拭った。
込み上げる吐き気を堪え、渾身の一撃が確実にリュシアンを捉えたと確信していた。
* * *
「彼女、このままだと危険だわ……」
「どういうことですか?」
ナルシスに助け出されたサンドラは、閃光に照らし出されたモニクを凝視している。
「あの首飾りは特別な道具なの。乱用すれば命に関わるわ」
神官だけが使いこなせる神器だが、部外者が使った典型的な見本と化していた。
「命を削ってまで、リュシアン=バティストと戦おうというのか……何が彼女をそこまで追い詰めているのだろう」
「どうにかして止められないかしら。それに、彼女の無尽蔵の魔力も気になるわね。合成魔法なんて、普通なら数回も使えば魔力が枯渇するはずなんだけど……あれは異常だわ」
「そういうものなんですか?」
サンドラは黙って頷いた。
「街全体を攻撃しただけでなく、拡声魔法を張り巡らせていたわよね。住民たちに魅惑の魔法を使って、傭兵たちにも強化魔法を施してる。本当に天才魔導師なのかも」
「僕は魔法を使えないのでね。とにかく、あなたはここに。後は我々に任せてくれたまえ。僕が優先すべきは……」
ナルシスはエドモンを求めて目を凝らしたが、闇が深く捉えられない。たまらず駆け出した途端、セリーヌの詠唱が耳に届いた。
恵みの証、母なる大地……
生命の証、静寂の水……
躍動の証、猛るは炎……
自由の証、蒼駆ける風……
力の証、蒼を裂き、
轟く雷、我、照らす
* * *
「嘘でしょ!?」
モニクが悲鳴のような叫びを上げた。
渾身の一撃である光の魔法を引き裂き、リュシアンの姿が頭上へ現れたのだ。
防御すら間に合わぬまま、リュシアンの繰り出した蹴りが横手に迫った。
モニクの右肩から鈍い音が漏れる。次いで、全身を薙ぎ払うような衝撃に攫われた。彼女の細い体が弾き飛び、地面を激しく転がる。
先程までのリュシアンなら、今の一撃で勝負は決していた。しかし竜臨活性を失い、相手は天才と自負するモニクだ。彼女の体は青白い光に包まれ、即座に身を起こした。
「癒やしの魔法を多重展開とはな」
リュシアンは笑みを浮かべて拍手を贈る。
「本当に嫌な男……」
モニクは消え入りそうな声でつぶやいた。
合成魔法の要領で、癒やしの魔法を咄嗟に同時展開していた。しかし、傷こそ癒えたものの、消耗した体力までは取り戻せない。
「汝の仕掛けはわかった」
リュシアンが目を向けた先には、やっとの思いで身を起こしたドゥニールの姿があった。
「ちっ!」
舌打ちをするモニクの前で、リュシアンの右手が振り上げられた。
五本の真空の刃が生まれ、ドゥニールの体を斬り付ける。身に付けていた重量鎧はことごとく剥がれ落ちた。彼はジェラルドの姿を晒し、気を失って倒れ込む。
「あの鎧に魔力石を仕込んでいたな。奴が側にいたのは護衛の役割だけでなく、魔力の供給役を兼ねていたか。それだけではない。向こうから強力な魔力の流れを感じるぞ」
煽りを受けたモニクが、怒りの形相を浮かべた時だ。突如、リュシアンの体が円形の光に包まれた。
球体の表面には鎖に似た模様が幾筋も刻まれ、彼を捕らえようとしているかのようだ。
「この力……守り人の娘か!」
歯を剥き出し、忌々しそうに周囲を伺うリュシアン。その顔が苦しみに歪む。立っていることさえ辛いとばかりに、地面へ四つん這いに崩れた。
怒りに見開かれた目が、竜臨活性の力に身を包むセリーヌを捉えた。
* * *
時はわずかに遡る。
地面を転がったシルヴィとエルヴェ。先に身を起こしたのはエルヴェだ。
リュシアンという脅威から逃れたことに安堵しながら、彼はシルヴィから距離を取った。
「思わぬ助け舟だったよ」
「あらそう。あのまま殺されていた方が、楽だったかもしれないわよ」
剣を手にしたエルヴェに習い、シルヴィも素早く斧槍を構える。
「あんたの相手はこのあたし。徹底的に虐めてあげるから覚悟しなさい」
「なぁ。昔のよしみで逃がしてくれないか?」
途端、シルヴィの顔に嫌悪が滲んだ。
「なんの冗談よ。こうやって、あたしの前に出てきたのが運の尽きだって観念したら?」
「もっと信用してくれ。現に今だって、おまえは冒険者として活躍できてるじゃないか。俺は口が堅いんだ」
「そうね。二度と話せないように、今度はちゃんと黙らせるだけよ」
「そんなことを言っていいのか? 俺が闇ギルドに所属していることを忘れたか。俺に何かあれば、すぐに仲間へ連絡が行く。おまえの噂もあっという間に広まるぞ」
「どうしてあんたがここにいるわけ?」
シルヴィが斧槍の先端を突き付けると、エルヴェは途端に苦い顔を見せた。
「碧色の閃光と話をつけるためだ。彼が少し前にオルノーブルの街で暴れただろう。娼館や飲食店の共同経営者として名を連ねたようだが、みかじめ料が滞ってるって上からの苦情でな。あの街は今でも俺の管轄なんだ」
「そういうこと」
シルヴィが相槌を打つと、エルヴェの視線が彼女の体を上から下へとなぞった。
「カンタンの屋敷で何度か持て成しを受けたが、正直、君以上の女性はいなかった。今は碧色に付いたのか。相変わらず、勝ち馬に跨るのが上手い人だよ……俺に口説かれていれば、もっと楽な生き方もあったのに」
「相変わらず、べらべらと良く喋るわね。勝ち馬に乗るのはあたしの専売特許だけど、あんたは残念ながら駄馬だったわね。あたしは冒険者としての生き方が気に入ってるの」
エルヴェの取り立ては、当然ながら飲食店を経営するエミリアンにも及んだ。担当の機嫌を取ろうと、エミリアンもまた彼を丁重に持て成したひとりだ。
『どうぞ、エルヴェ殿のお好きなように』
そうなれば当然、メイドとして従事している者たちが夜の相手を命じられる。彼女たちを守ろうと矢面に立っていたシルヴィが、必然的にその努めを果たしていたのだ。
今のシルヴィにとって、その出来事は消したい過去のひとつだ。たとえそれが、エルヴェの命を奪うことになろうとも。





