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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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30 怒りと恨みの炎


 眼前へ広がる惨状を前に、一同は言葉を失っていた。


「これ、どういうこと……」


 シルヴィが苦々しい顔で漏らしたつぶやきが、拡声魔法に乗って周囲へ広がってゆく。


 業火に包まれた大木が辺りを照らし、黒く焼け焦げた大地を赤く照らし出している。

 だが、赤く見えるのは炎のせいだけではない。辺りに倒れる多数の兵士。彼らの体から流れる血液が多分に含まれている。


 武器を取る者も見受けられるが、命を落とした者や戦意を喪失している者が大半だ。


(わたくし)のせいかもしれません……」


 セリーヌが苦い顔でつぶやいた。


「他に方法がなかったとはいえ、安易にセルジオン様の力に頼ってしまったせいです。これほど強い破壊衝動に侵されているとは思ってもみませんでした」


「他に方法がなかったんでしょ? それを悔やんだって仕方ないじゃない。お陰でリュシーが助かったんだから大成功よ」


 シルヴィはセリーヌの背に触れる。


 絹のように滑らかで艷やかな髪が指先へ絡まり、シルヴィの顔から笑みが消え失せた。

 彫像のように整った顔。身長はほぼ同じだというのに、女性的で均整の取れた体付き。


 羨望と嫉妬がシルヴィの心を塗り潰す。怒りにも似た感情が込み上げた途端、セリーヌが弱々しい笑みで応えた。


「そうですね。ありがとうございます」


「なにそれ。お礼を言いたいのはあたしよ」


 呆れた笑みを浮かべたシルヴィは、セリーヌの肩に回した手を滑らせた。法衣の上から、彼女の胸を鷲掴みにする。


「ひゃうぅっ!」


 驚きと共に背筋を正すセリーヌを見て、シルヴィは声を上げて笑う。


「ほんと、憎らしいほど良い子なんだから。こんなんじゃ敵わないわ……」


 言葉尻は囁くように唇から漏れ、闇の中へ溶け込んでいった。


「あそこに、エド君がいるよ」


 アンナが目ざとく仲間の姿を見付け、歓喜の込もった声を上げた。


 彼女は身体能力もさることながら、視力も人並み以上。その能力を高く評価したフェリクスが、斥候(せっこう)役として鍛え上げたのだ。


 体へ燃え移った炎を鎮火させたエドモンだったが、衣服は兵の血と泥にまみれ、見るも無残な姿に成り下がっている。


 そんな彼から視線を外したセリーヌが、側の大木に縛られていたサンドラを目に留めた。


 彼女の周りだけ火の手から守られているのだが、モニクがセルジオンの攻撃を防ぐために張った防御結界のお陰だとは気付かない。


「お母様!」


 悲鳴のような声を上げ、駆け出そうとするセリーヌ。それをナルシスが制した。


「彼女のことは僕に任せてくれたまえ。姫は一刻も早く杖を取り戻すべきだ」


「承知しました。お母様のこと、くれぐれもよろしくお願い致します」


「大丈夫」


 ナルシスは力強く頷く。

 彼も母親を亡くした身だ。せめて、リュシアンの母は守りたいという想いが湧いていた。


『あなたは生きて!』


 自分を庇い、虎型魔獣に喰らいつかれた母の姿が頭を過ぎる。


 もう、あの時とは違う。


 今度は自分が守るべき立場となり、力を振るう時が来たのだと確信していた。


「セリちゃん、あそこにいる!」


 闇の中で目を凝らしていたアンナ。その目はリュシアンの体を追い越した先に、ライアンと短剣使いの女性の姿を捉えていた。


「行くよ。ちゃんと付いてきて」


「はい。承知しました」


 風の移動魔法を纏ったまま、アンナとセリーヌの姿が闇に紛れた。


「さてと。あたしの相手はあいつね」


 斧槍(ハルバード)を構えたシルヴィの目は、モニクの側で戦うエルヴェを捉えていた。


「なんであの男がいるのかわからないけど、消えてもらうしかないかもね」


 恐らくエルヴェも、シルヴィの存在に気付いているはずだった。

 彼女が汚点とする過去を知る男。ここで何としても始末したいというのが本音だった。


* * *


「小僧の仲間どもか。鬱陶しい。我の邪魔をするようなら、まとめて消し飛ばすまで」


 セルジオンにしてみれば、モニクなどどうでもいい存在に思えていた。


 ただ、心の向くまま暴れたい。


 世界への怒り。


 人間への怒り。


 自身の甘さへの怒り。


 怒りと恨みの炎に囚われたセルジオンは、全てを破壊しつくしたいと切望していた。


 彼がこの場から離れられない理由はただひとつ。本体ともいえるリュシアンの心が、この街を救うことを切望しているからだ。


 両親を、この街を守りたい。


 その強い思いが枷となり、セルジオンをきつく縛り付けていた。


「今はそれでもよかろう。手慣らしとして、あのゴミどもと遊んでやろう」


 不満を滲ませ、セルジオンが駆け出す。

 退屈しのぎと言わんばかりに、剣を抜かず、竜としての本能で戦うことを望んでいた。


「来た……」


 絶望を滲ませ、モニクが呻くように言う。


 この脅威へ対抗するには、切り札に頼るしかないと考えていた。


「ドゥニール! 行きな!」


 リュシアンがどれだけの力を誇ろうと、兄を易々と倒せるはずがないと踏んでいた。

 人質代わりに盾とすれば、必ず隙ができる。そこを一気に叩くという考えだ。


 兜を失ったドゥニール。リュシアンの兄としての素顔を晒したまま、漆黒の全身鎧と漆黒の大剣を手に飛び出した。


「オニール、エルヴェ。援護しな!」


 命令を飛ばすと同時に、モニク自身も魔法の詠唱へ取り掛かる。


「こんなことなら、ユーグの奴に高等魔法のひとつでも習っておくんだったわね」


『んふっ。こんなものは初歩の初歩。師は本当に偉大な方だ』


 あんたも十分に化け物だったよ。


 蝶の仮面の下で歪む唇を思い出し、モニクは恐ろしさに身震いした。


 だが本当の化け物は、今まさに彼女の眼前へ迫っている。


 ドゥニールは、リュシアンを目掛けて横薙ぎの一閃を繰り出した。


 本来ならば、大型魔獣さえ一撃で仕留めるほどの斬撃だ。

 しかし破壊の権化の前では、その豪快な一閃すら子供だましでしかない。


「止まって見えるぞ」


 リュシアンは迫りくる一閃を見据え、左手を振り上げる。


 手刀が落とされ、大剣の腹を直撃。オニールとエルヴェの眼前で、大剣の刃は粉々に砕け散っていた。


「そんな!?」


 驚愕に目を見開くモニク。彼女を置き去りに、リュシアンの右足が持ち上がる。そこには青白い炎が纏わり付いていた。


「ふんっ!」


 横蹴りが、ドゥニールの腹部を捉えた。


 鎧の破片を撒き散らし、その巨体が無様に地面を転がってゆく。


「ゴミは何人いようとゴミでしかない」


 不敵に微笑むリュシアンを前に、オニールとエルヴェは動くことができなくなっていた。

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