27 最高の舞台
「相手は二十分以内にと言っていましたが、どのようにして居所を探るおつもりですか?」
不安を滲ませるセリーヌを安心させようと、その言葉を一笑に付した。
「任せろ。炎竜王がタリスマンの魔力を捉えてる。モニクの居所は東門を出た先だ」
「がう、がうっ」
ラグが得意げになって肩の上で吠えた。
「そんなことまでわかるのかい」
「リュー兄、凄い。どうしちゃったの!?」
「最高。今すぐ抱いて」
ナルシスとアンナの称賛はわかるが、シルヴィさんの言葉だけは何かが違う。
ひとまず一同の言葉を無視して、セリーヌへ目を向けた。
「短剣を魔導触媒にして、風の移動魔法を全員に頼めるか。一気に方を付けてやる」
「それは構いませんが、杖を一刻も早く取り戻したいというのが本音です。おそらく、この短剣では私の力に耐えきれません」
「まぁ、そうなるよな」
今更だが、再会した時に使っていた杖を取っておくべきだった。新しいものがあるのだからと、マルトンの街で売ってしまったのだ。
「空駆創造!」
セリーヌの言葉と共に、俺たちの膝下を緑色の魔力光が包み込んだ。体が格段に軽く感じる。風の移動魔法が上手く発動したようだ。
「セリーヌから離れすぎるなよ。効果範囲を外れると魔法が消えるからな。親父もすまないけど、この白馬と街の人のことを頼む」
びゅんびゅん丸は残していくことにした。怪我をしている父にこの場を任せるのも不安だが、今はこれしか方法がない。
鎮火した街並みを駆けてゆくと、改めて今回の惨状を思い知らされる。変わり果てた光景が胸に痛い。無事に逃げおおせた人はどれだけいるのだろう。
モニクが何を思ってこんなことをしたのかはわからないが、徹底的にやり返さなければ俺の気がすまない。
そしてまだ、肝心なことをみんなに伝えていない。当然、後ろへついてきていることを前提に、視線を動かさぬまま口を開いた。
「親父がいたから話せなかったけど、みんなには先に伝えておく。黒い全身鎧のドゥニール……あいつの中身は兄貴だったんだ」
みんなの緊張が背中へ伝わってきた。
「モニクに洗脳魔法をかけられてるらしい。呼び掛けても反応がなかった。完全に操り人形だ。兄貴とモニクのことは俺が何とかする。みんなは取り巻きを抑えて欲しい」
「取り巻きの中には、アンナの知り合いもいるの。傭兵団、銀の翼から抜け出した人なんだけど、闇ギルドと繋がってるって言ってた。たぶん、他の仲間も同じだと思う」
「闇ギルドか……あいつらの頭は、オレールっていう金髪の剣士だ。闇ギルドでも下っ端ならいいんだが、幹部のような存在だと、後で面倒なことになりそうだな」
「目的のためには手段も問わない、なんて話も聞くわね。それこそ、リュシーが現在の拠点にしてるヴァルネットの街が、ここの二の舞にならないとも限らない」
シルヴィさんの言葉に悪寒が走った。俺はとんでもない相手に手を出そうとしているのかもしれない。
「それだけは何としても避けないと」
「オレールだっけ? その男を捕まえて、徹底的に思い知らせるしかないんじゃない?」
シルヴィさんの言葉で、眼光を鋭くしたフェリクスさんの顔が浮かんできた。
あの人も普段は飄々としていたが、ここぞという時は徹底的にやる人だった。それを見習って、行動に移す時が来たのだろう。
「いつかフェリクスさんにも言われたな。抵抗する意思をへし折るくらい痛めつけろって……よし。あいつだけは生け捕りにしろ」
決意と共に言い放ち、目的の場所へ急ぐ。
* * *
リュシアンたちが先を急いでいる頃、モニクたちも合流を果たしていた。
拡声魔法の範囲を絞り、息を潜めるようにしてリュシアンたちの到着を待ち侘びている。
「ジェラルド? どうしてあなたが……」
驚愕におののくサンドラの顔を目にして、モニクはたまらず吹き出した。
この瞬間のために生きている。見る者にそう思わせるほど恍惚とした表情をたたえるモニク。そんな彼女を目にしたオレールは、徹底的に乱れさせたいという支配欲に駆られた。
「モニク。報酬の件、忘れるなよ」
寄り添うように隣へ立ったオレールは、モニクへそっと耳打ちを漏らした。
「焦る乞食は貰いが少ないって言うでしょ」
臀部を撫でてくるオレールの手を払ったモニクは、改めてサンドラを見た。捕らえられた彼女は今、体を大木へ縛り付けられている。
「はじめまして。私はモニクと言います。ジェラルドとは一緒にパーティを組んで冒険していた間柄なんですよ」
「そのあなたが何の用ですか……」
「酷い言いぐさ。私はあなたの息子さんから、人生を滅茶苦茶にされたんですよ」
「ジェラルドが何をしたって言うんですか」
サンドラの強い口調を受け、モニクの瞳へ憎悪の炎が揺らめいた。
「彼はパーティ共有の秘宝を持ち逃げしようとしたんです。ふたりの仲間は彼に殺され、ひとりは私の恋人だった。結婚だって考えていたし、彼のためなら命も惜しくないと思っていた。それほどまでに深く愛した人を」
モニクは怒りに形相を歪め、人形のように立つジェラルドを指差した。
「あの男は全てを奪った! 私の幸福を。私の未来を。私の世界を。なにもかも!」
「何かの間違いです。ジェラルドは本当にいい子なの。この街では聖人と慕われるほどの自慢の息子なんですよ。絶対に間違いです」
「黙れ、ババア!」
モニクはサンドラの襟を掴み上げた。
「当事者であるこの私が、嘘をついているとでも言うの? あんたの息子は秘宝を狙う集団に捕まったのよ。私は彼に復讐を果たしたい一心で、その集団からわざわざ助け出した」
サンドラから手を離したモニクは、舞台女優のような仕草で天を仰いだ。
「そして、今日という最高の舞台を迎えたの。ジェラルドの手でこの街を壊滅させる。洗脳の魔法を解いた時、彼がどんな顔を見せるのか。それだけを楽しみに生きてきた」
「寂しい人ですね」
「あぁ?」
唇を歪めたモニクは、眼力だけで射殺さんと、憎悪に満ちた目をサンドラへ向けた。
「復讐のためだけに生きるのは寂しくないんですか、と言っているんです」
「何とでも言ったら。私は空っぽなの。私の世界は終わった。何もかもどうでもいいんだから。実際に、あんたはこうして捕まった。私の気持ちひとつで、あの世へ直行」
モニクは仲間たちを見回した。
「とは言うものの、こっちの被害も大きいけどね。あんたの旦那は捕まえそびれたし、消し飛ばすはずの街もまだ残ってる。サーカスに行かなかった住民の大半は教会に避難しているようだし……ここが片付いたら、みんなも連れて行ってあげるから安心しなさい」
モニクは歌うように告げながら、首飾りを指先で弄んだ。
「それは、セリーヌさんの」
「あ? 誰だって? これさえあれば、天才と謳われた私の本領が発揮できるのよ。彼らと私の魔法があれば、ジェラルドだろうが、リュシアンだろうが赤子同然よ」
モニクは意気揚々とした顔で、周囲に集う傭兵たちを眺めた。瞳には復讐の炎を宿し、ついに訪れた機会に口元を歪める。





