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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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15 動きは把握されている


「レミーは大至急、作業現場の確認を頼む。俺は街長の家を訪ねてみる。それから、何かを見つけても騒ぎ立てるな。こっちの動きを知られたら、すぐに仕掛けてくるかもしれねぇ。もう一度ここに集合だ。いいな?」


「わかった」


 レミーは不安を滲ませた顔で、通りへ飛び出して行った。途端、横手から来た人影とぶつかり、互いに勢いよく転倒したのが見えた。


 野次馬根性とでもいうのか。様子を伺うように、俺の肩からラグが飛び立ってゆく。


「レミー、大丈夫か?」


 通りへ出た途端、驚きと呆れが入り混じる。ぶつかった相手はナルシスだ。

 ナルシスはレミーへ侘びた後、服の汚れを払いながらこちらを睨むように見てきた。


「リュシアン=バティスト。こんな所にいたのかい。丁度いい、一緒に来てくれ」


「どこに行くつもりなんだ」


「西門の外にある、サーカスのテントさ」


「そんなに急を要することなのか? こっちもこっちで急いでるんだ」


「さっき、衛兵のひとりから話を聞いた所さ。テントの設営は数日前に終わったけれど、座長が体調を崩して、公演が延期になっていたそうだ。それが今日になって突然、開催の告知が出されたというんだ。偶然かもしれないけれど、話を聞いてみようと思ってね」


「その話は本当か?」


 隣のレミーを睨みつけると、バツの悪そうな顔で頬を掻いた。


「あぁ、彼の言う通りだ。休日返上でテントの見張りに行かされた同僚もいる。何しろ急な話で、こっちも大混乱してるんだ」


「いつもより人気がないと思ったら、そういうことか……レミーも相変わらず適当だな。言われた以上をやらねぇと出世できないぞ」


 ふてくされた顔をしているが、今更それをどうこういっても始まらない。


「で、テントの収容人数は?」


「最大二千人って聞いたな」


「この街の全員が余裕で入るじゃねぇか」


 嫌な予感が現実味を帯びてきた。

 不安が実体を持ち、巨大な魔獣と化して襲いかかってくるような錯覚がする。


 ラグが警戒を促すように吠え、俺の肩へゆっくりと降り立ってきた。


「サーカス団の身元は確かなのか?」


「そりゃあもちろん。公演申請の書類も確認済みだ。ただ、羽振りのいいことに無料公演だっていうんだ。あれだけの一団だろ。移動費だけでも馬鹿にならないはずだけどな」


「そのことだけれど……」


 ナルシスが話に割り込んできた。


「僕が聞いた話では、出資者がいるそうだ。娯楽を人々へ提供したいと言って、公演費用を全額肩代わりしたということだけれどね」


 ナルシスの説明に溜め息が漏れた。俺は再び、レミーを睨みつける羽目になった。


「どうやら俺の連れの方が優秀らしい。レミーじゃなくて、おまえの上司に話を振った方が良かったか」


「おいおい、そんなこと言うなって。こっから挽回して良い所を見せっから」


「あぁ。金に見合う働きを頼むぞ」


 適当にあしらい、ナルシスへ目を向けた。


「となると、街長の件を後回しにするべきか。テントに全員を閉じ込める、なんて可能性もないわけじゃねぇ」


「リュシアン=バティスト。他に気になることがあるというのなら、サーカス団の聞き込みは僕が引き受けようじゃないか」


「悪いけど頼めるか。ナルシスに動いてもらえると俺も助かる」


「任せてくれたまえ」


 上体を反らし、得意げな顔で胸に手を添えている。なんだかわからないが、とても頼もしく感じてしまうのが悔しい。


「ここで三手に分かれよう。それぞれ調査が終わり次第、ここに再集合だ。いいな?」


 俺はそのまま街長の家を目指した。ここからなら十分程度の距離だ。

 足早に移動しながら腰の革袋を漁り、魔導通話石を取り出す。


『随分遅い連絡だね』


 応答したのはレオンだ。


「悪い。色々手間取った。まだ移動中か?」


『さっき野営施設に着いた。テオファヌとの待ち合わせ場所にはもう少しか』


「そうか。順調だな。連絡したのはエドモンの件だ。その後、何かわかったか?」


『調べはついた。冒険者ギルドの職員を堕とすのは骨が折れたけど。言われた通り、金は握らせた。かかった費用は後で伝えるから』


「わかった。で、どうだった?」


『情報戦は相手の方が上だよ。冒険者ギルドのサンケルク支部。そこの責任者が、エドモンと頻繁に連絡を取り合ってる』


「頻繁にって、どうやって?」


『特別報酬と引き換えに、通話石を持たされてるって話』


「この短時間で、よくそこまで調べたな」


『読みが当たっただけ。その街から一番近い冒険者ギルドはサンケルクの街だから。マルトンの街の受付係に探りを入れてもらったら、サンケルクの一般職員が簡単に口を割ったよ。責任者って人がいくらで動かされたのか知らないけど、警戒がぬるすぎるね。まぁ、ここまで調べられたのはマリーのお陰だけど』


「マリーが!?」


「金を握らせた職員は男だったんだ。マリーが交渉役に変わった途端、態度を変えてね。彼女も彼女で、交渉を楽しんでいたけど」


「マリーにも悪いことをしたな。でも、お陰で助かった。ってことは、モニクたちは好きな時にこっちの動きを探れるのか」


『そういうこと。ちなみに、責任者が最後に位置情報を確認したのは今日の十八時』


「ほんの二、三時間前じゃねぇか」


『あんたも気を付けた方がいい。動きは把握されていると思って間違いない』


「だろうな。何もかも申し合わせたように動き始めてる。ありがとう、マリーにもお疲れさんって伝えてくれ。また連絡する」


 通話を終えた数分後、目指していた街長の屋敷に辿り着いた。

 敷地を囲う石壁に、立派な鉄製の門扉。住宅というより小型の城を思わせる佇まいだ。


 使用人の姿はない。門扉に触れると、万人を受け入れるようにすんなり空いてしまった。


「誰もいないのか……」


 サーカスへ招待されているのかもしれないが、それにしても不用心だ。


 玄関先まで進み、ノッカーを打った。しかし、中からは何の反応もない。

 まさかと思いながら扉へ触れる。これもまた、いとも簡単に開いてしまった。


 警戒しながら腰の短剣(ショート・ソード)を引き抜いた。さすがに屋敷の中で長剣(ロング・ソード)を振り回すのは不利だ。


 中は真っ暗で、人の気配はない。窓から差し込む月明かりを頼りにゆっくりと歩き始めた途端、肩の上からラグが飛び去った。


 壁をすり抜けて進んだ相棒が、奥でけたたましく吠えたのがわかった。


 周囲と足元に気を付けながら進むと、居間へ続くであろう扉へ辿り着いた。


 軽く押し込んだものの、扉が妙に重い。体重を乗せて押し開けた途端、留め具を外すような甲高い音が聞こえた。


 射出音と共に、硝子の割れる音が響く。慌てて飛び込んだ先は、三十畳はあろうかという広い空間だ。


「うえっ……」


 扉を開けた途端、耐え難い腐敗臭にむせた。吐き気を堪え、薄暗い室内へ目を凝らす。


 居間の床に、見覚えのある高年男性が血まみれで転がっていた。街長に間違いない。側には、夫人と思しき遺体も確認できた。

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