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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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13 竜の力を託された意味


 夕食後、母から外へ連れ出され、街を一望できる丘まで来ていた。空には月も昇っているが、二十時ではまだまだ夜の入口だ。街中には多くの灯りが見受けられる。


 ヴァルネットの街のような賑やかさはないが、潮の香りと絶え間ない波音に心が癒やされる。加えて、街中に漂い続けるオリヴィエの香り。これが独特の味わいとなって、フォールの街特有の雰囲気を生んでいる。


「まぁ、散歩も悪くねぇけどさ……」


 久しぶりに会った家族だ。一緒の時間を過ごしたいとは思う。だが、本来の目的はモニクとの接触だ。のんびりしてもいられない。


「悪党がいつ襲ってくるかもわからないんだ。悪いけど、街の見回りにも行かねぇと」


「救世主様っていうのは忙しいのね。私が理由もなくあなたを連れ出すと思う?」


「それもそうか。この歳になってまで母親とふたりで散歩ってのも、ちょっと気恥ずかしいと思ってたところだよ」


 誤魔化すように頬を掻くと、隣に立つ母は握りしめたままの右手を差し出してきた。

 左肩に留まっていたラグがすかさず身を乗り出してきたが、間違っても食べ物じゃない。


「まさか自分の子どもにこれを渡す日が来るなんて、想像もしていなかったわ」


 開かれた手の平には一本の首飾りが乗っていた。よく見ると、セリーヌが身に付けているタリスマンにとても良く似ている。


 魔力の込められた天然石が一列に繋がれているが、正面に来る部分には一際大きな魔力石が取り付けられている。セリーヌのタリスマンは七色に輝く石だったが、母が持っているものは燃えるように赤い真紅の石だ。


「もしかして、マルティサン島に(ゆかり)のあるものだったりするわけ?」


「察しがいいわね。これは、私が島を出た時に身に着けていたものなの。炎の神官に渡される、炎竜の首飾りと呼ばれる神器よ」


「神器を持ちっぱなしだったのかよ!?」


 驚く俺を尻目に、母は意地の悪い笑みを浮かべた。悪びれた様子がないのは、島を離れて罪悪感が薄まったためなのか。


「神器って言っても、これは装飾品と同じだからね。なくなったって、新しいものを作るのは難しいことじゃないのよ」


「だったらいいんだけどさ……でもそんな風に言われると、逆に有り難みが薄いな」


「あら、そんなことを言われると、お母さんだって傷つくわ……あげようと思ったけどやめようかしら」


「そうだね。俺も重いわ……」


「これがあれば、セルジオン様との結びつきがもっと強くなると思ったんだけど。そう……いらないって言うなら仕方ないわね」


「くれ! 今すぐに!」


 すかさず答え、呆れ顔で微笑む母から奪うように首飾りを受け取った。


「本当はね、セルジオン様とお話ができないかと思っていたんだけど。どう?」


「どうって言われてもな……」


 早速、首飾りを身に着けてみた。男の俺にはやや短い気もするが、苦しいほどじゃない。喉元に真紅の魔力石が触れると同時に、それらしい仕上がりになったような気はする。


「俺自身、魔法が使えるわけじゃねぇから、これを着けてどんな恩恵があるのかわからないな。セルジオンにしたってそうなんだ。力の出力にムラがあり過ぎて、お互いの歯車が上手く噛み合っていないのがわかるんだよ」


「それなら効果があるかもしれないわよ。その首飾りは互いの結びつきを強くするの。魔力石の力を竜王様が感知して、見つけてもらいやすくなるという話よ」


「実体のないセルジオンでも同じ効果が見込めるのかな? まぁ、あいつはあいつで、最初に声を聞いたきり姿を見てないんだけど」


「それはお母さんにもわからないわ……案外、あなたが呼び捨てにしているせいで、腹を立てているのかもしれないわね」


炎竜王(えんりゅうおう)って名前のわりに、器が小さすぎるだろ。って、この会話を聞かれてたら、ますます機嫌を悪くしそうだな……」


 ふとラグを見れば、相棒は俺の左肩の上で舌を出して笑っている。


「まぁいいや。ものは試しってやつだな。今はこいつに賭けてみるよ。ありがとう」


 礼を言って帰路を辿り始めた。こうして母と歩いていると、幼い日々にも良く散歩をしていたという記憶が呼び起こされてしまう。


「首飾りが冒険の役に立ったら嬉しいわ。お母さんの代わりにあなたを守ってくれるわよ。あなたはその力でセリーヌさんを守ってあげなさい。明日からはセリーヌさんのぶんも祈らなくちゃ。お母さんも忙しくなるわ」


「あぁ、司祭様に聞いたよ。毎日、俺たちのために祈ってくれてるんだって? なにもそこまでしなくたっていいのに」


「いいのよ。お母さんが勝手にやってるだけなんだから。今じゃもう、礼拝に行かないと落ち着かない体になっちゃったし」


「病気みたいなもんだな」


「まったく……勝手に飛び出して行った誰かさんのせいじゃないの」


「返す言葉もねぇわ。よくよく考えたら、旅先で知り合った良い人たちや仲間に支えられて、気付けばこんな所まで来てたんだ」


 色々な人たちの顔が浮かんでは消えてゆく。その顔を追っている間に、自然と歩みが止まっていた。母は何事かと俺を見ている。


「俺が、竜の力を託されて冒険者になった意味。それがやっとわかった気がする」


「どういうこと?」


「世界を救う英雄になるだとか、まだ見ぬ財宝を探したいだとか、そういうことじゃないんだよな。これは、守るための力なんだ」


 儚げに微笑むセリーヌの顔が浮かぶ。


「俺が好きになった人は、大きな困難に立ち向かおうとしてる。ひとりで抱えきれるようなもんじゃない。だったら、ふたりで抱えればいいんだ。俺はその苦しみに寄り添って、手を差し伸べられる存在でありたい」


 彼女が心の底から笑える日常を作りたい。


「好きになった人を守りたい。幸せにしたい。ただ、それだけなんだ」


「そのための、守る力っていうわけね」


「そういうこと」


「かっこいいじゃない。私がセリーヌさんだったら完全に堕ちてるわね。でも、あなたがそこまで入れ込んでるのは少し心配だけど」


「ちょっと待ってくれ。母さんたちの馴れ初めを初めて聞いたけど、似たようなもんだろ」


「血は争えないっていうことね」


 なぜ母親にこんなことを話してしまったのか。気恥ずかしく思っていると、側にある林から物音が聞こえてきた。

 母を後ろ手に庇い、魔法剣へ手を伸ばした。


「はわわわ……」


 飛び出してきたのは、なんとセリーヌだ。木の根につまずいたのか、よろめいている。


「こんなところで何してるんだよ?」


「おふたりが出て行った後、お父様も酔い潰れてしまって。ナルシスさんと別れて見回りに出たら、夜道で迷ってしまったのです」


「迷った挙げ句、何を慌ててるんだ」


「あの……その……(わたくし)なら完全に堕ちる、などと聞こえたもので、そんなことはありませんと、抗議しようと思ったのです」


「あのさ……って、どこから聞いてたんだ」


 呆れて言葉が出ない。それ以上に、さっきの話を聞かれていたことが恥ずかしい。


「お母様まで笑わないでください。こう見えても私は真剣に怒っているのです」


「私、セリーヌさんが大好きになりました。リュシアンのこと、これからもお願いします」


 セリーヌも母に習って深々と頭を下げている。暗闇のせいで良く見えないが、恐らく真っ赤な顔をしているに違いない。

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