11 炎の神官
夕食は、海鮮鍋を囲みながら串焼き肉とサラダが並ぶという豪勢なものになった。
両親に加え、セリーヌとナルシスがいるというのはなんとも奇妙で落ち着かない光景だ。ラグは六人掛けテーブルの端へ留まり、微妙な空気の漂う食卓を眺めている。
「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」
セリーヌは、向かいに座る両親の顔を見つめた。その瞳には好奇の色が滲んでいる。
「お父様がアラン様へ譲られたという、竜骨剣についてです。その後はリュシアンさんが手にされ、見事に使いこなしました」
「あの剣を、使いこなした?」
父から、信じられないものを見るような目を向けられている。
「まぁ、それなりには」
「いつの間にそんなものを手にしたんだい」
ナルシスは器に盛られた海鮮を口にしながら、妬みの視線を飛ばしてきた。
「そういえば、ナルシスはまともに見てないんだよな? 洞窟で捕まった後は入院してたし、霊峰で追いついてきたと思ったら、毒矢を受けてそのまま別行動だったし」
「ちょっと。冒険者っていうのは随分と危険なことばかりなのね。みんな気を付けてよ」
母が心配そうにつぶやくのを聞きながら、セリーヌは再び口を開いた。
「惜しくも、剣は戦いの中で朽ちてしまいました。ですが私は、あの剣がどういった経緯を辿ってきたのか知りたいのです。リュシアンさんから伺ったお話では、あの竜骨は炎竜王、セルジオン様の御遺骨だったとか」
「炎竜王だって!?」
驚きの声を上げるナルシスを尻目に、父は困ったように頬を掻いた。
「あの竜骨は、若い時に偶然手に入れてな。興味本位と腕試しのつもりでいじり始めたんだが、竜骨に宿る力に圧倒されて、完成までに何年もの年月を費やした。で、仕上げてみたものの、竜骨の力にやられたんだろうな。手元に置いておくのが恐ろしくなってな。奴が欲しいと頼み込んでくるんで、独り立ちの祝いに贈ってやったんだ」
「偶然手に入れられたのですか?」
いぶかしむセリーヌを見て、母が苦笑した。
「あなた、誤魔化しても仕方ありませんよ。相手は光の民の御方なんだから」
思い詰めた顔でフォークを置いた母は、向かいに座るセリーヌを見つめた。
「あの竜骨は、この大陸で奪い返したものなんです。私は炎の民の出身であり、炎竜王様に仕える炎の神官を務めていました」
「炎の神官?」
俺が間抜けな声を漏らした途端、母はセリーヌの様子を伺った。
「話してしまって大丈夫でしょうか?」
「私が話すとなれば島の掟に触れてしまいますが、お母様は既に島を離れた身。おとぎ話のひとつとして、私も聞き流すことにします」
母は黙って頷くと、俺の顔を食い入るように見つめてきた。
「あの島には五属性をそれぞれに信仰する五つの民が生活しているの。中でも、セリーヌさんが属する光の民は、各属性の中でも最高位として敬われているのね。で、それぞれの民の中からひとり、竜に仕えるための代表が選ばれるの。その人を神官と呼ぶのよ」
「代表? もしかしてセリーヌも、光の神官を務めていたってわけか?」
俺の問い掛けに、セリーヌを除く全員の顔色が変わった。
「私の話は置いておきましょう。炎の神官を務めていたお母様が、なぜアンドル大陸へ?」
「島では次代の炎竜王も育っていましたが、セルジオン様は別格だと聞き及んでいました。厳しく威厳に満ち溢れながらも、優しさも兼ね備えた御方だと。その敬愛するセルジオン様の御遺骨が、外の者たちの城に収められているという話を耳にしたんです」
当時を思い出しているのか、母の口調には怒りと悲しみが滲み出している。やはり、セルジオンが騎士団に討たれたのは事実なのか。
「なぜ、王城が炎竜王の遺骨を?」
ナルシスが、俺の思っていることをそのまま口にした。しかし、セリーヌは唇に指を当て、母へ続きを促した。
「隣国にある、シャンヴェルニー城。セルジオン様の御遺骨は長年に渡ってその地下に収められ、王が権威と武力を知らしめるための見世物にされているということでした」
込み上げる不快感を拭い去れない。セルジオンの性格からして、死してなお晒し続けられるなど耐えがたい屈辱のはずだ。
「がるるるる……」
ラグが怒りに唸る間も話は続く。
「私は居ても立ってもいられなくなりました。護衛として幾人かの戦士たちを連れ、一頭の竜に乗って島を飛び出したんです」
苦悶を滲ませ、母は言葉を続ける。
「そして私たちは王城へ忍び込みました。ですが保管庫で下手を打ち、見張りと戦いになったんです。力の差は歴然。護衛たちは私だけでも逃がそうと足掻き、御遺骨の一部を奪って、私と数名の護衛へ託したんです」
握りしめた母の手は怒りに震えている。
「竜も討たれ、いよいよ追い詰められた仲間たちは地下室で魔法を放ちました。せめてセルジオン様の魂だけでもお救いしようと、御遺骨を粉砕したんです。その最中を逃げた私ですが、追手を振り切る間に、共に逃げた護衛も減ってゆきました。サンケルクへ行けば船がある。そう思いながらも森の中で倒れて、気が付くとこの人に助けられていたんです」
両親の本当の馴れ初めを初めて知った。なんとも衝撃的な内容だ。
「主人に介抱された数日の間で、恥ずかしながら恋に落ちてしまいまして……島へ戻ることより、この人との生活を選んでしまいました。私は神官失格です」
力のない笑みには苦悩が滲んでいる。
「島へ帰れば、こちらには戻れません。護衛たちの犠牲を想うと胸が痛みましたが、それからは毎日、守り抜いた御遺骨に祈りを捧げて過ごしました。三年が経った頃でしょうか。主人が、そろそろ自分を許したらどうかと」
そう言って、父の顔を伺っている。
息子の俺から見ても母は綺麗な人だ。若い頃はとびきりの美人だったに違いない。俺が美人に弱いのも遺伝だ。そうに決まっている。
「私たちは正式に夫婦となりました。主人は破邪の祈りを込めて、御遺骨を剣の姿へと加工したんです。それがまさか、巡り巡ってこの子が振るうことになるなんて……」
驚く母から視線を逸らし、俺は隣で話を聞いているセリーヌの横顔を伺った。
「母さんの話を聞いてだいたいわかった。どうして俺に、ガルディアやセルジオンの力が宿ったのか。セルジオンの力を引き出せたのは、俺が炎の神官の息子だからってわけだ」
「リュシアンさんの力の源は、ガルディア様なのですか!?」
「ちょっと、リュシアン。どういうことなの!?」
「そのままの意味だよ。俺は選ばれて、力を託されたんだ。この街を出る前、兄貴から荷物が届いたって話しただろ。それに触った時、ガルディアから竜の力を授かったんだ」
セリーヌと母のふたりから驚きの視線を向けられている。父は我関せずと言った顔で食事を続けているし、ナルシスに至っては理解が追いつかずに固まっている。
「そういえば、セリーヌにもきちんと話してなかったんだな。俺はもう、この運命から逃れられそうにない。細かいことは知らねぇけど、災厄の魔獣も必ずぶっ倒してみせる。俺が欲しい報酬は、すぐ目の前にあるんだ」
真っ赤になってうつむくセリーヌの姿が映る。俺にはもう、彼女しか見えない。





