07 神器、神竜剣ディヴァイン
「知らないとは言わせません。以前に拝見した時から気付いていました。あの剣は、神竜剣ディヴァインですよね」
「あの剣を知ってるのか?」
「馬鹿にしないでください。一族に伝わる神器のひとつを知らないとでも? それを託された意味と重みがわからないのですか?」
普段は穏やかなセリーヌが、珍しく語気を荒らげる。右手に握った魔導杖を突き付けてくる姿は、いつもの柔らかい気配とは別人だ。
「神竜杖ディヴィセプトル。私は、これを託されてから一時も離したことはありません。入浴中でさえ側に置くほどに」
「ちょっと待ってくれ。混乱してきた」
片手で制したが、彼女はさらに詰めてきた。
「今すぐ魔獣を探しましょう。一刻も早く取り戻さなければなりません」
「は? ナルシスはいいのか?」
「そんな状況ではなくなりました」
あまりにもあっさり言い捨てられた。
「神器同士が近くにあれば、感知できます。この杖で剣の魔力を捕捉します」
「そんなことまでできるのか?」
セリーヌの眼差しが露骨に曇った。
だが、神器と呼ぶほどの代物だ。本当に大切な物に違いない。
「どこまで無知なのですか。それでよく神器を託されたものですね。竜術で感応力を増幅すれば良いだけのことです」
「竜術って……君は何者なんだ?」
一瞬驚いた顔を見せたが、セリーヌは魔導杖を水平に構え直した。細く整った指先へ魔力が集中し、空気が張り詰める。
「光竜召印」
足下に展開した魔法陣が淡く脈動し、セリーヌの濃紺の髪が揺れた。集中する横顔は、感情を一切排した神聖さすら帯びている。
「魔獣が遠くへ行っていなければ、すぐに捕捉できるはずです」
僅かな時間の後、眉間の皺がほどけた。
「位置を特定しました」
魔法陣が消え、セリーヌに手を引かれた。
「リュシアンさん、参りましょう」
「お、おう!」
「がうっ!」
なぜかラグまで意気込んで、俺のほうが完全に引っ張られていた。
※ ※ ※
「ここか……」
セリーヌに聞きたいことは山ほどあるが、「街へ戻ってから」と突き放された。神器も、竜術も、一切教える気がないらしい。
案内されたのは、先ほど俺が見当を付けていた断崖だ。切り立つ岩壁は深く抉れ、無数の穴が開いている。魔獣の巣穴にしては数が多すぎ、異様な光景だった。
「早速、仕掛けます」
杖を構え、魔力を練り始めるセリーヌ。
その腕を慌てて掴んだ。
「なぜ邪魔をするのですか」
「こんな所で派手に攻撃したら、他の魔獣が寄ってくるかもしれないだろ」
「まとめて排除します」
「即答かよ……慎重に行けって」
俺は道具袋から、握り拳ほどの灰色の玉を取り出した。
「それは何ですか?」
「煙幕玉だ。これで魔獣をあぶり出す」
玉の窪みを押して起動準備を整えると、断崖の手前へ放った。直後、白い煙が勢いよく噴き出す。
「風の魔法を使えるな? 威力を弱くして、すべての穴に煙を送り込んでくれ」
「任せてください」
セリーヌは手早く風の魔法を放った。
下草が揺れ、煙が渦を描いて断崖へ吸い込まれてゆく。
「変だな……」
「失礼ですね。私の悪口ですか?」
「そんなこと、一言も言ってねぇだろうが」
俺は断崖を勢いよく指差した。
「俺が言ったのはあっちだ。これだけの煙を送り込んでも、一匹も出てこねぇ」
唇を尖らせるセリーヌが、俺の指先の方向へ視線を向けた瞬間だった。
「危ない!」
胸を強く押され、俺は地面へ倒れ込んだ。
直後、三体のアレニエが横殴りに駆け抜けてゆく。
完全に待ち伏せだ。
「くそっ!」
剣を手に立ち上がる。木々の陰から、粘着糸でぶら下がるアレニエが次々と姿を現した。
「待ち伏せ……そんな知能があったのかよ」
恋する乙女の豆知識にも記載はなかった。シャルロットは帰ってから説教だ。
舌打ちした俺の背後で、セリーヌが杖を構え直していた。
「炎は使うな! 周りの木々ごと燃やす気か。風も倒木の下敷きになる危険がある」
途端に動きが止まった。どちらかを使おうとしていたらしい。
数十体のアレニエが包囲を狭める中、セリーヌは息を吸い、静かに詠唱した。
「氷竜零結」
夜気のような冷気が、瞬く間に森を塗り替えた。下草も幹も、迫る魔獣の影すらも凍りついた。氷の世界が一面へ広がっている。
「竜術か……すげぇ威力だな」
小太り魔導師エドモンの魔法より圧倒的だ。
だが、寒気の余韻に浸っている暇はない。戦士の勘が、首筋を鋭くかすめた。
「ラグ、来い!」
左腕をセリーヌの腰へ回し、そのまま担ぎ上げるように走る。
「きゃっ!?」
氷の範囲を抜けた瞬間、背後で乾いた音が連続した。大気を裂く電撃の音。氷は瞬時に粉砕される。
「出やがったか」
木々の陰から姿を現すアレニエ・エンセ。雌の個体は、電撃の糸を操る厄介な存在だ。
「あの……おろして頂けませんか……」
「ん? うおっ!?」
視界の端に、形の良い尻が飛び込んできてようやく気付く。セリーヌを担いだままだ。
彼女を下ろすと、木々の間からさらに巨大な影。雄のアレニエ・センドだ。
二体とも、アレニエの三倍以上の体躯だ。深緑の体は同じだが、顔に付いた大きく鋭い牙。雄は赤。雌は黄という毒々しい色だ。
「セリーヌ、雌は頼む。俺は雄をやる」
「リュシアンさん、その髪……まさか竜臨活性を!?」
「竜臨活性?」
意味はわからないが、説明は後だ。氷の上から逃れるにはこれしかなかった。
身体は羽のように軽い。地を蹴れば、瞬時に雄へ迫る。
「はっ!」
一閃。しかし深手には至らない。竜の力を纏っても、この剣では致命傷を与えられない。
雄は怒り狂い、六本の脚で踏みしめながら前脚を振り払ってくる。刃物のような爪が、木々を容易く切り裂いた。
だが、俺の身体能力も著しく向上している。攻撃を避けるのは容易だ。
粘着糸に触れれば電撃が走る。距離を取りながら隙を探していると、足裏に嫌な粘り気。
「くそっ!」
気付いた時には遅かった。目の前へ、鋭い糸の連射が迫っていた。
脇腹をかすめた瞬間、全身へ焼け付く電撃が駆け抜けた。
「があぁぁ……っ!」
意識が飛びそうなほどの激痛。視界が白く弾け、地面が揺らぐ。
そして、目の前で巨大な影が勢いよく腕を振りかざそうとしていた。
アレニエ・センドの前脚。
その一撃を受ければ、確実に死ぬ。





