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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.10 フォール編

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06 冒険者なんぞ辞めちまえ


 父は皮肉めいた笑みを浮かべると、値踏みするような目を向けてきた。


「俺のことを親父呼ばわりか。偉くなったもんだな。そういう口は一端(いっぱし)になってからきくもんだ。調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキ」


 久々の説教に気圧されてしまうが、今日はセリーヌとナルシスもいる。ふたりの前で無様な姿は見せられない。


 深く息を吐いて椅子から腰を上げると、父と真っ向から向き合った。


「上等だ。俺も一端だって証明してやるよ。これが動かぬ証拠ってやつだ」


 俺は左腕に嵌めた加護の腕輪を見せつけた。


「がう、がうっ!」


 これでどうだと言わんばかりに、ラグも俺の左肩の上で吠え立てる。


「この腕輪は冒険者ランクLの証だ。兄貴も辿り着いていない最高位まで上り詰めたんだ」


「え! 凄いじゃない!」


 嬉々とした顔をする母とは対象的に、父は浮かない表情のままだ。


「それは本物か? たとえ本物だとしても、仲間の皆さんがすこぶる優秀なだけの、お飾り冒険者なんじゃねぇのか。どうなんだ?」


「一言よろしいですか」


 口を挟んできたのはナルシスだ。


「彼の実力は本物です。先日も、その力を振るって王都を救ったばかり。彼は救世主と讃えられ、王城から直々に最高位を賜りました。そんな彼の人柄と実力に惹かれ、僕たちは行動を共にしているわけです」


「そちらのお嬢さんも同じ理由か?」


「はい、(わたくし)も同意見です」


 尚も不服そうな父は、腕組みをして唸っている。認めたくないという空気を全身から感じてしまう。


「冒険者なんぞ辞めちまえ、と言いたいのは山々だが、おまえの話が本当だとしたら、すぐにってのも難しい話みてぇだな。で、なんのために帰ってきやがった。まさか、最高位になったことを自慢するためにわざわざ来た、なんて言うんじゃねぇだろうな」


「そんなことのために来るか。実はさ、前に取り逃がした悪党に逆恨みをされていて、そいつらがこの街に近付いてるんだ。それをきっちり片付けるために来たんだ」


 変に兄貴の名前を出して、余計な心配を掛けるわけにはいかない。それに、兄貴の評判を落とすようなこともしたくない。


「逆恨みだぁ? 情けねぇ……きちんと片を付けておかねぇからそういうことになる。まぁ、その話の通りなら仕方ねぇ。自分の不始末は最後まで責任を持ちやがれ。この街に危害が及んだら承知しねぇぞ」


「わかってる。俺が必ず止める」


 決意を込めて言い放ったが、父は落ち着かない様子で目を泳がせている。その視線がセリーヌを伺っているのは明らかだ。


 いつもはどっしり構えている父が、ここまで落ち着きをなくすのは珍しい。


「その……なんだ……馬鹿息子が言っていることは本当なのか? 他にも目的があったりするんじゃねぇのか?」


 父の視線が、警戒するように俺とセリーヌを交互に伺っている。


「リュシアンさんの仰る通りです。不始末を片付けましたら、私たちはすぐに次の目的地へ向かわなければなりません」


「あら、そうなの……ゆっくりしていって欲しいのに……残念です」


 両親ともども、どこか安心したような空気を漂わせている。一体なんだというのか。


「さっきから何なんだ。ふたりも妙にぎこちないし、セリーヌもセリーヌだ。喜びを必死に堪らえようとする顔が、思わせぶりで怖いんだよ。裏で何かを画策する悪役みたいだぞ」


「そんなことはありません」


 頬を膨らませる姿すら愛らしい。そんな彼女の顔はやはり、終始にやけっぱなしだ。


「姫はきっと、君のご両親に会えたことが嬉しいのさ。いっそのこと、今ここで結婚を宣言してしまってはどうだろうか」


「は!?」


「ナルシスさん。それは困ります」


 今度は俺とセリーヌが狼狽える番だった。ナルシスは身を乗り出し、セリーヌへ迫る。


「既成事実を作ってしまえばいい。認めざるを得ない状況にしてしまえばいいんだ」


「そんなわけにはまいりません」


「ナルシス、何の話だ?」


「いや、こちらの話だ。失敬。勝手に話を脱線させてしまってすまない」


 ナルシスが姿勢を正した直後、父の大きな手が俺の肩へ置かれた。


「おおよその話はわかった。まぁ、おまえらも遠路はるばる来たんだ。客人もいる手前、一晩だけは泊めてやる。ただな、うちにはベッドも客室も足りねぇんだ。不始末が片付かなけりゃ、明日からは街の宿にでも泊まれ」


「わかった。ありがとう」


 父が持っていた不安げな気配は消えている。ナルシスの一言が、場の空気と話の流れを変えたのは明らかだ。すると今度は、母が落ち着きなく辺りを見回していた。


「リュシアン。悪いんだけど、市場まで魚を買いに行くから手伝ってちょうだい。人数も多いし、今夜は海鮮鍋にしましょう」


 早々に切り上げたいという意図を感じる。不平を言って、両親を困らせたくはない。


「鍋か。ここへ来る途中にも、水揚げしている漁船がいたな。早めに行けば、良い魚が手に入るかも」


「海鮮鍋ですか。私、魚は大好物なのです。ぜひ、お手伝いをさせてください」


 セリーヌが慌てて立ち上がる姿を見て、母は押し止めるように両手を突き出した。


「とんでもない。大事なお客様なんだから、ゆっくりしていてください。リュシアン、買い物の後で街でも案内してあげたら? それか、海水浴でも楽しんできなさいよ」


「海があるのですか!? 今日は晴れやかな気分なので、どこまでも泳げる気がします」


「はしゃぐのはいいけどな、水着はどうするつもりなんだ?」


「はっ! そうでした……」


 セリーヌが固まった直後、ナルシスはいつもの高笑いを上げて俺を見た。


「リュシアン=バティストが買ってくれるそうだ。調子に乗った彼に、卑猥な水着を選ばれないよう気を付けたまえ。まぁ、彼の場合は存在自体が卑猥だという噂もあるけれどね」


「おい、ナルシス。おまえも細切れにして、鍋の中へ放り込んでやろうか?」


「穏やかじゃないね。仮に僕の体を食べたとしたら、あまりの美味しさで卒倒だろうね」


 親の前でみっともない姿を晒すわけにはいかない。だが、卑猥という言葉をねじ込んできた辺りにナルシスの悪意を感じる。


「三人とも仲が良いのね」


 母が朗らかな笑みを見せた時だった。外で馬のいななきが響いた。


「びゅんびゅん丸!?」


 ナルシスが慌てて飛び出してゆく。

 それを追って表に出た時には、ナルシス自慢の白馬は消えていた。木柵の一部は壊れ、強い力が加えられたのは明白だ。


「僕は、びゅんびゅん丸を探しに行く。君たちはのんびりと楽しんでいてくれたまえ」


「賢い馬だ。人を傷つけるようなことはしないだろうが、何があったんだ」


「わからない。見付け次第もどるよ」


 不安を浮かべたナルシスが近付いてくる。すると、ささやくように顔を近付けてきた。


「姫から話を引き出せるかどうか。全ては君に懸かっているんだ。肝に銘じておくことだ」


「話を引き出す? どういうことだ」


 ナルシスはそれだけ言うと走り去ってしまった。どこまでも勝手な奴だ。

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