06 冒険者なんぞ辞めちまえ
父は皮肉めいた笑みを浮かべると、値踏みするような目を向けてきた。
「俺のことを親父呼ばわりか。偉くなったもんだな。そういう口は一端になってからきくもんだ。調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキ」
久々の説教に気圧されてしまうが、今日はセリーヌとナルシスもいる。ふたりの前で無様な姿は見せられない。
深く息を吐いて椅子から腰を上げると、父と真っ向から向き合った。
「上等だ。俺も一端だって証明してやるよ。これが動かぬ証拠ってやつだ」
俺は左腕に嵌めた加護の腕輪を見せつけた。
「がう、がうっ!」
これでどうだと言わんばかりに、ラグも俺の左肩の上で吠え立てる。
「この腕輪は冒険者ランクLの証だ。兄貴も辿り着いていない最高位まで上り詰めたんだ」
「え! 凄いじゃない!」
嬉々とした顔をする母とは対象的に、父は浮かない表情のままだ。
「それは本物か? たとえ本物だとしても、仲間の皆さんがすこぶる優秀なだけの、お飾り冒険者なんじゃねぇのか。どうなんだ?」
「一言よろしいですか」
口を挟んできたのはナルシスだ。
「彼の実力は本物です。先日も、その力を振るって王都を救ったばかり。彼は救世主と讃えられ、王城から直々に最高位を賜りました。そんな彼の人柄と実力に惹かれ、僕たちは行動を共にしているわけです」
「そちらのお嬢さんも同じ理由か?」
「はい、私も同意見です」
尚も不服そうな父は、腕組みをして唸っている。認めたくないという空気を全身から感じてしまう。
「冒険者なんぞ辞めちまえ、と言いたいのは山々だが、おまえの話が本当だとしたら、すぐにってのも難しい話みてぇだな。で、なんのために帰ってきやがった。まさか、最高位になったことを自慢するためにわざわざ来た、なんて言うんじゃねぇだろうな」
「そんなことのために来るか。実はさ、前に取り逃がした悪党に逆恨みをされていて、そいつらがこの街に近付いてるんだ。それをきっちり片付けるために来たんだ」
変に兄貴の名前を出して、余計な心配を掛けるわけにはいかない。それに、兄貴の評判を落とすようなこともしたくない。
「逆恨みだぁ? 情けねぇ……きちんと片を付けておかねぇからそういうことになる。まぁ、その話の通りなら仕方ねぇ。自分の不始末は最後まで責任を持ちやがれ。この街に危害が及んだら承知しねぇぞ」
「わかってる。俺が必ず止める」
決意を込めて言い放ったが、父は落ち着かない様子で目を泳がせている。その視線がセリーヌを伺っているのは明らかだ。
いつもはどっしり構えている父が、ここまで落ち着きをなくすのは珍しい。
「その……なんだ……馬鹿息子が言っていることは本当なのか? 他にも目的があったりするんじゃねぇのか?」
父の視線が、警戒するように俺とセリーヌを交互に伺っている。
「リュシアンさんの仰る通りです。不始末を片付けましたら、私たちはすぐに次の目的地へ向かわなければなりません」
「あら、そうなの……ゆっくりしていって欲しいのに……残念です」
両親ともども、どこか安心したような空気を漂わせている。一体なんだというのか。
「さっきから何なんだ。ふたりも妙にぎこちないし、セリーヌもセリーヌだ。喜びを必死に堪らえようとする顔が、思わせぶりで怖いんだよ。裏で何かを画策する悪役みたいだぞ」
「そんなことはありません」
頬を膨らませる姿すら愛らしい。そんな彼女の顔はやはり、終始にやけっぱなしだ。
「姫はきっと、君のご両親に会えたことが嬉しいのさ。いっそのこと、今ここで結婚を宣言してしまってはどうだろうか」
「は!?」
「ナルシスさん。それは困ります」
今度は俺とセリーヌが狼狽える番だった。ナルシスは身を乗り出し、セリーヌへ迫る。
「既成事実を作ってしまえばいい。認めざるを得ない状況にしてしまえばいいんだ」
「そんなわけにはまいりません」
「ナルシス、何の話だ?」
「いや、こちらの話だ。失敬。勝手に話を脱線させてしまってすまない」
ナルシスが姿勢を正した直後、父の大きな手が俺の肩へ置かれた。
「おおよその話はわかった。まぁ、おまえらも遠路はるばる来たんだ。客人もいる手前、一晩だけは泊めてやる。ただな、うちにはベッドも客室も足りねぇんだ。不始末が片付かなけりゃ、明日からは街の宿にでも泊まれ」
「わかった。ありがとう」
父が持っていた不安げな気配は消えている。ナルシスの一言が、場の空気と話の流れを変えたのは明らかだ。すると今度は、母が落ち着きなく辺りを見回していた。
「リュシアン。悪いんだけど、市場まで魚を買いに行くから手伝ってちょうだい。人数も多いし、今夜は海鮮鍋にしましょう」
早々に切り上げたいという意図を感じる。不平を言って、両親を困らせたくはない。
「鍋か。ここへ来る途中にも、水揚げしている漁船がいたな。早めに行けば、良い魚が手に入るかも」
「海鮮鍋ですか。私、魚は大好物なのです。ぜひ、お手伝いをさせてください」
セリーヌが慌てて立ち上がる姿を見て、母は押し止めるように両手を突き出した。
「とんでもない。大事なお客様なんだから、ゆっくりしていてください。リュシアン、買い物の後で街でも案内してあげたら? それか、海水浴でも楽しんできなさいよ」
「海があるのですか!? 今日は晴れやかな気分なので、どこまでも泳げる気がします」
「はしゃぐのはいいけどな、水着はどうするつもりなんだ?」
「はっ! そうでした……」
セリーヌが固まった直後、ナルシスはいつもの高笑いを上げて俺を見た。
「リュシアン=バティストが買ってくれるそうだ。調子に乗った彼に、卑猥な水着を選ばれないよう気を付けたまえ。まぁ、彼の場合は存在自体が卑猥だという噂もあるけれどね」
「おい、ナルシス。おまえも細切れにして、鍋の中へ放り込んでやろうか?」
「穏やかじゃないね。仮に僕の体を食べたとしたら、あまりの美味しさで卒倒だろうね」
親の前でみっともない姿を晒すわけにはいかない。だが、卑猥という言葉をねじ込んできた辺りにナルシスの悪意を感じる。
「三人とも仲が良いのね」
母が朗らかな笑みを見せた時だった。外で馬のいななきが響いた。
「びゅんびゅん丸!?」
ナルシスが慌てて飛び出してゆく。
それを追って表に出た時には、ナルシス自慢の白馬は消えていた。木柵の一部は壊れ、強い力が加えられたのは明白だ。
「僕は、びゅんびゅん丸を探しに行く。君たちはのんびりと楽しんでいてくれたまえ」
「賢い馬だ。人を傷つけるようなことはしないだろうが、何があったんだ」
「わからない。見付け次第もどるよ」
不安を浮かべたナルシスが近付いてくる。すると、ささやくように顔を近付けてきた。
「姫から話を引き出せるかどうか。全ては君に懸かっているんだ。肝に銘じておくことだ」
「話を引き出す? どういうことだ」
ナルシスはそれだけ言うと走り去ってしまった。どこまでも勝手な奴だ。





