30 永久追放
「で、その伝言っていうのは?」
焦るあまり、カウンターを乗り越えるような勢いで受付女性へ迫ってしまった。
わずかに上体を仰け反らせた同年代の女性だったが、すぐに仕事の顔へと戻った。
「ただ今ご用意致します。少しお待ち下さい」
女性が、奥で魔導通話石を扱う通話係へ声を掛けると、相手の男性は即座に石を操った。預けられた伝言を確認し、それが羊皮紙へと書き留められてゆく。
伝言は文字数によって料金が異なる。支払いは預け手が持つため、受け手である俺たちは一切の費用が掛からないという仕組みだ。
「こちらになります」
折り畳まれた羊皮紙を受け取り、ギルド館内の隅へ移動した。慌てて付いてきたナルシスが、横にぴたりと張り付いてくる。
「何と書いてあるんだい?」
「ちょっと待てって」
長文ではなく極めて簡素な伝言だ。左肩に乗るラグまで、紙を覗き込んでくる。
「あいつら……どういうつもりだ?」
思わず舌打ちが漏れた。怒りのあまり羊皮紙を握り潰しそうだったので、手にしたそれをナルシスへ押し付けた。
追いついてきた他の仲間たちは、俺の顔を見て怪訝そうにしている。
「リュシアンさん、どうされたのですか?」
不安を浮かべるのはセリーヌだ。
「場所を変えよう」
俺は即座にナルシスを見た。
「個室がある飲食店に案内してくれ。これからのことをそこで考える」
ギルドを出ると、颯爽と前を歩くナルシスは、店頭で次々と交渉を仕掛け始めた。
「失礼。個室でゆっくりと食事を楽しみたいのだが、こちらの店は対応可能だろうか?」
自意識過剰のような見た目と言動だが、その笑顔と爽やかさを武器に、人の懐へするりと入り込む処世術は見事だ。
数件に声を掛けると、個室付きの肉料理店が見付かった。豪華で大型の店構え。値が張りそうな高級店だが、金に糸目は付けない。
入り口からすぐの場所は、落ち着いた雰囲気を持つ広い空間だった。いくつかの丸テーブルが置かれ、奥に設けられた舞台の上では五人組の楽隊が優雅な音楽を奏でている。
その空間を通り過ぎ、奥に設けられた通路を進む。案内された先は、十人は座れるテーブルが置かれた部屋だった。壁にはいくつもの絵画が飾られ、大きな窓からは中庭が鑑賞できる造りになっている。
腰を落ち着けた俺たちは、書かれた品書きの中から適当な品を注文した。
「ルネ。いつまで見てるんですか?」
呆れた目を向けるが、少女は食い入るように品書きを凝視して顔を上げようともしない。
「まぁいいや。好きに頼んでください」
店員の姿を見送ると、テーブルに置かれたグラスを手に取った。喉を潤すつもりで飲んだ水が、とても美味しく感じられる。
中央に座った俺の左隣にナルシス。右隣はレオンだ。向かいにはセリーヌが座り、彼女を挟むようにマリーとルネが着席している。
「で、肝心の伝言だよな。ナルシスは見たはずだが、フォールの街で待つ、ってさ。あそこは俺の故郷なんだ。五の月ってことは今月だ。二十の日までに来なければ、捕えた魔導師の命は潰える、だとさ。エドモンの名義だけど、伝言の主は間違いなくモニクだ」
しかし、それ以上に気になることもある。
「でもな、モニクに会ったのはモントリニオの街だったんだ。馬車を乗り継いでも二ヶ月以上はかかる距離なんだぞ。あいつらはどうやって先回りしたって言うんだ?」
「そこは、馬を使ったんじゃないのかい?」
左隣からナルシスの声が上がる。
「それにしたって横暴だろ。あいつらも移動中だとして、指定された期日まで残り五日しかないんだぞ。間に合うわけがねぇ。エドモンの命を奪うことが前提になってる」
「リュシアン=バティストの言う通りだね。期日を守るには、現地の衛兵に連絡するなり、傭兵を差し向けることも考えたけれど、君が来なければダメだとも明記されていた」
ナルシスは両手を挙げて、お手上げだという意思を見せてきた。
「あいつらはきっと、風の魔法を使って移動を繰り返してる。モニクとエドモンがいるんだ。交互で休み休み魔法を使えば、短時間での移動も可能なはずだけど」
「なるほどな。レオンの言う通りだとすれば、先回りできる理由も納得か」
「それなら僕の出番だね。フォールだって、一日あれば十分間に合うよ」
ルネが自信たっぷりに微笑んだ。
「それは本当に助かります。王都に移動したあの速度なら、確実に間に合います」
「本気で、助けに行くつもり?」
右隣から、レオンの鋭い視線が飛んできた。
「この期に及んで、そんなぬるいことを言い出すのか……エドモンとは、モントリニオの地下闘技場で決別を済ませたはずだけど」
「おまえの気持ちは変わらないんだな?」
黙って頷く姿を確認した俺は、次いでマリーへ視線を移した。
あれだけの怒りを見せていたレオンだ。簡単に意見を曲げないだろうとは理解していた。でも、ここでマリーがエドモンを受け入れてくれたなら、あいつが助かる道もあるはずだ。
「マリーはどうだ? あいつを許してやろうっていう気持ちが少しは湧いてこないか?」
「すみません。私も気持ちは変わりません」
「どういうことなのでしょうか?」
ただならぬ気配を察したセリーヌが、深刻な顔を向けてきた。
「エドモンは俺たちを裏切ったんだ。マリーの著しい成長を疎ましく思ったあいつは、裏で人買いを手配して、マリーを攫わせたんだよ。俺たちはそれを追って、モントリニオで一悶着あってさ。結局エドモンは、人買い側の奴らに捕まっちまったんだ」
「そんなことがあったのですか……」
「まぁ、ルネにもその時、色々と助けられたってわけなんだ」
「仲間同士でいがみ合うというのは悲しいことだけど、事情が事情だけにやむを得ないということもあるでしょうね」
ルネは手持ち無沙汰な様子で、テーブルの上に両手を投げ出している。料理を待ち焦がれ、心ここにあらずといった雰囲気だ。
「で、碧色は結局どうしたいの」
「どのみち、あいつらが向かってるのは俺の故郷だ。街のみんなに被害が出ることだけは絶対に避けたい。エドモンはついでに助けて、俺たちの前から永久追放する」
「君も随分と薄情なんだね」
ナルシスに軽蔑するような目を向けられた。
「これまで苦楽を共にしてきた仲間じゃないか。少なくとも僕は、グラセールの街で介抱してもらった恩がある。彼を見捨てられない」
「だったら涼風が引き取って、パーティを組むといいよ。いつ寝首をかかれるかわからない、不安と背中合わせの旅だけど」
「レオン君。どんな相手でも、一度は更生の機会を与えるべきだと思うけれどね。君は冷めているというか、冷淡すぎる」
「涼風、そのまま返すよ。エドモンは良くて、ドミニクは許せないっていうのは筋が通らないと思うけど。あの人を受け入れるなら、俺もエドモンを追放するだけで許すけど」
「おまえら、こんな所で揉めるな。とりあえず、俺がフォールへ向かう。それでいいな?」
「水臭いじゃないか。僕も助力しよう」
「そういうことでしたら、私も同行致します」
「は? 大丈夫……なのか?」
ナルシスの声を追うように、セリーヌが力強い瞳で俺を見ていた。





