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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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06 黒い下着とFカップ


「はわわわわ……」


 俺の視線に気付いたセリーヌは、あたふたと法衣の裾を押さえた。だが、支えにしていた手を外した瞬間、あっさり背後へ倒れた。


「きゃっ!」


 長い足が跳ね上がり、またも黒い下着が覗く。必死に起き上がろうとする姿がどうしようもなく愛らしい。


「あの……助けて頂けませんか……」


 すぐさま立ち上がった俺は、倒れた彼女の手を取った。セリーヌは真っ赤な顔のまま、乱れた着衣を整えている。


 これはどう言い訳すべきか。事故とはいえ、胸まで鷲掴みにしてしまった。

 シモンがいれば、捕まっていただろう。


「ごめん! 魔獣に襲われたのかと思って……やましい気持ちはまったくない!」


 慌てて土下座をすると、なぜか横でラグまで伏せている。なんなんだコイツ。


「落下して巻き込んでしまった私にも非があります。ですから、咎めるつもりはありません。ただ……このような醜態を晒すなんて……どうか、忘れてください」


「わかった。絶対に忘れる。約束する!」


 黒い下着なんて、見ていない。絶対に。


「お顔を上げてください。ここはお互い様ですし……竜眼(りゅうがん)の力をこんなことで使っては、長老に叱られるでしょうか……」


「え? なんか言ったか?」


「いえ。なんでもありません!」


 後半は聞き取れなかったが、とにかく大事にならずに済んだ。危うく、スケベを超えて、“ケダモノ”に分類されるところだった。


 だが、土下座したまま顔を上げたため、膝上丈のスカートの奥が丸見えだ。


 再び起こった幸運、というか興奮に、胸の奥が大きく跳ねる。


「きゃっ! どこを見ているのですか!?」


 裾を押さえ後ずさるセリーヌ。その時、俺はひとつの変化に気付いた。


「その腕輪……」


 ランクEは黒いラインのはずが、セリーヌの腕輪は黄色に変わっている。


「気付かれましたか? 実は……先日、ランクDへ昇格したのです」


「昇格? まだ二ヶ月だろ!?」


 俺の最速記録に迫る勢いだ。


「本当にDなのか?」


 腕輪を見つめていると、セリーヌが胸元を右腕でそっと隠した。頬まで赤くなってゆく。


「あの……その……ぇふ、です……」


「F? そんな階級、聞いたことねぇぞ」


「はわわっ! ランクの話だったのですか!? すみません。てっきり……」


 胸を隠す手。豊かな膨らみ。

 まさかのFカップだと。なんて、けしからん体なんだ。


「紛らわしい聞き方をしないでください。下敷きにしてしまったお詫びにと答えたのに……絶対に、誰にも言わないでくださいね」


 ぷくっと頬を膨らませ、本当に可愛い。


 それになぜだろう。一緒にいると妙に落ち着く。柔らかな笑みは、包まれるような安らぎさえ与えてくれる。惹き付けられ、心を持って行かれる。


 だが、Fと聞いてしまうと、視線が嫌でも吸い寄せられてしまう。


「いやらしい目で見ないでください。それに……ふたりきりだなんて」


「まだそんなこと言ってるのか」


 ギルドで見かけるたび、彼女は微妙に距離を置いていた。俺だって傷つくんだぞ。


「そういえば話の途中でしたね……ランクDになれたのは、ナルシスさんが同行してくださったお陰なのです」


 思い出したように話を戻してきたが、天然な性格は相変わらずだ。

 だが、昇格にあの男が絡んでいたと知り、胸の奥がざらりとした。


 ナルシスと組めば依頼ランクはCまで広がる。俺もフェリクスさんと旅をしてAまで駆け上がった。裏技だが、理にかなっている。


「だったら、俺を誘ってくれれば……」


「あなたがスケベなのは間違いありません。それに、ナルシスさんが頻繁に声を掛けてくださって……今日もこうして魔獣討伐に……」


 あいつに先を越されるわけにはいかない。


 セリーヌは、絶対に欲しい戦力だ。もちろん下心がゼロとは言わないが、それ以上に本気で誘いたかった。だが、告白のようで気恥ずかしく、結局一度も言い出せなかった。


 でも、ナルシスに取られるくらいなら。


「だったら、俺とパーティを……」


「あぁっ!」


 突然の叫びに、ラグが俺の肩から転がり落ちた。


「ナルシスさんを忘れておりました。まだ、上で魔獣と戦っていらっしゃるはずです」


「あいつなら大丈夫だろ」


「そうはいきません。ナルシスさんは……すごいものを持っていらっしゃるのです」


「すごいもの?」


「本当に驚きました! あれほど大きなものは初めてで……中にも入りきりませんし、口になんてとても……」


 なにやら興奮しているが、卑猥なことしか想像できない。

 細くくびれた腰と、蕾のような薄紅色の唇に視線が向いてしまう。


「中にも口にも入りきらない、って……」


 世界が、砕けた。

 至宝が、他の男に(けが)された。


「言葉が足りませんでしたね。ボンゴ虫です! 大きな成虫をたくさん見つけて。私の道具袋の中には入りきらず、ナルシスさんのリュックへ詰めて頂いたのです」


 紛らわしい。ナルシスに怒りを感じた自分が恥ずかしいだろうが。


「じゃあ、あいつは今、ボンゴ虫でパンパンのリュックを背負って戦ってるのか?」


「はい。きっと」


 見たい。そして大笑いしてやりたい。


「ボンゴ虫はどうでもいいけど、見に行こう」


「お待ちください!」


 なんだか険しい顔をしている。


「いま……なんと仰いました? ボンゴ虫はどうでもいい? 謝罪してください!」


「え? そこ!?」


 セリーヌは革袋を探り、丸々と太った手乗りサイズのボンゴ虫を取り出した。

 本当にデカい。そして気色悪い。


「この子が代表です。さぁ、早く!」


「どうもすみませんでした……」


「もっと感情を込めて! 食堂でお客様に謝罪する時も、そのような態度なのですか?」


「誠に申し訳ございませんでしたっ!」


 とんでもない鬼隊長だ。帰りたい。


「反省しているようなので、今回は許します。以後、気を付けてください」


 満足げに微笑み、ボンゴ虫をしまう。


 豊満な胸を掴み、黒い下着まで見てしまった以上に、ボンゴ虫でここまで怒るとは理解不能だ。いや、もうこの悪夢は忘れよう。彼女との間に起こった運命の悪戯さえ記憶していられたらそれでいい。きっとそれだけで幸せな気持ちになれるから。


 あぁ。俺、吟遊詩人になれるかも。


 少しでも挽回しなければならない。思考を冒険者仕様に切り替えた。


「ところで、討伐の記録はちゃんとやってるか? 横取りされないようにな」


「ナルシスさんから教わりました」


「念のための確認だ。加護の腕輪に付いた、魔力映写(まりょくえいしゃ)の機能について説明してみてくれ」


「はい。静止映像を記録するための機能ですよね。腕輪の位置情報と映写の記録日時で信憑性を管理し、報酬受領の不正を防止している、と伺いました」


「そういうことだ。でもな、最近は随分と物騒になっててさ……」


「それについても伺っております。討伐直後の疲弊した冒険者を襲う同業者や盗賊も増えているというお話ですよね?」


「そうなんだよ。報酬を得るには受注者が持つ加護の腕輪が必要なんだけど、それを奪って、本人になりすまして金を受け取るって犯罪が横行してるらしくてさ。セリーヌも気をつけろよ」


「はい。貴重な助言をありがとうございます」


 利益を求めて人同士が争うとは嫌な時代だ。

 そんなことを思っていると、セリーヌはふと険しい表情になった。


「リュシアンさん……気付いていらっしゃいますか? この森に漂う不穏な魔力。ランクールで感じたあの力に似ています」


「俺にはわからねぇけど……セリーヌが言うなら間違いねぇだろ。ってことは、ここが“蜘蛛に囚われた森”で間違いなさそうだな」


 手応えのある確信が胸に落ちた。


「この森が?」


「どうせ、ここを選んだのもナルシスだろ? 強い魔獣を倒せば報酬も跳ね上がる。ちょうどいい。ランクールの一件に絡んでた、終末の担い手。あの男を見つけて、今度こそ止めるぞ」


 剣を抜くと、セリーヌの顔色が変わった。


「リュシアンさん、その剣は!?」


「借り物だ。俺の剣は魔獣に奪われて、そいつを探してるところだ」


 彼女の顔から血の気が引いていく。


 そういえば、セリーヌはあの神竜剣に異様なほど興味を示していた。

 ランクールから戻る際も、見せて欲しいとせがまれたくらいだ。


「軽率ではありませんか? 神器(じんぎ)を奪われた重大さを、理解していらっしゃいますか」


「神器?」


 迫り来る気迫に、俺はただつぶやくしかなかった。

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