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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.09 オーヴェル湖編

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17 竜の連撃


 ブリュス=キュリテールが怒りの咆哮を轟かせる。それを耳にして、三つ首すべてが同じように痛みと怒りを感じるのだろうかなどと、どうでもいいことが頭を過ぎった。


 だが、水竜女王と同等の巨体だ。俺が加えた一撃など些細な切り傷に過ぎないだろう。現に目の前には、大蛇の尾が大きな口を開いて襲いかかって来ている。


「だらあっ!」


 迫る大蛇の顔を蹴りつける。その反動を利用して、即座に横へ飛び退いた。

 そうして着地した矢先、敵の左肩へ乗る黒豹の顔が、大きな魔力球を吐き出してきた。


 魔法剣を大上段から一閃。中心からふたつに分断された魔力球が、俺を避けるように左右へ分かれて通り過ぎる。それらが背後で弾けた直後、強い爆風に煽られてしまった。


 俺が体制を崩すことを見越していたように、ブリュス=キュリテールが猛烈な勢いで飛び掛かってきた。


「ちっ!」


 舌打ちしながらも、追い風の勢いに乗って敵へ突進。足から滑り込み、敵の腹の下を勢いよくかいくぐった。


地竜裂破ヴォロンテ・ラ・テール!」


 耳に届いたのはセリーヌの声。魔獣の腹下を抜けて振り向くと、敵は着地の寸前に発生した地割れに左前足を取られていた。


 魔獣の巨体が大きく傾くと同時に、ラファエルが驚異的な跳躍力で飛び上がった。


 この隙を見逃すような男じゃない。魔獣の背中へ狙いを定めたラファエルを追って、俺もすかさず追撃を繰り出した。


炎纏(えんてん)竜爪閃(りゅうそうせん)!」


 横薙ぎに振り抜いた軌跡に沿って、炎の斬撃が生まれた。三本へ分裂したそれは、竜の爪を思わせる荒々しさを伴って、魔獣の右腰へ傷跡を刻む。


雷鋭(らいえい)竜飛閃りゅうひせん


 矢継ぎ早に攻撃が繰り出される。ラファエルの剣先から迸る紫電の斬撃が、魔獣の背中へ一撃を見舞った。


 怒りに吠える魔獣が激しく身悶えた。その勢いにラファエルの体は容易く弾かれ、敵は亀裂に飲まれた前足を引き抜いた。だが、その背後にはセリーヌが飛び込んでいる。


光竜滅却(リミテ・リュミエール)!」


 彼女が突き出した魔導杖(まどうじょう)の先端へ光球が生まれた。急速に膨れ上がったそれが、まばゆい閃光を散らして爆散。直後、魔獣の口から大きな悲鳴が漏れた。


 轟音と共に土砂が弾ける。ブリュス=キュリテールの巨体は大きく弾き飛ばされ、木々を薙ぎ倒しながら林の奥へと飲み込まれた。


 竜の力の連撃に、多少なりとも手応えを感じる。倒せないまでも傷は負わせたはずだ。


「あの戦いで受けたはずの傷が消えている」


 セリーヌは息を整えながら、林の奥を不安げに見つめていた。しかし、思い出したように我へ返ると、倒れたままの水竜女王を慌てて振り返った。


「リュシアンさん。魔獣をもうしばらく食い止めてください。(わたくし)はその間に、プロスクレ様へ治療を(こころ)みます」


「治療? 癒やしの魔法が効くのか?」


 俺の問い掛けに、セリーヌは泣き出しそうな顔で首を横へ振るう。


「私も初めてなのでなんとも。それにあの大きな体ですから、どれほどの魔力を注げば足りるのか見当もつきません」


「やるしかないんだよな。こっちは任せろ」


「お願い致します」


 走り去るセリーヌの先には、仰向けになったままの水竜女王の姿が見える。


 落下の衝撃で気を失ったのか、ぐったりして動く気配がない。彼女が目覚めてくれないと、撤退することすらできないというのに。


 舌打ちを漏らして視線を漂わせれば、油断なく剣を構えるラファエルと目が合った。すると、敵意を込めた視線に射抜かれる。


「貴様、無駄話とは随分と余裕だな。あの魔獣を仕留めるには、竜臨活性(ドラグーン・フォース)が使えるうちに畳み掛けるしかないんだぞ」


「わかってる。でも、倒せるとは思ってねぇ」


「馬鹿が。そんな後ろ向きな気構えで勝てる相手だと思うか? あののろまども。ゴリラごときに、いつまで手こずるつもりだ」


 ラファエルが言っているのは、レオンたちのことだろう。拡声魔法を通じて、戦いの音だけはこちらにも聞こえ続けている。


 魔法を帯びたレオンの斬撃に加え、モルガンとギデオンも得意技を持っているようだ。


 モルガンの重々しい一撃と、ギデオンの弓矢による連撃、そしてグレゴワールの唱える魔法を駆使して、赤ゴリラを徐々に追い込んでいる様が伝わって来ている。


「ラファエル。文句を言うのは勝手だけどな、あのゴリラも相当頑丈な相手だ」


「無駄話は終わりだ。来るぞ」


 ラファエルの緊張を帯びた声と共に、ブリュス=キュリテールの巨体が木々を掻き分け、上空へ勢いよく飛び上がった。


「あの野郎……」


 その光景に言葉を失った。上空へ浮かんだ魔獣。三つの頭がそれぞれに大口を開けた鼻先へ、巨大な魔力球が発生している。あんなものを落とされてはひとたまりもない。


「どうすりゃいいんだ……」


「僕の魔法で、ふたりを上空へ飛ばします。あの攻撃が来る前に破壊してください」


 いつの間にか、俺とラファエルの中間地点にミシェルが滑り込んできた。外見もだが、声音まで女性のように綺麗な人物だ。俺が男だと決めつけているだけなのかもしれない。


「やるぞ、碧色」


「それしかないな。でも、ここからじゃ遠すぎる。もっと距離を詰めるぞ」


 三人で走り出した直後だった。背後で、爆発音とセリーヌの悲鳴が上がった。


 咄嗟に視線を向けると、倒れたセリーヌの奥へユーグが立っている。姿が見えないと思っていたあいつだが、好機を伺って身を潜めていたのだろう。


闇捕創造(ラクレア・キャブル)


 セリーヌの体を中心に、黒い光が蜘蛛の巣のように八方へ広がった。拘束された彼女の体が、見えない力で宙へ持ち上がってゆく。


「んふっ。大人しくと言っても君は黙殺。残念だが、ここで終息」


 ユーグとセリーヌの間にも数メートルの距離がある。今から引き返しても間に合わない。


「碧色、魔獣に集中しろ! あれを落とされたら、どのみち全滅だ」


「くそっ!」


 助けに行きたい衝動を必死に押し止める。どうにか堪えてもらうしかない。間もなく、ブリュス=キュリテールの迎撃範囲へ入る。あれを破壊した後で間に合うだろうか。


「ふたりとも、行きますよ。空駆創造(ラクレア・シエル)


 ミシェルの魔法を受け、俺たちの体は風に舞う葉のように、軽々と宙へ浮かび上がった。


 俺の視界は既に敵の巨影を捉えている。迎撃の準備は整った。


竜牙天穿(りゅうがてんせん)!」


雷影轟撃(らいえいごうげき)!」


 俺の剣先からは、馬車を飲み込むほどの巨大な魔力球。そしてラファエルの剣先からも、紫電の(ほとばし)る同大の魔力球が飛んだ。


 これらが爆発を起こした時、どれだけの威力を持つかはわからない。だが、今はこの一撃に賭けるしかない。


 そして、ふたつの魔力球が魔獣の魔力球を直撃しようというその瞬間、魔獣は俺たちをあざ笑うかのように更に上空へと逃れた。


「嘘だろ?」


 絶望を抱えて着地した俺たちへ、魔獣の吐き出した魔力球が迫る。時を同じくして、ユーグが紡ぐ攻撃魔法の詠唱を耳に捉えていた。

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