17 竜の連撃
ブリュス=キュリテールが怒りの咆哮を轟かせる。それを耳にして、三つ首すべてが同じように痛みと怒りを感じるのだろうかなどと、どうでもいいことが頭を過ぎった。
だが、水竜女王と同等の巨体だ。俺が加えた一撃など些細な切り傷に過ぎないだろう。現に目の前には、大蛇の尾が大きな口を開いて襲いかかって来ている。
「だらあっ!」
迫る大蛇の顔を蹴りつける。その反動を利用して、即座に横へ飛び退いた。
そうして着地した矢先、敵の左肩へ乗る黒豹の顔が、大きな魔力球を吐き出してきた。
魔法剣を大上段から一閃。中心からふたつに分断された魔力球が、俺を避けるように左右へ分かれて通り過ぎる。それらが背後で弾けた直後、強い爆風に煽られてしまった。
俺が体制を崩すことを見越していたように、ブリュス=キュリテールが猛烈な勢いで飛び掛かってきた。
「ちっ!」
舌打ちしながらも、追い風の勢いに乗って敵へ突進。足から滑り込み、敵の腹の下を勢いよくかいくぐった。
「地竜裂破!」
耳に届いたのはセリーヌの声。魔獣の腹下を抜けて振り向くと、敵は着地の寸前に発生した地割れに左前足を取られていた。
魔獣の巨体が大きく傾くと同時に、ラファエルが驚異的な跳躍力で飛び上がった。
この隙を見逃すような男じゃない。魔獣の背中へ狙いを定めたラファエルを追って、俺もすかさず追撃を繰り出した。
「炎纏・竜爪閃!」
横薙ぎに振り抜いた軌跡に沿って、炎の斬撃が生まれた。三本へ分裂したそれは、竜の爪を思わせる荒々しさを伴って、魔獣の右腰へ傷跡を刻む。
「雷鋭・竜飛閃」
矢継ぎ早に攻撃が繰り出される。ラファエルの剣先から迸る紫電の斬撃が、魔獣の背中へ一撃を見舞った。
怒りに吠える魔獣が激しく身悶えた。その勢いにラファエルの体は容易く弾かれ、敵は亀裂に飲まれた前足を引き抜いた。だが、その背後にはセリーヌが飛び込んでいる。
「光竜滅却!」
彼女が突き出した魔導杖の先端へ光球が生まれた。急速に膨れ上がったそれが、まばゆい閃光を散らして爆散。直後、魔獣の口から大きな悲鳴が漏れた。
轟音と共に土砂が弾ける。ブリュス=キュリテールの巨体は大きく弾き飛ばされ、木々を薙ぎ倒しながら林の奥へと飲み込まれた。
竜の力の連撃に、多少なりとも手応えを感じる。倒せないまでも傷は負わせたはずだ。
「あの戦いで受けたはずの傷が消えている」
セリーヌは息を整えながら、林の奥を不安げに見つめていた。しかし、思い出したように我へ返ると、倒れたままの水竜女王を慌てて振り返った。
「リュシアンさん。魔獣をもうしばらく食い止めてください。私はその間に、プロスクレ様へ治療を試みます」
「治療? 癒やしの魔法が効くのか?」
俺の問い掛けに、セリーヌは泣き出しそうな顔で首を横へ振るう。
「私も初めてなのでなんとも。それにあの大きな体ですから、どれほどの魔力を注げば足りるのか見当もつきません」
「やるしかないんだよな。こっちは任せろ」
「お願い致します」
走り去るセリーヌの先には、仰向けになったままの水竜女王の姿が見える。
落下の衝撃で気を失ったのか、ぐったりして動く気配がない。彼女が目覚めてくれないと、撤退することすらできないというのに。
舌打ちを漏らして視線を漂わせれば、油断なく剣を構えるラファエルと目が合った。すると、敵意を込めた視線に射抜かれる。
「貴様、無駄話とは随分と余裕だな。あの魔獣を仕留めるには、竜臨活性が使えるうちに畳み掛けるしかないんだぞ」
「わかってる。でも、倒せるとは思ってねぇ」
「馬鹿が。そんな後ろ向きな気構えで勝てる相手だと思うか? あののろまども。ゴリラごときに、いつまで手こずるつもりだ」
ラファエルが言っているのは、レオンたちのことだろう。拡声魔法を通じて、戦いの音だけはこちらにも聞こえ続けている。
魔法を帯びたレオンの斬撃に加え、モルガンとギデオンも得意技を持っているようだ。
モルガンの重々しい一撃と、ギデオンの弓矢による連撃、そしてグレゴワールの唱える魔法を駆使して、赤ゴリラを徐々に追い込んでいる様が伝わって来ている。
「ラファエル。文句を言うのは勝手だけどな、あのゴリラも相当頑丈な相手だ」
「無駄話は終わりだ。来るぞ」
ラファエルの緊張を帯びた声と共に、ブリュス=キュリテールの巨体が木々を掻き分け、上空へ勢いよく飛び上がった。
「あの野郎……」
その光景に言葉を失った。上空へ浮かんだ魔獣。三つの頭がそれぞれに大口を開けた鼻先へ、巨大な魔力球が発生している。あんなものを落とされてはひとたまりもない。
「どうすりゃいいんだ……」
「僕の魔法で、ふたりを上空へ飛ばします。あの攻撃が来る前に破壊してください」
いつの間にか、俺とラファエルの中間地点にミシェルが滑り込んできた。外見もだが、声音まで女性のように綺麗な人物だ。俺が男だと決めつけているだけなのかもしれない。
「やるぞ、碧色」
「それしかないな。でも、ここからじゃ遠すぎる。もっと距離を詰めるぞ」
三人で走り出した直後だった。背後で、爆発音とセリーヌの悲鳴が上がった。
咄嗟に視線を向けると、倒れたセリーヌの奥へユーグが立っている。姿が見えないと思っていたあいつだが、好機を伺って身を潜めていたのだろう。
「闇捕創造」
セリーヌの体を中心に、黒い光が蜘蛛の巣のように八方へ広がった。拘束された彼女の体が、見えない力で宙へ持ち上がってゆく。
「んふっ。大人しくと言っても君は黙殺。残念だが、ここで終息」
ユーグとセリーヌの間にも数メートルの距離がある。今から引き返しても間に合わない。
「碧色、魔獣に集中しろ! あれを落とされたら、どのみち全滅だ」
「くそっ!」
助けに行きたい衝動を必死に押し止める。どうにか堪えてもらうしかない。間もなく、ブリュス=キュリテールの迎撃範囲へ入る。あれを破壊した後で間に合うだろうか。
「ふたりとも、行きますよ。空駆創造」
ミシェルの魔法を受け、俺たちの体は風に舞う葉のように、軽々と宙へ浮かび上がった。
俺の視界は既に敵の巨影を捉えている。迎撃の準備は整った。
「竜牙天穿!」
「雷影轟撃!」
俺の剣先からは、馬車を飲み込むほどの巨大な魔力球。そしてラファエルの剣先からも、紫電の迸る同大の魔力球が飛んだ。
これらが爆発を起こした時、どれだけの威力を持つかはわからない。だが、今はこの一撃に賭けるしかない。
そして、ふたつの魔力球が魔獣の魔力球を直撃しようというその瞬間、魔獣は俺たちをあざ笑うかのように更に上空へと逃れた。
「嘘だろ?」
絶望を抱えて着地した俺たちへ、魔獣の吐き出した魔力球が迫る。時を同じくして、ユーグが紡ぐ攻撃魔法の詠唱を耳に捉えていた。





