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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.09 オーヴェル湖編

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15 ただならぬ事態


 相変わらず凶悪な気配を漂わせる男だ。油断ならない相手だが、こうして共に戦うとなると妙に心強いのだから不思議なものだ。


 そして、ミシェルと呼ばれている人物も相当なやり手だ。セリーヌが仕掛けた風の魔法で体が軽くなっているということもあるが、自身も風の魔法を自在に操り、空を飛ぶかのような跳躍で地上と空を行き来している。


 風の魔法を地面へ打ち付け浮力を得ると、飛び上がった先で大鷲型魔獣を撹乱。いつの間にか、背中から槍を取り出していた。


鋭薙旋風(テギン・ルビヨン)!」


 渦のように体を大きく旋回させ、大鷲型魔獣を斬り刻む。シルヴィさんの技に似ているが、あの人の攻撃は縦回転だ。横回転をするミシェルの技の方が攻撃範囲は広い。アンナの技と良い勝負になるかもしれない。


 十体はいたはずの魔獣は、あっという間に半分にまで減少。ラファエルとミシェルのお陰で、俺達の出番はないかもしれない。


「あの技術、(わたくし)にもできるでしょうか?」


 跳ねるミシェルの姿を目にして、隣を走るセリーヌがそんなことを言い出した。


「できないことはないだろうけど、やめておけ。下着が丸見えになるぞ」


 俺の言葉を聞いたセリーヌは途端に悲しそうな顔をして、軽蔑の眼差しを向けてきた。


「そうではありません。魔法をあのように扱うという発想が、私にはありませんでした」


「セリーヌは生真面目だからな。柔軟で臨機応変な対応は苦手そうだ」


 俺が苦笑すると同時に、頭上へ展開してくれている氷壁(ひょうへき)へ再び矢が突き刺さる。


「でも、臨機応変って意味ではこの氷壁も同じか。攻撃用の魔法を守りに使うっていうのは機転が利いてるな」


「咄嗟の判断でしたが、マリーさんのお陰です。風の補助魔法を見て思いついたのです」


「とんでもない! 女神様からお褒め頂くだなんて、私ごときには身に余る光栄です。いざとなれば身を挺してでもお守り致します」


 後ろを走っていたマリーは、恥ずかしさに赤面しながら早口でまくし立てた。


 セリーヌに会えたことが本当に嬉しいのだろう。興奮した面持ちから、溢れ出しそうな感情が手にとるように伝わってくる。


「マリーさんに万が一のことがあれば、私が困ってしまいます。自分より若い命を危険に晒すなど、とても耐えられません」


 セリーヌは、思いつめたように真剣な横顔だった。ここではないどこかを見つめているような物憂げな眼差し。それに釘付けになった途端、ナルシスの高笑いが聞こえてきた。


「はーっはっはっ。姫、それからマリー君も安心してくれたまえ。このナルシスがいる限り、あなた方を必ず守り抜きます!」


「頼むぞ、ナルシス。その場面がすぐ間近に迫ってるんだからな」


 突破口は開かれた。左手には煙を上げる洞窟が迫り、上空では水竜女王が鳥型魔獣に囲まれ続けている。

 加えて、黒装束の姿もちらほら確認できる。地上から射掛ける隊と、鳥型魔獣の背中に乗って射掛ける隊など、いくつかの小隊に分かれて行動しているようだ。


「おい、馬鹿ども。無駄話をしている暇があるなら手を動かせ」


 いつの間にか、ラファエルが並走している。呆れ顔で俺達を睨むその目には、敵意がありありと浮かんでいるのがわかった。


「魔獣は片付いたのか?」


「残りはミシェルに任せてきたところだ。あの程度、すぐに片付く。細切れに引き裂かれた黒装束の死体を目に焼き付けておくんだな。あれは未来のおまえたちだ」


「勝手に言ってろ」


 生意気な小僧のたわごとはうんざりだ。王都で叩きのめしたというのに、全く懲りていないとは厄介な男だ。


「コーム! ロラン!」


 突然、セリーヌが叫んだ。


 頭上へ展開していた氷壁を解き、洞窟方向へ向かってしまう。彼女が向かう先に、黒装束に取り囲まれたふたりの老剣士を確認した。囲む敵は三人だが、俺達の敵じゃない。


 セリーヌを追うと、すかさずラファエルが付いてきた。俺達は老剣士たちを狙う敵へ、剣の切っ先を向けて身構えた。


炎纏(えんてん)竜薙斬(りゅうていざん)!」


雷影(らいえい)竜飛閃(りゅうひせん)!」


氷竜零結(ヴォロンテ・グラッセ)!」


 黒装束のひとりは炎に包まれ消失。ふたり目は紫電に引き裂かれ絶命。そして三人目は(またた)く間に氷の彫像と化していた。


「目障りだ」


 ラファエルは凍りついた敵を正面から蹴りつけた。足首から折れた彫像が地面に倒れ、その勢いで粉々に砕け散る。


「相変わらず容赦のない奴だな」


「馬鹿が。氷が溶けた時に命があったらどうするつもりだ。狙われるのはこっちだ。()れる時には()る。戦いの基本だ」


「俺は殺さなかっただろうが」


「貴様には利用価値があっただけのことだ。それに下手な冒険者に手を出せば、後々面倒なことになりそうだったんでな」


 薄ら笑いを浮かべるラファエルから目を逸らすと、老剣士たちと話しているセリーヌの姿が目に付いた。


「ふたりとも無事で何よりです。それで、オラースはどうしたのですか?」


 彼女の問い掛けに、コームが悲痛な面持ちで首を振った。


「風の魔法でセリーヌ様を洞窟外へ逃した後、あの爆発に巻き込まれました」


「そんな……」


「セリーヌ様を守るという、大事なお役目を果たしたのです。彼は立派でした」


 コームの隣に立つ、ロランと呼ばれた老人は目頭を押さえた。コームと同じく五十歳前後といったところか。ややふっくらとした体型に纏った鎧が、いささか苦しそうにも見える。温厚そうな外見は、コームよりも取っつきやすそうな印象を受けた。


「お主、なぜここに?」


 コームからの突き刺すような視線を受け、緊張と共に警戒してしまう。


「プロスクレと約束があってな」


「なぜゆえに、お主のような者と?」


 俺を良く思っていないのはわかっているが、今は無駄な争いをしている場合じゃない。


「んふっ。招かれざる客人まで加わるとは想定外。邪魔立てするなら即刻排除」


 頭上から、ユーグの声が降ってきた。空を舞う大型魔獣の群れに紛れ、どこにいるのかまではわからない。


「俺達を排除したいって言うなら、今すぐ出て来いよ。怖じ気付いてるんだろ?」


「笑止。時は満ちた……」


「ユーグ殿、ようやくですか。私は随分と多くの部下を失いました。状況も複雑になってきたので、ここは引かせて頂きます」


 ユーグに続き、黒装束のセヴランの声が聞こえてきた。次いで指笛の音が響き、辺りの黒装束たちが一斉に反応を示した。


 そうして彼らが身を引くと同時に、地の底から呻くような咆哮が辺りを震わせた。


「赤ゴリラか?」


 慌てて視線を向けるが、あの魔獣は未だレオンたちと戦いを続けている。何かそれ以外の存在が現れたということだ。しかし、俺は見逃さなかった。あの赤ゴリラすらその声に怯え、身を固くしたことを。


「この声は……まさか……」


 セリーヌの声が震え、その額には冷や汗が滲んでいる。コームとロランの強張った表情に、ただならぬ事態が迫っていることを悟ってしまった。

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