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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.09 オーヴェル湖編

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12 炎を司る赤


「雑魚をどれだけ集めようと、ムダだってことを思い知らせてやるよ」


 ユーグから視線を外し、頭上で羽ばたくラグの姿を捉えた。


「来い」


 右手の痣へラグの姿が吸い込まれる。直後、体中の血が沸騰したように、奥底から大きな力が沸き起こった。腹部を起点にした爆発が全身へ広がり、視界に映る前髪は黒から銀へと色を変えてゆく。


「赤ゴリラごと、まとめて刻んでやるよ」


「んふっ。あそこにいるゴフェロスのことか? 並の魔獣と思わぬ方が身のためだ」


 ユーグの声と重なるように、俺の耳はセリーヌの詠唱を捉えていた。


 恵みの(あかし)、母なる大地……


 生命(いのち)の証、静寂の水……


 躍動の証、猛るは炎……


 自由の証、(そら)駆ける風……


 力の証、蒼を裂き、


 轟く(いかづち)、我、照らす。


 詠唱が終わると共に、背中まで伸びる濃紺の髪が黄金色(こがねいろ)へ染まる。セリーヌから感じる気配が一段と力強さを増した。


 前方に立つユーグは笑みを浮かべて俺達を見ている。本体でないことからの余裕か。はたまた勝算を見込んでの余裕なのか。その笑みを崩すことなく、隣の黒装束に目をやった。


「セヴラン、ここは私が。君は竜を」


 黙って頷く黒装束。身をかがめたその姿が、水竜女王を目掛けて動き出す。


「させるかよ」


 それを追って俺が駆け出した瞬間が、戦いの合図となった。俺達を包囲する黒装束たちが、手にした弓を構えて一斉に射掛けてきた。


飛竜斬駆(ヴォロンテ・ヴァン)


炎纏(えんてん)竜翻衝(りゅうはんしょう)!」


 セリーヌの魔法顕現(けんげん)速度が、俺の反応を上回っていた。


 全方位へ強風が吹き荒れ、襲い来る矢をことごとく跳ね除ける。それどころか、俺を中心に広がった炎の壁も風を受け、勢いを増して黒装束たちを襲った。


 炎に包まれて悶える敵たちを避け、すぐにセヴランの背中を追った。竜臨活性(ドラグーン・フォース)で強化された脚ならすぐに追いつける。


「碧色、横に飛べ!」


 背後から、レオンの鬼気迫る声が聞こえた。


 導かれるように左へ飛び退いた直後、頭上から降ってきた巨影が地面に大きく跳ねた。


「は?」


 それは、枝葉を撒き散らして転がる一本の巨木だった。呆気に取られると同時に、横手から迫る強い殺気を感じた。


 改めて確認するまでもない。俺を目掛けて、赤ゴリラが信じられないほどの跳躍力で躍りかかってきたのだ。


 祈るように両手を組み合わせた魔獣が、それを頭上へ高々と掲げている。振り下ろされた拳は巨大な(つち)と見紛うほどの破壊力を伴い、大地を揺らし、巨大な窪みを刻んだ。


 だが、どれほど強烈な攻撃だろうと当たらなければ意味がない。俺は既に、その場を飛び退いている。


「遅せぇんだよ」


 着地と同時に腰を落とし、脇へ構えた愛用の魔法剣を両手で強く握った。


炎纏(えんてん)竜爪閃(りゅうそうせん)!」


 上段から振り降ろした一閃に沿って、炎の斬撃が発生。三本へ分裂したそれは、竜が振るう鉤爪を思わせる荒々しさで空を裂く。


 すると前方に立つ赤ゴリラは、顔を守るように素早く両腕を組んだ。

 無駄な抵抗を見ているようで、思わず笑みが漏れてしまう。そんなことで竜の爪を防げるはずがない。


 勝利を確信しながら、勢いよく地面を蹴った。早くセヴランを追わなければならない。今は水竜女王の救出が最優先だが、セリーヌの仲間が見当たらないのも気掛かりだ。


 直後、俺の目は信じられないものを捉えた。


 竜の爪は確かに魔獣を直撃した。三本の斬撃は、敵の腕と腹部へしっかりと傷跡を刻んでいる。しかしそれだけ。これまで大型魔獣や巨人を切り裂いてきた強烈な斬撃だが、なぜかこの赤ゴリラには致命傷となり得ない。


「碧色、ぼさっとするな」


 レオンに追いつかれると同時に、荒ぶる魔獣が凄まじい雄叫びを上げた。その全身から、灼熱を思わせる膨大な熱が吹き荒れる。


「碧色、あんたとあいつじゃ相性が悪い。おそらく炎の耐性を持ってる」


「そういうことか」


 威嚇のために赤い体毛を生やしているのかと思っていたが、炎を(つかさど)る赤というわけだ。


「くそっ。剣に魔力を付与すればいいんだろうけど、力は温存しておきたいな」


「碧色。俺の獲物を横取りするつもり? 竜を助けるつもりなら、さっさと行った方がいいと思うけど」


「悪い」


 レオンに礼を言うと、視界の端ではセリーヌとユーグが魔法戦を繰り広げていた。その奥ではナルシスとマリーが、手負いの黒装束へ次々と止めを刺している。


 素性のわからない黒装束を生け捕りにして、情報を引き出したいところだが、王城での戦いのように自害されてしまうだろう。


 ルネの姿が見えないが、恐らく先程逃げ出してしまった馬の背に跨ったままだ。無事ならいいのだが、彼女の支援に回る余裕がない。


 舌打ちと共に再び駆け出すと、隣へ寄り添うように大きな影が並んだ。


「は?」


 赤ゴリラに肉薄されている。巨体の割に、異様ともいえる俊敏さだ。レオンでさえ反応できないことが正直意外だった。


 敵が右拳を振り上げるのが見えた。並走しながら殴りかかってくるつもりだ。強化された脚力でも振り切ることができない。


「ちっ!」


 魔獣の拳が突き出される瞬間を見計らい、俺は苛立ちを堪えて即座に後退した。


 轟音と共に巨大な拳が繰り出され、眼前で空を薙ぐ。まるで赤い小山を思わせる巨体だ。

 そんなことを考えた矢先、突き出された腕はしなやかさを纏って横へ薙ぎ払われた。


 赤い腕が、俺を捉えようと迫る。咄嗟にその腕を蹴りつけ、慌てて横へ飛び退いた。

 着地した時にはもう、地面を蹴りつけた赤ゴリラがこちらへ飛び込んで来ている。


「こいつ……」


 回避が追い付かない。体を守るように両腕を前面へ出し、剣先に力と意識を注ぐ。こうなれば、竜牙天穿(りゅうがてんせん)で一撃必殺を狙うしかない。


 魔獣が牙を剥き出して吠えた時、その背中で大きな爆発が起こった。予期せぬ攻撃を受けた赤ゴリラは、たまらず地面へ両手と膝を付いていた。


「なんだ?」


 レオンの援護かと思ったが、魔獣が攻撃を受けた位置が明らかに違う。すると、林に並ぶ大木のひとつから、思わぬ人物が伝い降りてきた。


「おまえは……」


 そいつは八重歯を見せて不気味に微笑んだ。胸元まで伸びる黒髪で顔が隠され、表情を読み取ることもできない。左手には長弓。胸当ても籠手も冒険服も全てが黒。以前と変わらぬ出で立ちで、再び俺の前に現れた。


  漆黒の月牙ラファエルの仲間。名前はギデオンだったはずだ。おそらく三十を過ぎているが、獰猛さを秘めた眼が印象的な男だ。


「碧色。俺に気を取られてる場合じゃなくねぇ? 魔獣から目を逸らすと……死ぬよ」


 確かにこいつの言う通り、今は目の前のことに集中すべきだ。生半可な対応でどうにかできる魔獣じゃない。

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