11 黒装束セヴランとの攻防
「はっきりと物を言ってくれますね。さすがにちょっと頭にきました」
黒装束は腰へ手を伸ばし、二本目となる短剣を手に取る。矢継ぎ早に連撃が襲い、さすがのレオンも防戦に追い込まれてしまった。
「レオン様!」
するとそこへ、背後の林を突き抜けて、馬に乗ったマリーとナルシスが姿を現した。
「え!? 女神様!?」
「なぜ、ここに姫が!?」
ふたりはセリーヌの姿に驚いたものの、それも一瞬のこと。ナルシスはびゅんびゅん丸から素早く飛び降り、黒装束へ突き進んでゆく。俺はそれを見送り、マリーへ目を向けた。
「マリー、俺の左肩に癒やしの魔法を頼む! セリーヌはユーグを押さえてくれ!」
馬を手近な大木へ括り付け、マリーが慌てて駆け寄ってきた。しかし、俺の体を包む炎を目にして、ためらっているのがわかった。
「大丈夫だ。触れても燃えやしない。熱くもなんともないから安心してくれ」
マリーへ肩の治療を頼みながらも、馬の後部に乗っているルネも気になった。戦いが終わるまでどこかに隠れていてもらうしかない。
視線を戦いの場へ戻すと、セリーヌが魔導杖の先端をユーグへと向けていた。
正直、竜臨活性を使っていない彼女がどこまでやれるのかという不安もある。力を開放する余裕すら与えてもらえなかったのだろう。
「水竜清流」
杖の先から、一抱えもある水流弾が飛ぶ。しかし、眼前の魔導師は即座に飛び退き、それは直前で避けられてしまった。
蝶の仮面の下から覗く口元が、嘲るような笑みを形作った。ユーグの手にした杖の先端にも魔力の光が灯っている。このままでは、すぐに反撃の魔法が襲ってくるだろう。
「その程度で私を倒せると?」
「もちろんです」
セリーヌの力強い声に続き、水流弾は湖面へ着水と同時に破裂。水の槍へと変化したそれが、四方八方へ飛び散る。
全ては杞憂に終わった。彼女の狙いは、始めからこれだったのか。魔法を操る技術と感覚は、さすがという他にない。
水の槍が、ユーグの右脇腹と左太ももを貫く。痛みに顔を歪める彼を狙って、セリーヌは次の魔法を完成させていた。
「光竜爆去」
レオンやマリーが扱う魔法とは別格だ。光と轟音が弾け、吹き飛ばされたユーグの体は、湖面に大きな水しぶきを立てて沈み込む。
そしてセリーヌが放った水の槍は、黒装束にも及んでいた。だがその相手は、レオンとナルシスの攻撃をかいくぐるだけでなく、その魔法すら軽々と避けてみせた。
「串刺しの刑!」
ナルシスが繰り出す渾身の突き。黒装束は上体を後ろに反らせ、それを容易に避けた。そうして手にした短剣で細身剣の刀身を弾くやいなや、お返しと言わんばかりの連撃。
ナルシスと黒装束では明らかに地力が違う。俺の不安を現実とするように、ナルシスは左上腕へ深い一撃を受けてしまった。
体制を崩したナルシスと、追撃を試みる黒装束。しかしその背後で、レオンが長剣を身構えているのがわかった。
「流力煌刃!」
長剣に魔力が注がれ、刃へ白光が灯る。
「光爆煌」
光の魔法を含んだ刃。横薙ぎに振るったその一閃が、黒装束の背中を狙う。
だが、黒装束の反応速度が勝った。ナルシスの体を掴んだ敵は、その勢いであいつを軽々と飛び越えてみせた。
「この馬鹿!」
焦って怒鳴るレオンを目掛け、黒装束はナルシスの体を蹴りつけた。
衝突し、倒れるふたり。黒装束はそんな彼等を横目に見ながら、悠々と着地した。しかし、その正面にはセリーヌが回り込んでいる。
「やめろ。深追いするな!」
「地竜裂破!」
俺の声は届かない。セリーヌは着地した敵の足元を狙い、土の針山を隆起させた。
咄嗟に逆立ちした黒装束。彼は針山の中へ左腕を突き入れ、即座にその場を飛び退いた。
「なかなか面白い魔法をお持ちですね。ユーグさんが興味を示すのも頷けます」
距離を取り、肩を揺らして笑う黒装束は、先の折れてしまった短剣のひとつを投げ捨てた。衣服の左腕は裂け、指先までを覆っていた籠手には深い傷跡がいくつも刻まれている。
「セヴラン。君が負傷とは珍しい」
黒装束の隣へ、三人目のユーグが並んだ。そんな彼等を守るように、気付けば十人ほどの黒装束に取り囲まれている。
セリーヌ、レオン、ナルシスが集い、俺達もひとつ所に固まった。俺はマリーを守ろうと、ユーグとセヴランへ体を向けた。
するとその時、後方に茂る林を突き抜け、上空へ光る物体が打ち上がる様が見えた。
「信号弾!? どういうことだ?」
誰が打ち上げたものかわからない。セリーヌの仲間かと思ったが明らかに位置が違う。敵の増援という最悪の展開が頭を過ぎった。
「こうなったら……」
水竜女王を助け、一刻も早く撤退するしかない。そう思って目を向けると、竜の口から吐き出された吐息が鳥型魔獣たちを薙ぎ払っているところだった。
しかし、上空からの魔法石は断続的に水竜女王を襲っている。加えて地上からはユーグの魔法と黒装束の放つ矢が襲う。大きな傷こそないが、確実に体力を奪われ始めている。
「マリー、癒やしの魔法はここまででいい。少しは動くようになった。セリーヌの加勢に回ってやってくれ。あいつが本気を出せば、ここはどうにかできるはずだ」
「どうするつもりなの?」
「あの竜を助ける。状況を見て、みんなと一緒に撤退してくれ」
「んふっ。どこへ行く?」
マリーの声を聞き流した途端、こちらを見ているユーグと目があった。
「邪魔はさせん」
ユーグが魔導杖を掲げると、先端へ赤い光が灯った。それと共鳴するように、林の奥から奇怪な叫び声が上がる。全身が震えるほどの威圧感を受け、乗ってきた馬だけでなく、野生動物たちも逃げ惑っている。
「魔獣か?」
言うが早いか、木々の数本が薙ぎ払われた。湖畔の河原へ飛び出してきた数本が、湖に落ちて激しい飛沫を巻き上げる。
陽光を受けて煌めく飛沫。それが湖の零した涙のように見えた。破壊された自然を嘆いているのか、これから起こるであろう惨状を嘆いているのか。それを知る術はない。
打ち払われた木々の間から、巨影がゆっくりと歩み出る。左右の耳上に長い角を持ち、全身が真紅の体毛に覆われたゴリラ型魔獣だ。
「あいつのことか……」
グラセールの高級飲食店で会った店員の言葉が蘇った。
『しかも、それだけではないんです。オーヴェル湖の付近で、ゴリラ型の大型魔獣が暴れているそうなんです。あまりの強さに手が付けられず、オーヴェル湖の薬草を求める商人たちから討伐要望が高まっているんです。集められた報酬は五千万ブランを超えたとか』
みんなを不安にさせないよう黙っていたが、ユーグが絡んでいるとは思わなかった。
「おまえが作り出した魔獣かよ」
俺が吐き捨てると同時に、セリーヌ、レオン、ナルシスの驚いた顔が向けられた。果たしてこの状況から、水竜女王を無事に助け出すことができるだろうか。





