04 超一流のパーティ
「あの時は、シルヴィさんに本気で陥落させられると思ってさ。冷や冷やしたよ……」
窮地を救ってくれたのは、アンナだった。
※ ※ ※
『もぅ……うるさくて寝れないじゃん!』
短い赤髪を振り乱し、猫目をつり上げてアンナが飛び起きた。寝袋から半身を出し、むくれた表情でこちらを睨んでくる。
『リュー兄もシル姉も静かにして。睡眠を邪魔した罰として、次の街でアンナに甘い物をご馳走すること』
『あら、怖〜い。フェリクスとエドモンを見てみなさいよ。ほら』
シルヴィさんが顎をしゃくる。
焚き火の向こうで、リーダーのフェリクスさんは外套をはだけたまま豪快に寝息を立てている。エドモンもまた、大きな腹に手を置いて幸せそうに眠りこけていた。
野宿でこの無防備さ。他の冒険者からすれば信じられないだろう。
だが、彼らは見張り番への絶対的な信頼がある。それだけの実力もある。
シルヴィさんは四つん這いになり、むくれ顔のアンナを覗き込んだ。俺にお尻を向けているのは、どう見てもわざとだ。
『お子様は寝てなさい。今は大人の時間よ』
『バカ言ってないで寝て』
ふたりは十代の頃からの付き合いで、青い宝石のピアスを片耳ずつ分け合って着けている。自由の象徴だというそのピアスは、互いの絆そのもの。日常的なからかい合いは、本当の姉妹のように見える。
適当そうに見える三人だが、全員が間違いなく一流だった。
共に旅をした一年半の間、俺は目を見張るほどの速度で功績を重ね、ついには二つ名を授かるところまで引き上げられた。
『がうっ! がうっ!』
闇の向こうにラグが吠え、空気が変わった。
『何か来るよ』
アンナが即座にクロスボウを取り、シルヴィさんは焚き火の影から深紅の斧槍を引き抜いた。
その動きは、呼吸をするように自然だった。
『何かって何だよ!?』
俺が戸惑う間に、森の闇から巨大な陰が躍り出る。
熊型魔獣、ウルスだ。
『俺の安眠を邪魔するとは……いい度胸だ』
フェリクスさんが立ち上がったのは一瞬だった。大剣を肩に担ぎ、獣を睨むその姿は熟練の剣士そのものだ。
深い眠りに入っていると思いきや、即座に臨戦態勢。四十近いとは思えない瞬発力だ。
『えへへ……足は封じちゃうんだから』
アンナの魔力矢が連射され、ウルスの太ももへ次々と食い込む。
矢の射出音とほぼ同時に、シルヴィさんの気配が跳んだ。
『夜食は熊鍋といくかぁ!』
フェリクスさんの豪快な一閃が、魔獣の右腕を斬り飛ばした。
横ではエドモンが杖を掲げ、詠唱に入る。
『躍動の証、猛るは炎。この身へ宿りて焼き尽くせ。煌熱創造!』
一抱えもある火球が杖の先に顕現。魔獣の頭が炎に包まれ、苦悶の悲鳴が森に響く。
『すぐに逝かせてあげる』
シルヴィさんが炎をかいくぐり、敵の胸元へ深く斧槍を突き立てる。
巨体が揺れ、静寂が戻った。
※ ※ ※
「結局、俺の出番はなかったからな。それにしても、あっという間の一年半だったよな」
ラグが舌を出して笑う。
俺はあの日を思い出した。
ヴァルネットの街で別れた、あの瞬間を。
『一年後だ。おまえさんに会いに来る。それまでに全部片付けておけよ。絶対に、俺の野望に協力してもらうからなぁ』
フェリクスさんの声音には、有無を言わせぬ力があった。
『リュシアンの旦那。フェリクスの大将からは逃げられないっスよ……オイラだって勧誘に根負けしたんスから』
エドモンが肩をすくめると、フェリクスさんが即座に反応した。
『おいおい。そんなに迷惑だったかぁ。依頼中にパーティが全滅して、途方に暮れてたのは誰だ? あのままだったら、おまえさんは今ここにいるのか? 極めつけには、金の力に負けたよなぁ?』
『ごめんなさい。ほんの冗談っス……』
肩を抱かれたエドモンが縮こまり、ボサボサの金髪が揺れる。
ふたりのやり取りに、つい吹き出した。
『わかりました。一年後ですね。それまでに必ず兄貴を見つけます』
『あぁ。それから、もっとランクを上げて有名になっておいてくれよ。碧色の閃光様』
『フェリクスさん、圧が強いですって……』
苦笑交じりに後ずさる。
その隙間へ割り込むように、シルヴィさんが身を乗り出してきた。
『リュシー。寂しくなったらいつでも呼んでね。絶対に駆けつけてあげるから』
『ごふっ!』
シルヴィさんに抱きしめられたが、胸当ての圧で肋骨が軋む。
『シル姉! リュー兄が違う所に旅立ちそうだから!』
アンナが慌てて引きはがしてくれた。
あの四人との日々は、本当に宝物だった。
※ ※ ※
「おっと……急に開けてきたな」
現実へ意識が戻る。洞窟を抜けた先には、ギルドの建物が丸ごと入るほどの巨大な広間が広がっていた。
壁面は淡い緑光を放ち、聖域を思わせるように静謐だ。
広間の奥に、朽ちかけた石造りの神殿が佇んでいた。複数の巨大な石柱が三角屋根を支えている。
近くには火を焚いた跡もある。何者かが利用しているのは明らかだ。
神殿の入口上部。三角形の装飾に刻まれた紋章を見た途端、驚きに息が止まった。
「これって……」
右手の甲に刻まれた紋章と同じだ。
欠けて薄汚れているが、間違えようがない。
「ラグ。何か知ってるのか?」
「きゅぅ……」
しょんぼりするラグに苦笑した直後、肌がざわついた。
体にまとわりつくような不快感。
何かが起きる。
ラグが牙を剥き、地面が震えた。
「地震か?」
足元の影が盛り上がり、赤褐色の巨体が姿を現した。
ミミズ型魔獣、ロンブリックだ。
「魔獣はいないんじゃねぇのかよ」
三体が包囲してくる。
土中の獣特有の生臭い匂いが漂い、気配は濃厚な殺意そのものだ。
咄嗟に剣を抜き、出口へ駆けた。
「ルノーさん! 魔獣です。外へ!」
足を痛めていたが、満足に動けるだろうか。最悪、魔獣をここで足止めするしかない。
背後で殺気が膨らむ。慌てて右へ飛び退くと、巨大な顎が左腕を掠めた。
俺を捕らえ損ね、鋭利な歯が噛み合わされた。甲高い音に背筋が冷える。
あんな顎に噛み付かれたら、一発で骨まで砕かれてしまう。
魔獣の殺気が滑るように背後へ迫る。
振り返る暇もなく剣を振り抜くが、浅くしか刺さらない。
「ふっ!」
即座に横へ飛び退くと、ロンブリックは豪快に岩壁へ激突した。
鈍い音と共に壁の一部が崩れ、痛みに体を振るっている。
その隙を逃さず、顎へ剣を突き立てる。
剣先が壁に突き刺さり、魔獣は固定された。俺は、こいつの頭の下へ潜り込んだ形だ。
「さぁ来いよ!」
剣を押し込み、もがく体を逃がさない。体液が剣先を伝い、足下へ広がってゆく。
他の二体が、血の匂いに殺到してきた。
剣を抜き、背を向けて全力で逃げる。
案の定、一体が囮に噛み付き、頭部を粉砕した。
ロンブリックは目を持たず、音と臭いを頼りに獲物を追う。その性質を逆手に取った作戦は見事に成功した。
残りは二体だ。
『若いの、こっちだ!』
通路の先で、ルノーさんが四つん這いになって手招きしている。
俺は滑り込むように暗い通路へ飛び込んだ。転がり込んだ。
「そりゃっ!」
振り返ろうとした瞬間、ルノーさんが地面の金属板を踏み込んだ。
床下から鉄柵が突き上がり、先頭の魔獣の頭部を串刺しにした。
続く一体は仲間に激突し、通路でのたうつ。
「どうだ。恐れ入ったか!」
「これ……いつ仕掛けたんですか?」
「ここに逃げ込んですぐだ」
「俺が踏んでたらどうするつもりだったんですか!? 殺す気ですか!?」
「馬鹿野郎。男が戦場に出るってのは死を覚悟するってこった! 生半可な覚悟で冒険者なんかするんじゃねぇ!」
見事な開き直りだ。
こんな人を助けるために命を懸けていたと思うと、空しさが込み上げてきた。





