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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.09 オーヴェル湖編

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05 喰らいついてこいよ


「レオンのこと、これからもよろしくお願いします。こいつは口下手で本当に愛想のない奴だけど、悪い奴じゃないんで」


「大丈夫。俺もわかってますから」


 頭を下げるカマラの背に触れると、俺の左肩の上で、ラグが嬉しそうに鳴いた。


「カマラ。余計なことはいいから」


 腕を組んで呆れるレオン。その隣に立つマリーが優しげな微笑みを浮かべた。


「レオン様が良い人だということは、私も保証します。女神ラヴィーヌの名にかけて」


「はっはっはっ、安心したまえ。このナルシスが責任を持って彼を導こうじゃないか」


「おまえに付いて行ったら迷宮入りだな」


「なにか言ったかい?」


「自信過剰は結構だけど、そういうのは実力が伴ってからにしような」


 ナルシスの背中を叩いた途端、不満そうな目を向けられた。


「君は本当に失礼な男だな」


「現実の厳しさを教えてやってるんだろうが」


 俺達のやり取りを、ルネが黙って見つめている。こんなダメな大人になってはいけないという悪い見本になってくれたら、ナルシスにも存在意義があるというものだ。


「じゃあ、俺はこれで。皆さんにご武運を」


 カマラと別れた俺達は、今晩の宿を探すために街の中心部へ向かった。


「ここも空いてないのか……」


「どうもすみません」


 申し訳なさそうに頭を下げる店主と別れ、数件目になる宿を後にする。

 困り果てて頭を掻いていると、側にいたマリーが思い出したように口を開いた。


「王都での騒動以来、この近隣でも魔獣の出現が相次いでいるようです。それを目当てに冒険者が集まっているみたいで。せめて、ルネだけでも休ませてあげたいんですけどね」


 当のルネは、びゅんびゅん丸の背中にしがみつきながら眠ってしまった。


「こうなったら、あそこしかない」


 若干のためらいはあるものの、選り好みできる状況じゃない。パーティ・メンバーの体調管理も旅の大事な要素だ。


「いらっしゃ……」


 五十代と思しき中年店主は、俺の顔を見るなり不思議そうな顔で固まった。その目は、俺の後方にいるマリーへ注がれている。


 ほくそ笑む口元が相変わらず腹立たしい。

 前の彼女と違いますね。あんたも相当なやり手ですね。そんな声が聞こえてきそうだ。


「二部屋、空きはありますか? 俺たち三人と、このふたり。二部屋だけあればいい」


「二部屋なら丁度空いてますよ」


 やはり空いていた。この宿の収容力と店主の手腕は謎だが、寝る場所を確保できた喜びに胸を撫で下ろしてしまう。


 台帳に記帳していると、店主からそっと紙切れが差し出された。


『隣接部屋。浴室覗きは別途、百ブラン』


 紙切れを無言のままに握り潰す。顔を上げると、店主が悲しそうな目で俺を見ていた。


 そんな顔をしないでくれ。それならなぜ前に来た時に、覗き見プランを出さなかったんだと問いたい。セリーヌの裸を見られるなら喜んで金を払っただろう。決してマリーに魅力がないわけじゃない。俺の中で、セリーヌの裸にはそれだけの価値があるということだ。


 店主から部屋の鍵を受け取り、びゅんびゅん丸を馬屋に収めてもらうよう頼んだ。大浴場で体をほぐし、ようやく人心地ついて部屋へと戻ってきた。ラグは窓辺に置かれた机の上に座り、夜の街を眺め下ろしている。


「リュシアン=バティスト。少しいいか? レオン君も聞いてくれ」


 ベッドに腰掛けて髪を拭いていると、ナルシスが近付いてきた。


 髪を後ろで縛ったこいつの姿はなんだか新鮮だ。こうしてよく見れば、色白で整った顔立ちには品が漂っている。女性に人気があるというのもわからなくはない。


「なんだ? ベッドなら譲らないからな。さっき、じゃんけんで決めただろうが」


「違う。そんな話ではない」


 ナルシスから落胆の息が漏れる。すると、入口の側の壁にもたれ、魔法剣を抱いて座り込んでいたレオンが顔を上げた。


 何かあった時のため、ベッドで眠ることを拒んだレオン。自然と、俺とナルシスの一騎打ちとなり、公正なるじゃんけんで勝負を付け、俺がベッドを使う権利を獲得したのだ。


「リュシアン=バティスト。ここで誓え」


「は? 誓うって、何を?」


「姫を何としても探し出し、今度こそ離さないと。本音を言えば悔しいが、君になら任せてもいいと、任せられると思っている」


 その真剣な目に、嘘や偽りは微塵も感じられない。正真正銘、男と男のやり取りだ。


「あの日、別れ際の君たちを見て悟ったよ。僕が入り込む余地はないんだとね」


 寂しそうに微笑むナルシス。魔力灯の柔らかな光が、その姿を闇夜に浮かび上がらせる。


「君が誓うのなら、僕は(いさぎよ)く身を引こう。その上で、全面的に協力しようじゃないか。どうなんだ、リュシアン=バティスト」


 そんなもの、問われるまでもない。


「愚問だな。セリーヌを探し出して連れ戻す。これはそのための旅でもあるんだ。障害があれば全て蹴散らしてやるよ」


「その言葉、忘れるなよ」


 ナルシスは逆手に持った細身剣(レイピア)を突き出してきた。そうして、レオンを振り返る。


「レオン君も剣を出してくれ。バツの字を作るように僕の剣と交差させるんだ。リュシアン=バティスト、君の剣は真っ直ぐ垂直に。バツの字の中心に据えてくれ」


「どうして俺まで巻き込むかな……」


「レオン君、いいから早く」


 文句を言うレオンを叱るように、声を荒げるナルシス。何がこいつにここまでさせているのだろうか。俺も言われるがまま従い、三本の剣が組み合わされた。


「リュシアン=バティスト。今、ここに誓う。セリーヌ=オービニエを再び迎え入れるため、僕とレオン君は君の剣となる。君のために、全身全霊を懸けて剣を振るうと約束しよう」


「勝手に決めないで欲しいな」


 離れようとするレオンの腕を、ナルシスが勢いよく掴んだ。


「レオン=アルカン。君の力は必要不可欠だ。僕と共に、リュシアン=バティストに力を貸すと約束して欲しい」


「俺が戦うのは自分のためだから。誰かのためだなんて、俺には重すぎる」


 うんざり顔のレオンを見据えた。しかし今のレオンにも、カマラから託された想いがある。心にも変化が生まれているはずだ。


「レオン。失うものがないっていう強さもわかる。でもそれは、無謀と紙一重だと思うんだ。守るものがあるからこそ強くなれる。今のおまえなら、それを受け入れられるんじゃないのか? 俺のためじゃなくていい。この剣を、マリーを守るために振るってやれ」


「言われなくてもそのつもりだけど。あんたのために戦うつもりはないってこと。それだけははっきりさせておくよ」


「あぁ、それで構わねぇ。俺は俺で、勝手に突っ走るつもりだ。おまえらは、はぐれないように付いてきてくれればいい。レオン、おまえに追い抜かれるつもりはねぇよ」


「吠えてなよ。最強は俺だから」


「あぁ、そうかよ。悪いけど、待ってやるほどお人好しじゃねぇ。喰らいついてこいよ」


「では、それぞれの目的のために、僕たちは共に歩むことを誓おうじゃないか」


 力強く告げたナルシス。その左手首には、いくつもの天然石を繋いで作られたブレスレットが輝いていた。

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