04 俺達の意志は共にある
「それにしたって、驚いたのなんのって。まさか、こんな所で再会するなんてさ」
カマラと名乗った鉱夫はレオンとの再会が余程嬉しいのか、帰路を辿りながらもひたすら喋り続けていた。この騒々しさはナルシス以上だ。当のナルシスでさえ、話に入る隙を見失っている。ラグはさっさと逃げ出し、天井近くを好き勝手に飛び回っている。
しかも、話のほとんどは彼の身の上話だ。孤児院でレオンと別れた後、どんな生涯を辿ってきたのか。初対面の俺でも人と成りがわかるほど、事細かに説明してくれた。
状況を察するに、ふたりが住んでいた故郷の街は、彼等が十歳の時に魔獣の襲撃を受けたようだった。ふたり以外にも八人の子どもたちが、保護という名目で同じ地下室へ閉じ込められた。結果、その十人だけが襲撃事件の生き残りとなってしまった。
十人はその後、街を訪れた衛兵に助け出され、孤児院へ引き取られた。職業訓練校に通いながら十八歳で卒業を迎えると同時に、フェリクスさんに見出されたレオンだけが引き抜かれ、冒険者になったというわけだ。
「俺は出稼ぎってやつよ。人手が足りないし、稼げるって聞いて引き受けたけど、まさかこんな騒ぎに巻き込まれるなんてな。割増しで、危険手当を申請しなくちゃならないよな」
そんな話を聞いている間に、俺達は鉱山の出口へ辿り着いていた。鉱夫たちは暗闇と恐怖から開放され、一様に笑顔を浮かべている。
するとそこへ、待ちかねた様子のマリーが駆け寄ってきた。彼女は嬉々とした顔で、レオンを見つめている。
「治療した鉱夫の皆様は、先に街へ戻って頂きました。皆さんの中で、治療が必要な方はいらっしゃいますか?」
「おい。おいおいおい……」
カマラは驚愕の表情で固まったまま、マリーと話すレオンの腕を掴んだ。
「なんでエミリーがいるんだ!? って、ちょっと待ってくれよ。あいつはもういないはずだよな。そうだよ。間違いない……」
うわごとのようにつぶやきながら、自分の足元とマリーの顔を代わる代わる見ている。
「カマラ、落ち着きなよ。彼女はマリー。エミリーじゃない。俺も初めて会った時は驚いたけど、全くの別人だから」
「あぁ、そうか。そうだよな……それにしても驚いた。彼女の面影がある。生きてたら、まさしくこんな姿になったんだろうな」
「あの……どういうことですか?」
事情を知らないマリーは、カマラの勢いに押されて首を傾げた。
***
その夜、助けた鉱夫たちの計らいで、酒場で催されるという宴会に招待された。会場の酒場は貸し切り。俺達の他に三十名を超える鉱夫たちの姿がある。そこに混じって、普段から鉱夫たちの護衛をしている冒険者たちまで集まり、酒場は大盛況だ。
とはいうものの、ほとんどが酒好きの連中だ。助けられた祝いだと言いながら、浴びるように酒を飲みたいだけなのだろう。
「おやおや。どうした、リュシアン=バティスト。冒険者としては一流になったようだが、酒の強さは二流なのかい?」
「うるせぇ。そのヒラヒラを引き千切って、おまえの口に放り込んでやろうか?」
俺とナルシスが競うように酒を飲む傍ら、飲酒はしないというレオンはカマラの昔話に付き合っている。その横にはマリーとルネが腰掛け、料理の数々に舌鼓をうっていた。
「私は、そのエミリーさんという方とそっくりなんですね。そんなに似ていますか?」
「似てる、似てる。生き写しってやつだよ」
「エミリーと比べるようなことを言うものじゃない。彼女にも失礼だと気付かないかな」
不機嫌なレオンに気付いているのか、いないのか。カマラはエールの注がれたジョッキを片手に、虚空へ視線を投げた。
「俺達三人は特に仲が良くてさ。魔獣が襲ってきたあの日も、地下室にはこれ以上入れないって話になってさ。俺とレオンが出るって言ったのに、あいつは譲らなかったんだ。私は他の場所に隠れるからって、俺達を無理矢理に押し込んでさ。いつもみたいに元気一杯の笑顔を浮かべて、扉を強く閉めたんだ」
昔を語るカマラは、何かに耐えるようにきつく唇を結んでいる。どこか迷っているようにも見えるが、聞いて欲しくてたまらないという空気を感じるのも確かだ。
「衛兵に助けられてようやく表に出た後、めちゃくちゃにされた街の片隅で……」
「もういい! その話はやめろ!」
レオンの怒声とテーブルを打つ音が響き、場は一瞬にして静まり返ってしまった。
「そんなことを話して何になる? 街のみんなやエミリーが帰ってくるわけでもない。酒の席を盛り下げるだけだ。それは胸に忍ばせておくくらいで丁度いい。その悔しさと怒りが、魔獣と戦うための支えになるんだ」
「悪い」
カマラが頭を下げると同時に、レオンは勢い良く席を立った。
「待ってくれ。おまえに渡したい物がある」
いぶかしげな顔をするレオン。マリーはそんな彼の袖を引き、椅子に座るよう促した。
「宿舎に戻って、これを取ってきたんだ」
カマラが差し出したのは長い包みだった。受け取ったレオンがそれを解くと、中から現れたのは一振りの長剣だ。鍔の部分へ、一握りほどの緑の宝玉が埋め込まれている。
「三年くらい前かな。鉱山での作業中に、見たこともない魔鉱石を見つけてさ。これは貴重な石だ、なんて言うから、鍛冶屋に頼んで魔法剣にしてもらったんだ。護身用に持ってたけど、俺には過ぎた代物でさ。ここでレオンに会えたのも、運命だと思うんだよ」
「この石、シュペ・リッシュじゃないか……」
驚きに目を見開くレオン。そこに興味を示したのは、他でもないナルシスだ。
「シュペ・リッシュだって!? 魔鉱石の中でも最高ランクと言われるひとつじゃないか。君は鉱夫だろう。売れば大金になったものを、むざむざ剣に加工してしまうなんて……」
目元を押さえ、天を仰いでいる。余程の衝撃なのか、酒が溢れたことにも気付いていない。それを目にして、カマラは苦笑した。
「いいんだって。金の問題じゃない。実を言うとさ、俺はおまえの強さに憧れてたんだ」
その目は真っ直ぐにレオンを捉えている。
「その剣を持ったら、おまえみたいに強くなれるんじゃないか、ってさ。ここぞという時に、誰かを守れる強さが欲しい。もう、あんな想いはごめんだからな」
「だったら尚更、君が持つべきだと思うけど」
レオンの言葉に、強く首を振った。
「その剣、深愛永紡って言うんだけど、おまえに持っていて欲しいんだ。代わりと言っちゃなんだけど、おまえの剣をくれないか? おれたちはあの街のことを、みんなのことを、絶対に忘れちゃいけないんだ」
カマラの意志は固い。レオンは諦めたように短く息を吐いた。
「わかったよ。俺達の意志は共にある。離れていても、その想いは変わらない」
そうして、ふたりの想いが交わされた。レオンには魔法剣、カマラにはソード・ブレイカーが託された。六年の時を経て、互いの時間が再び動き出したように思えた。
「カマラ、ありがとう」
「礼には及ばないって。レオンの力になれて俺も嬉しいよ。おまえは、俺たち生き残り組の希望だ。真っ直ぐ自分を曲げない意志の強さがある。俺もそれを見習って頑張るからよ」
カマラが掲げたジョッキに全員で乾杯する。酒場には、俺達を包み込むように穏やかな時間が流れていた。





