01 救世主の凱旋
「私、この服を大事にします!」
ヴァルネットへ戻る馬車の中、シャルロットは終始ご機嫌だった。
さすがに混乱中の王都での買い物は避け、宿泊のために途中下車した街で彼女への服を一式買い揃えた。その流れに乗って、騒動に巻き込まれてばかりのマリーを気遣い、彼女にもワンピースを贈らせてもらった。
『贈り物で私のご機嫌を取ったつもり? 勘違いしないでよね。私はあなたを許したわけじゃないんだから』
貰うものはしっかり貰いながらも、つれない対応のマリーに苦笑してしまった。きっと、俺が大司教に直接謝罪するまではこんな対応が続くのだろう。
『あの……リュシアンさん。もうひとつだけ、わがままを聞いてもらっていいですか?』
シャルロットは、俺が女性の上目遣いに弱いということを知っているのだろうか。そんな仕草で頼まれては、断れるはずもなかった。
『大人っぽい下着……というのは冗談で、マリーちゃんとお揃いの物が欲しいんです』
結果、天然石のブレスレットまで買わされたが、シルヴィさんとアンナを見ているようで微笑ましくなってしまった。ルネにも買ってやろうかと思ったが、マリーの脚にしがみついたまま離れなかったので断念した。
そうして二日をかけ、昼過ぎにはヴァルネットへ到着した。馬車乗り場で下車するなり、待ち構えていた大きな人影が駆け寄ってくる。
「シャルロット、大丈夫だったか!?」
愛娘の安否を心配して駆け付けてきたルイゾンさん。その大柄な体で、下車する他の乗客たちを弾き飛ばしそうな勢いだ。
「お父さん、私はなんともないから」
乗り場の前で抱きしめられたシャルロットは、嬉しさと恥ずかしさの入り混じった複雑な表情を浮かべている。
「それだけ心配してくれてたってことだよ。ルイゾンさん。大事な娘さんを騒動に巻き込んでしまってすみませんでした」
「王都も大変だったみたいだな。向こうの冒険者ギルドとも通話石でやり取りしたが、まだぐちゃぐちゃだ。君も救世主なんて言われてるらしいけど、この子に何かあったら容赦なく手を上げてたところだぞ」
愛娘の髪を撫でるルイゾンさんから、睨み殺すような目を向けられた。
「お父さん、リュシアンさんに失礼でしょ」
「いいんだ。ルイゾンさんの言う通りだよ」
俺は、シャルロットの声を即座に遮った。
「君が王都に行ったのも、俺のために集めてくれた嘆願書の御礼だろ。それさえなければ騒動に巻き込まれることもなかったんだ」
みんなにも口止めしたが、俺を庇って刺されたなどとは間違っても言えない。
「今回は本当にありがとう」
礼を述べてオドラン親子と別れ、そのまま天使の揺り籠亭を目指した。すぐにでも出発したいところだが、今日は体を休めて明日の朝に経つとみんなにも伝えてある。
冒険者ギルドの通信網を借り、ルイゾンさんへ帰路の予定は伝えていたものの、まるで祭りのような歓迎ぶりにうろたえてしまった。
「牡鹿の! おまえさん、本当に有名になっちまいやがって! 儂らも鼻が高いぜぇ」
乗り場を離れてすぐ、ルノーさんとアランさんまで駆け付けてくれた。とは言っても、ルノーさんは赤ら顔。アランさんもゴマ饅頭を頬張っている。苦笑してしまうが、こうして顔を出してくれただけでもありがたい。
「リュシアン君。これ、俺からのお祝い!」
移動販売のマチアスさんまで食飲物を振る舞ってくれた。だが、『リュシアンの涙』、などという名前の酒が売られている。
「男には、やらなきゃならない時があるのさ」
遠い目をして誤魔化しているが、これはあからさまな便乗商法だ。悪質すぎる。
夜には勇ましき牡鹿亭で祝賀会が開かれる予定になっているそうだが、あまり大事にされてもそれはそれで困ってしまう。
「リュシアン=バティスト。まるで、君ひとりが偉業を達成したような騒ぎだな」
「それを言うなよ。俺が一番困ってるんだ」
びゅんびゅん丸を引くナルシスが、妬むような視線を向けてきた。それに溜め息を漏らした直後、レオンと目が合った。
「生活拠点なんだ。せめてこの街では持ち上げられておきなよ。王都から離れるほど、ただの冒険者として扱われるんだから」
「なんだよ。色々と含みのある言い方だな」
「レオン様はあなたに、天狗になるなと忠告していらっしゃるんです」
「なってねぇだろうが……」
マリーへすかさず反論したものの、どうして俺がこんなにも肩身の狭い想いをしているのか。なんだか納得がいかない。
「あら……皆さん」
もうすぐ宿に着くという所で、花かごを提げた助祭のブリジットに出会った。毎度のことながら、彼女の顔を見ると妙に安心する。
「がう、がうっ!」
ラグまでもが、俺の左肩の上で同調するように鳴き声を挙げた。
その彼女はナルシスを見るなり、慌てた様子で近付いてきた。
「ナルシスさん……ご無事で良かった……手合わせをしたい相手がいると急に旅立たれたままで……心配していたんですよ」
「はっはっはっ。ご心配をおかけしました。僕はこの通り、今日も元気ですとも」
「いや、漆黒の月牙。あの一味に殺されかけたのを知ってるんだぞ」
「こら、余計なことを!」
俺の突っ込みを聞いたブリジットは、途端に涙目に変わってしまった。
「ナルシスさん……どういうことですか? 無茶をしないと約束したのに……やはり、私がついていないと……安心できません」
「リュシアン=バティストの狂言です。この僕が、あの程度の相手に負けるはずがない」
「ナルシスさん……寺院でゆっくり聞かせて頂きますね……美味しいお紅茶と……焼き菓子も手に入りましたから」
「ぐぬぅ」
困り果てたナルシスを久しぶりに見た。嫌がっているというより、彼女を悲しませてしまったことに罪の意識があるのだろう。
「では……参りましょうか」
ブリジットはナルシスと腕を組んだ直後、馬上にいるルネに気付いた。するとそのまま、微笑みを浮かべて固まってしまう。
「ナルシスさん……こんなに大きなお子さんがいらしたんですか?」
「いえ! それは誤解ですから」
なんだか見ていられない。
「この子は別の街で保護したんですよ。明日からの旅で自宅へ送り届ける予定で。ナルシスは二十歳ですから。結婚はまだまだ」
「あら……私としたことが」
ブリジットは真っ赤な顔でうつむいた後、気を取り直したようにルネを見上げた。
「では……お嬢さんもご一緒に……」
「ルネは私が見ますから。ごゆっくりどうぞ」
マリーの言葉で、ナルシスだけが連れて行かれた。そして宿に戻った俺達を、ジャコブさんが複雑な顔で出迎えてくれた。俺は彼に近付き、目一杯の皮肉を込めて顔を眺める。
「久しぶりだな。俺が生きていて残念だって、顔に大きく書いてあるぞ」
「え? いえ、そんなことは……」
引きつった顔の彼を伺った。
「勤勉が一番だぜ。信用と信頼を得るのは大変だ。失うのは一瞬だけどな。俺が納得する結果を出してみろよ。それまで俺は、あんたを絶対に許さない」
吐き捨てるように告げると、レオン、マリー、ルネと共に、二階の自室へ戻った。





