21 王都の救世主
「大臣も、あんなに大げさにしなくても良かったのになぁ……控えめに、って頼んだのに」
ぼやいた途端、隣でシャルロットが微笑む。
「私は自分のことのように嬉しいですけどね。リュシアンさん、凛々しくて素敵でしたよ。加護の腕輪、金のラインが眩しいです」
わざとらしく、目元を手で覆っている。
「あまりそこには触れないでくれ。こっちは恥ずかしさで一杯なんだ」
荷造りを終えた俺達は、馬車の乗り場へ向かっていた。隣にはシャルロットとマリーが並び、後ろには、ナルシスとルネをのせたびゅんびゅん丸が付いてきている。
「堂々としていればいいのよ。あなたはそれだけの働きをしたんだから」
「それはマリーも一緒だろ。癒やしの力で、どれだけの人が助かったかわからねぇ」
「リュシアン=バティスト。君にはまた差を付けられてしまった。だけど僕は諦めない」
「これからのナルシスの活躍に、一応期待してやるよ」
俺達だけ一足先に帰ることにしたが、結局、アンナは戻ってきていない。生誕祭が終わり次第、シルヴィさんと一緒に後から合流するということで話はまとまっている。
不意に、昨晩に見たレオンの顔が浮かんだ。俺の部屋へ訪ねてきたあいつは、入口の扉にもたれて挑むような目を向けてきた。
『明日の十時の便で発つんだったか? 乗り場に俺の姿がなければ、パーティを抜けると思ってもらって構わないから』
「ヴァレリーさんに誘われてるんだろ」
『なんだ。知ってたのか』
「フェリクスさんからな。直接言ってくれれば良かったんだ。別に、おまえが出ていくことにどうこう言うつもりはねぇ」
『報告するようなこと? フェリクスさんには一応、筋を通しておこうと思っただけだよ』
言葉少なに部屋を出ていったが、あの口ぶりだと抜けることはほぼ確定だ。惜しい人材だが、止水の剣聖なら悪いようにはしないだろう。フェリクスさんも行くとなれば尚更だ。
物思いにふけったまま、荒れ果てた大通りを進む。この数日で片付けはいくらか進んでいるが、街のあちこちに崩れた家屋や瓦礫が散乱している。住む場所をなくし、道端に座り込んでいる人影もちらほら見える。
大臣からの報告では、死者二万人以上。負傷者五万人以上とも聞いている。今回の戦いで王都が負った被害は甚大だ。
「がうっ!」
左肩の上でラグが吠えた直後、脇道のひとつから三人組の男たちが歩み出てきた。剣と鎧を身に着け冒険者に間違いないが、赤ら顔の千鳥足だ。手には酒瓶を握っている。
先頭のひとりが、明らかに俺を見ていた。早朝からの酔っぱらいなど面倒なことにしかならない。うんざりして溜め息が漏れた。
「ここにいてくれ」
みんなをその場に残し、三人組へ近づいた。全員がまだ若く、俺と大差ない見た目だ。しかし、それぞれの腕には銀のラインが刻まれた腕輪が見える。全員がランクSとは、それなりに経験を積んだ連中だ。
すると、俺の視線を受けた先頭の男が舌打ちを漏らした。俺の頭の上から足元までを舐めるように見て、口元へ笑みを浮かべる。
「おやおや。どっかで見た顔だと思ったら、王都の救世主じゃねぇの。荷物をまとめてどうしたの? 貰うものだけ貰ったら、ここには用なしってこと?」
言葉に乗せて、酒気を帯びた息が吹き掛かる。これだけの匂いだ。相当飲んでいるのは間違いない。無視して通り過ぎてもいいのだが、怒りを買うと余計に面倒だ。
「いえ。急ぎの目的があって、今年だけは特別に、務めを免除してもらったんですよ」
「さっすが救世主は違うねぇ。ランクS以上は強制でしょ。二週間近くも王都に拘束されるっていうのに、手当は十万ブランぽっち」
「ちょい待てって〜。おめぇはもう忘れたのか? 今回は特別報酬が出たらろ〜」
後ろで、頬に傷を持つ男が声を上げた。
「あぁ、そうだった。防衛戦に参加した冒険者には、ひとり十万ブランずつだったっけ? 王都の入口で身分証明しておいて良かったぁ〜。こいつなんて、面倒だから通り抜けよう、なんて言ってたんだぜ」
先頭の男は大笑いして、後ろにいた小柄な男を蹴りつけた。
「しかも、その十万は討伐記録にも付いたんだ。ありがてぇ話だよ。それもこれも、あんたが演説で言ってくれたお陰だ。この勝利はみんなで勝ち取ったものだ、だっけ?」
「これは〜私ひとりで勝ち得た勝利ではありあしぇん。みんなが一丸となって〜王都を守るために奮闘した結果れすぅ!」
頬に傷を持つ男は背筋を伸ばし、からかうような口調で真似をしてきた。込み上げる苛立ちをぐっと抑え込む。
「本当に、救世主さまさまだ」
先頭の男が右手を差し出してきたので、渋々その手を握り返した。
だが、こいつの言う通りだ。王国が俺の申し出を聞き入れてくださり、報奨金が支給された。結果、ナルシスは昇格を果たし、青のラインが入った腕輪へ変わっている。
「全員の協力があってこその勝利でしたから。俺のランクLだって、ひとりの力じゃない。仮扱いみたいなものですよ」
「またまたぁ。救世主は謙虚だよなぁ」
「思ったことを言っただけですよ」
事実、俺としても謙遜しているつもりはない。こうしてひとりだけ特別扱いされるのがどうにも腑に落ちないだけだ。
「だったら、お願いがあるんだ」
男の手に力が込もり、その目に怪しい光を見た気がした。
「報酬ってやつを、たんまり貰ってたりするんじゃねぇの? みんなの力だって言うなら、俺たちにも分けちゃくれねぇかい?」
「みんなと同じだけしか貰っていませんって」
男の目が、俺の後方へ向けられている。
「聖女様、なんて拝まれてるのはあの子だろ? 可愛いよなぁ。確か、今回の働きが評価されてランクBに上がったんだよなぁ? ランクはBでも、胸はもっとありそうだな。金も女も手に入れて、救世主はご満悦ってわけだ。羨ましいねぇ」
「いえ。彼女は仲間っていうだけで、そういう関係じゃありません」
確かにマリーの働きは高く評価され、無条件でランクBへの昇格を果たした。だがそれだけじゃない。王国からは、二つ名の授与という有り難い打診を頂いた。しかし、マリーが身につけているのはセリーヌの腕輪だ。それが発覚しては面倒なので、二つ名に関しては保留にしてもらった。
「おやおや。救世主の女じゃないって? 俺、俄然興味が湧いてきちゃったよ。隣のお下げ髪の子も、よく見りゃ上玉じゃねぇの」
握手を解いた男は、俺の横を通り過ぎようと一歩踏み出した。それと同時に、俺の中で完全に思考が切り替わる。
「おい。そこから先へ進んだら容赦しねぇぞ。俺の仲間に触ったら、命はないと思え」
「は? 救世主の正体は暴君かよ。冒険者は街中での騒動は厳禁だよ? せっかくランクLになったってのに勿体ねぇ……あんたももっと賢く生きて、楽しみなって」
男は手にした酒瓶を俺に押し付け、マリーの下へ歩いてゆく。
俺の手中で酒瓶の首は溶け、胴部が地面へ落下した。溢れた葡萄酒が地面へ染みを広げてゆく。俺の目には、それが血のように映った。
「騒動は厳禁か。証拠すら残らないように、跡形もなく消え失せたとしたらどうだ?」
男の背を睨み、右拳をきつく握りしめた。





