19 ランクLへの躍進
「期待してるぞ。碧色の閃光」
車椅子に乗ったフェリクスさんが、ジゼルさんに押されて近付いてきた。
「王の左手を越える。大臣に言ったその言葉を現実にしてみせろ! おまえならやれる」
「はい。精一杯、頑張ります!」
「がう、がうっ!」
ラグまでもが、俺の左肩の上で得意げになって吠えている。
「そんなおまえさんも、ついにランクLだからな。みんなも、うかうかしていられないぞ」
フェリクスさんは仲間たちを焚き付け、楽しそうに笑っている。
「頼もしいわね。先が楽しみだわ」
「まったくレリアの言う通りだ。俺の弟子を預かって欲しいくらいだ」
レリアさんは他人事のように微笑んでいるが、マルクさんからは受けて立つというような懐の広さを感じる。
結局、王の左手という大役は免れたものの、ランクL昇格という命令は断れなかった。
『此度の戦いで甚大な被害を受け、王都も重苦しい空気に包まれている。王は、それを払拭する明るい話題を望んでおられるのだ』
翌週には生誕祭が催される。そこにぶつかることを懸念した大臣から、この話を早々に広めて盛り上げたいと、即断即決を迫られた。
俺としても、落ち込んだ空気を盛り上げたいという思いはあった。王の左手という申し出を断った以上、更に機嫌を損ねるのは賢明ではないと判断した結果だ。
『王国の危機を救ったランクAの救世主。その彼が、ランクLへ一気に躍進。これは話題となるに違いない。明日にでも早々に発表だ』
浮かれる大臣の横で、ベルナールさんが不服そうにしているのが気になった。
「大臣。救世主だなんてとんでもない。そこまで大げさにされては困ります。騎士たちもいる手前、面白く思わない方もいらっしゃるでしょう。防衛戦で、騎士団と共に活躍した冒険者のひとり。そんな括りで構いません」
一応、大臣も了承してくれたが、明日の発表でどう言われるのかはわからない。
やり取りを思い出し、困って頭を掻いていると、ヴァレリーさんからの視線を感じた。
「意気込むのは結構だが、ひとつ聞きたいことがある。君が扱う超人的な力についてだが、あれは一体なんだ」
「それが、自分でもわからなくて。時間制限付きで肉体を強化できるんですけど、その力の正体を知ることも冒険の目的のひとつなんです」
「あれほどの力を持ちながら、わからずに使っているというのか」
「まぁ、そんなところです」
ヴァレリーさんは驚きに目を丸くしている。
「きちんと制御できるようになれば、戦いを優位に運ぶことは容易だろうに。まずは、その力を磨くべきではないのか?」
そして彼女は、フェリクスさんを伺った。
「どうだろう。フェリクス共々、私の屋敷へ来ないか? もちろん、パーティ全員を引き受ける。私が稽古を付け、力の制御を手伝おうじゃないか。フェリクスも仲間のよしみだ。好きなだけ滞在してもらって構わない」
なんとも唐突な展開だ。しかもこれを受け入れた時点で、ヴァレリーさんのパーティに吸収されるのは目に見えている。
「すみませんがお断りします。力を磨くより、その謎を解明したいので。でも、フェリクスさんにはいい話ですよね。せっかくですから、ご厚意に甘えたらどうですか」
「俺が? ヴァレリーの屋敷に?」
呆気に取られるフェリクスさんを見つめるヴァレリーさん。その眼差しを見て、別の意図が隠されていることに気付いてしまった。
「屋敷に来いなんて、急に言われてもなぁ」
顎髭をさするフェリクスさんへ、ヴァレリーさんは即座に口を開いた。
「無理にとは言わない。生誕祭が終わった後にまた声を掛ける。リュシアン君には振られてしまったが、フェリクスだけでも構わない」
「あらあら。せっかくなんだし、フェリクスは好意に甘えさせてもらったら?」
レリアさんは果実水の入ったコップを口へ運びながら、どこか楽しげだ。王の左手。その相関図の一部が垣間見えた。
「まぁ、考えておくよ」
フェリクスさんの一言が、会話を打ち切る合図になった。不意に訪れた静寂の隙間を縫って、ひとつの問いを投げてみた。
「あの……終末の担い手、っていう名前を聞いたことはありませんか? 付き纏われてる相手なんですけど、今日の騒動にも関わってるはずなんです。何人かの集団みたいなんですが、俺が相手をしているのは蝶の仮面を付けた魔導師風の男です。ヴァレリーさんは先日、オルノーブルの街で会っていますけど」
「もちろん覚えているが、あの男はそれほど危険な相手なのか?」
ヴァレリーさんは意外そうな顔をしている。奴の危険度を甘く見ているということか。
「魔獣を洗脳して操ります。それだけじゃない。恐らく、合成魔獣を作る技術も持っています。自分の複製体を作り出すような高等魔法まで使うし、一刻も早く探し出して息の根を止めないと、もっと大変なことになる」
マルクさんは腕組みをして首をひねった。
「悪いが俺は聞いたことがないな。フェリクスとレリアはどうだ」
ふたりも黙って首を横に振る。だが、レリアさんは好奇に満ちた目を向けてきた。
「情報が足りないわ。だけど、複製体を作る魔法っていうのは興味深いかも。魔法の使い手の減少に比例して、高等魔法の使い手もどんどんいなくなっているのは事実だし。王の左手なんていう務めがなければ、私も一緒に旅をしたいくらいなんだけど」
「あいつの能力は把握しておきたいですね。レリアさんには改めて相談させてもらうかもしれません」
「力になれなくてすまないな」
フェリクスさんから頭を下げられ、なんだかこちらが恐縮してしまう。それを誤魔化そうと、慌てて次の話題を投げた。
「だったら、これは聞いていますか? 大臣とベルナールさんからの情報ですが、超大型魔獣ブリュス=キュリテール。王国はついに、奴の住処を突き止めたそうなんです」
「本当か!?」
フェリクスさんとマルクさんが、こぞって身を乗り出してきた。ヴァレリーさんは澄まし顔のままで反応は薄いが、レリアさんも興味を示してくれているのがわかった。
「生誕祭で発表するはずだった、目玉のひとつらしいです。騎士と冒険者を集めて、魔獣討伐の決起をするつもりだったそうですよ。でも国がこんな状態になってしまっては、それもままならないということでしたけど」
「で、そいつはどこに潜んでるんだ? また王国が襲われるような危険はないのか?」
先を促してくるフェリクスさんを制して、俺は言葉を探した。
「詳しい場所は教えてくれませんでした。付近一帯にエクトルさんが結界を張ってくれているので、問題はないはずだと」
「ちょっと待って」
慌てた顔で声を上げたのはレリアさんだ。
「エクトルは亡くなったのよ。彼が仕掛けていた結界は、消滅しているかもしれない」
その一言で、場が凍りついた。そんな怪物が解き放たれてしまえば、どれほどの被害になるのか想像も付かない。
「この件については、私からも大臣を問い詰めてみるわ。何かわかったら知らせるから」
「すみませんが、よろしくお願いします」
結局、それ以上の話に発展させることはできなかった。さすがに疲れ切った俺は、王の左手を残して貴賓館を後にした。





