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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.08 王都アヴィレンヌ編

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15 引き継がれる意志


 左腕と左足を失ったフェリクスさんは、(いびつ)な姿で暗闇に寝転んでいた。


『リュシアン、おまえは希望だ。前に進め。こんな所で立ち止まるな』


 その目に宿る強い意志に、胸を射貫かれた。歪さを補って余りある力。それが心の中へ流れ込んできているような錯覚がした。


 前に進め。その言葉が心を急かす。


「フェリクスさん!」


 体を起こした先は、夜の闇だった。かけられていた布団が衣擦れの音を立て、腰元へ落ちていった。


 今の状況がわからない。魔力灯の明かりが照らし出すのはどこかの個室だ。俺が寝ているシングルベッドの右手には、丸テーブルと二脚の椅子。左手は浴室や洗面所に続いている。だが、王城で戦っていたはずだ。


「がう、がうっ!」


 枕元にいたらしいラグが、俺の左肩へ止まった。それと併せたように、部屋隅の扉が開いた。顔を覗かせたのはレオンだ。


「ようやくお目覚めか」


「俺はどうしてこんなことに?」


 レオンは疲れの見える顔で室内へ入り込んできた。軽装姿でソードブレイカーを脇に提げた彼は、入口の側に置かれた丸テーブルに近付き、椅子へ腰掛けた。


「記憶があるのはどこまで?」


「フェリクスさんが倒れた後、主塔に向かったんだ。大勢の兵士が倒れていて、後を追ってきたマルクさんが、殺されているエクトルさんを見つけた。そこで黒装束の男たちと戦闘になって、まんまと逃げられた」


「マルクさんの話と一致してる。気を失ったあんたを運んで、もう丸三日が経ってる」


「三日!?」


 戸惑う俺を置き去りに、更に話は続く。


「掃討戦は終了。というより、あの大蛇が倒された時点でほとんどの魔獣が逃げた。比較的危険度の高い魔獣は、ムスティア大森林から集められたみたいだ。深追いはしなかったけど、森へ逃げ込むのを騎士たちが確認した」


 一気にまくしたてたレオンは、腰から水の入った革袋を手に取った。


「戦死者の合同葬儀が終わって、建物の再建が始まろうかっていう所。近隣国とは和平協定を結んでいるし、物資や人手の支援も続々と集まってるみたいだ。ランクSのシルヴィさんはもちろんだけど、マリーも手伝いに駆り出されてる。だけどシルヴィさんとシャルロットは、あんたの看病をするって聞かなくてね。うるさいから追い出した」


 うんざりした顔で、革袋を口へ運ぶ。


「国王のヴィクトル=アリスティドを始め、家族一同は無傷だったよ。敵もここまで攻め込んでおきながら、最後は逃げるように退散。訳がわからない。黒装束に関しても手掛かり不足で、正体も目的もわかっていない」


「フェリクスさんは?」


「あんたにとっては国王より、そっちの方が大事か。今は、王城にある貴賓館の一室を充てがわれてる。傷が癒えるまで滞在して構わないということらしいよ。まぁ、さすがは王の左手、といった待遇だね」


「よかった」


「ぬるいな。本当にそう思う?」


 問いただすような声が、やけに重く響いた。


「どういう意味だ」


「まぁ、明日にでも会いに行ってみなよ……さて、他にも色々と話しておくことがあるけど、今の状態じゃ頭に入らないだろ。シルヴィさんとも共有してるから、何かあれば彼女に聞いて」


 他人事のように言って革袋の中身を煽り、再びこちらを見てきた。


「碧色。ここからはすべてが大きく変わる。今まで通りにはいかない」


「何がどう変わるって言うんだ」


「わからないか? 断罪(だんざい)の剣聖は力を失い、聡慧(そうけい)の賢聖は命を落とした。王の左手の内、ふたつの席が不在。騎士団がいるとはいえ、これは由々しき事態だ。すぐに人員の補充が必要になる」


「ふたつって……聡慧の賢聖はともかく、フェリクスさんは無事だろ」


「あんたも見ただろ。どこまでぬるいんだ。あの体で、冒険者を続けられると思うか? 今ほどの影響力を保つのは難しい」


 レオンはやり場のない怒りを噛み殺すように、奥歯を食いしばっている。


「あの人にはまだまだ教わりたいことがある。でも恐らく、王国はあの人を切る。お荷物になった人物を、王の左手として据え置くわけにはいかないだろうから」


「お荷物って……」


 使えなくなった駒は不要ということか。組織の考えとしては正しいのだろうが、曲がりなりにも王の左手だ。今までの貢献を考えて、憂慮してくれてもいいだろうに。


 俺の胸の内を見透かそうとするように、レオンは前かがみになって身を乗り出してきた。


「あんたが眠っている間、近衛騎士の団長をしている、ベルナールという男が訪ねてきた。今回の防衛戦で、王国はあんたの活躍を高く評価していると言ってた」


「それはどういうつもりで……」


「団長が直々に出向いてきたんだ。何かあると見て間違いないね。目を覚ましたら、アンジェルニー城まで訪ねて来いってさ。俺が聞きたいのは、いざとなった時、あんたにそれだけの覚悟があるのかっていうこと」


「いざとなった時?」


「そうだよ。間もなく賽は投げられる。フェリクスさんは時代を創ると常々言ってた。その意志が、引き継がれようとしてるんだ」


「俺に、って言うことか?」


「可能性がある、という所か。憶測でしか話せない。だけど、あんたの選択ひとつで大きく変わる。悔しいけど、今のあんたはそれだけの流れを引き寄せたってことだよ」


 それだけ言うと、レオンは静かに席を立って背を向けた。


「今後の身の振り方を良く考えるといいよ。シルヴィさんとアンナは黙って従うのかもしれないけど、俺は違う。仲良しこよしの、ぬるい関係を築くために一緒にいるわけじゃない。あんたがどう決断するかで、俺もこの後の道を決めさせてもらうから」


「それは承知してる」


「いいか、碧色。俺はあんたを完全に認めたわけじゃない。次世代を担うなんて言われて、自惚れているつもりもない。俺が求めるのは最強。誰にも負けない力なんだ。そのために利用できるものは何でも使う。あんたが俺より一歩先にいるのなら、その背に食らいついて必ず追い抜く。ただそれだけのことだよ」


「力を求めてるのは俺も同じだ。まだまだ満足してねぇよ。俺にもっと力があれば、フェリクスさんだってあんな目に遭わずにすんだかもしれない。正直、悔しいんだ」


 固い熱意を胸に、レオンの背を見つめた。


「俺たちは走り続けるしかない。おまえも、絶対に立ち止まるなよ」


「その言葉、忘れないことだね」


 レオンは扉の向こうへ消えていった。あの様子を見るに、俺の部屋を見張ってくれていたのかもしれない。


 そうして夜が明け、次の朝が巡ってきた。俺が目覚めたことを聞きつけ、シルヴィさん、マリー、シャルロットが見舞いに来てくれた。


「そういえば、アンナはどうしたんだ」


 朝食の席でその名を出した途端、シルヴィさんが苦い顔を見せて微笑んできた。


「実はリュシーが眠っている間に、ちょっとしたことが起こってね……」


 フェリクスさんに会うことを後回しにした俺は、慌ただしく食事を終えた。自室で手早く身支度を整え、魔導通話石を手に取った。

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