12 俺がすべてを終わらせる
「どうなってるの?」
驚きと恐怖が入り混じったマリーのつぶやきが聞こえてきた。彼女を振り返り、唖然とするその顔を見つめた。
「おまえが本気になれば、俺と同じくらいのことはできるはずなんだ」
「うそ……そんなはずない……」
「その治癒魔法にしたってそうだ。今は首から提げたタリスマンのお陰もあるけど、並外れた効果があることは気付いてるだろ」
本人は知らないはずだが、彼女が操っているのは竜術だ。レオンとエドモンに攻撃魔法を教わったと言っていたが、並の魔法でも相当な威力を持っているはずだ。現に、風の巨人の拳を弾いた姿を見ている。
「マリー、おまえには並外れた魔法力がある。セリーヌもそれを見抜いていたからこそ、大事なタリスマンを渡したんだ。その力で、これからもたくさんの人を救ってくれ」
「あなたからそんな風に言われると気持ち悪いんだけど……とにかくわかったわよ。私だってそのために寺院を出てきたんだから。聖女の名に恥じない行いをするだけよ」
「その心意気だ」
そうして俺はシャルロットの回復を待ち、彼女を抱きかかえてギルドの中へ運んだ。地下室の職員に彼女のことを頼み、後ろに付き従っていたマリーの顔を見た。
「みんなに付いていてやってくれ」
「どうするつもり?」
「決まってるだろ。反撃だ。あの大蛇どもを片付けて、俺が全てを終わらせる」
「だったら私も」
「大丈夫だ。俺だけでいい」
気付くと、足元にルネが立っていた。俺のズボンを掴み、黙ってこちらを見上げている。
「ルネもここにいるんだ。マリーもいるし、何も心配いらないから」
頭を撫でようと手を伸ばした途端、彼女は慌てて逃げだし、マリーへしがみついた。何がしたいのかよくわからない少女だ。
「すぐに終わらせるからな。行ってくる」
表に出ると、激しい戦闘が続いていた。人々や獣の声に混じり、爆発や火の手が闇夜を照らしている。負傷者や逃げ惑う住民の姿も、そこかしこに見受けられる。
そして最も危険が迫っているはアンジェルニー城だ。属性を持った四頭の大蛇。あれをなんとしても止めなければならない。城へ続く大通りにも無数の明かりが見える。大規模な戦闘が行われているのは明らかだ。
「がうっ!」
左肩の上でラグが吠えた。馬もないのにどうするつもりだ、とでも言いたげだが、このまま行けるという妙な確信があった。
一歩踏み出すと、体が綿毛にでもなったように軽々と浮き上がった。体重がなくなったように軽く、一歩の移動距離が凄まじい。この脚力なら数分で城へ着くだろう。
まずは中央広場を目指した。街に放たれた大蛇が三匹。できればそれらも排除しておきたい。城を守る部隊と四方の門を守る部隊。街の中心が一番手薄になっているはずだ。
不安を現実とするように、目の前の一画は建築物が派手に崩れ、瓦礫の山と化していた。曲がりくねった形に倒壊した建物が続き、蛇の通った道筋がはっきりわかる。
「がう、がうっ!」
ラグの警戒と同時に、右方の瓦礫の中から一頭の大蛇が飛び出してきた。子供だましのような襲い方に、思わず笑ってしまう。
前進をやめ、即座に後方へ飛び退く。眼前を大蛇が通り過ぎ、牙が噛み合わされる甲高い音が響いた。
「残念だったな」
さらけ出された大蛇の胴を見据え、右手で掌底を繰り出した。
「炎纏・竜爪撃!」
大蛇の体が数メートル押し出され、その身が、くの字に折れ曲がる。自然と、蛇の顔と尾が眼前に迫ってきた。
「汚ねぇ顔を……」
蛇の顔を見据え、左足を持ち上げる。
「近づけるんじゃねぇ!」
勢いよく放った蹴りが、大蛇の頭部を粉々に吹き飛ばした。反対から迫る尾を右拳で払い除けると、通りへ肉片がぶちまけられた。
血を吹き出したまま痙攣する巨大な胴体。放置しておいては邪魔だ。
「世話のかかる蛇だな」
左手に灯した青白い炎。それを放ち、大蛇の肉片ともども焼き払った。
「残り二匹か」
これだけ派手に暴れれば、相手から寄って来てくれないだろうか。そう考え直し、一気に城を目指すことにした。
中央広場を抜けて城へと続く大通りを進むと、検問が現れた。ここを過ぎると勾配が徐々にきつくなり、富裕層たちの住宅街を抜けた先に王城がそびえている。
だが、検問が既に形を成していない。無残に壊され、衛兵たちの遺体が横たわっていた。
「あの巨大な蛇が相手じゃ無理もない……」
悲しみに暮れている暇はない。この分では騎士たちも長くは持たないかもしれない。
検問を通過しようとした時だ。不穏な気配を感じ、すぐさま後ろへ飛び退いた。その動きを追うように、地中から二体の大蛇が飛び出してきた。
まさに期待通りだが、こうも次々と湧いて来るとさすがに鬱陶しい。
「まとめて掃除してやるよ」
魔法剣を引き抜き、右手に力を込めた。右手の紋章から青白い炎が吹き出し、とぐろを巻いて体を包む。
「来いよ。カスども」
言うが早いか、牙を剥き出した二体が覆いかぶさるように襲ってきた。
そうして俺が剣を振るうと、背後で気配が生まれた。強い魔法力を感じて目を向けると、馬に乗った人影が映った。
「炎纏・竜爪閃!」
「零水一閃」
俺が振るった剣の軌跡に沿って、青白く燃える五本の刃が飛んだ。竜のかぎ爪を再現したような魔力の刃が眼前の大蛇たちを蹂躙すると、並走するように青白き一筋の閃光が駆け抜けた。
炎竜王と剣聖の連携だ。大蛇といえど、この攻撃の前に呆気なく斬り刻まれていた。
「丁度いい所に来てくれました」
大蛇の先で停止した後ろ姿へ呼びかけると、彼女は馬を器用に操って振り返ってきた。
「遅れてすまない。というより、君はどうやってここまで来たんだ?」
「まぁ、色々ありまして。とりあえず話は後で。今の大蛇より危険なやつが四頭、城を目指して進んでいるんです。そういえば、一緒にいた司祭の方はどこに?」
「あぁ、彼女のことか。この王都の寺院に勤める司祭だ。護衛が終わったので別れた所だよ。それよりも、一刻を争う状況のようだな。悪いが先に行かせてもらうぞ」
黒髪をなびかせ、馬に乗ったヴァレリーさんが走り去ってゆく。だが、今の俺ならきっとそれよりも速い。
先を争うように坂道を駆け上がる。あの四頭を仕留めれば、この騒ぎも収まるはずだ。しかも、王の左手が全員揃った。その強さを目の当たりにできると思うと、不安以上の期待と興奮が込み上げてくる。
申し訳ないと思いつつ、ヴァレリーさんを追い越して跳ね橋を渡り、城門へ辿り着いた。
「嘘だろ……」
期待と興奮は即座に消え失せた。
砕かれた門と倒れる人々。城のあちこちから火の手が上がり、半壊した王城は物々しい雰囲気を漂わせていた。





