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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.08 王都アヴィレンヌ編

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08 あなたが好きです


 街の中は散々な有り様だった。火災に加えて魔獣の侵入という二重苦。火の手から逃れようと建物から出てきた人たちの多くが、通りで魔獣に襲われて被害を受けていた。


 レオンとマリーは水の魔法で鎮火にあたろうとしたが、マリーは癒やしの力の方が重宝される。鎮火はレオンに任せて、負傷者の救護に全力を注ぐよう伝えた。ルネも、そんなマリーに付いて歩いている。


 アンナとナルシスは、街に残る魔獣の掃討に加勢。他の冒険者や騎士の活躍もあり、魔獣の排除は順調に進んでいた。


「じゃあ、リュシーはここで大人しくしてて。本当はあたしが手厚く面倒を看てあげたいけど、それはまた今晩ね」


「いえ。今晩と言わず、無期延期で」


 冒険者ギルドの前で別れると、シルヴィさんは掃討戦へ加わるために雑踏へ消えた。


「さてと……」


 倒れ込みたくなる倦怠感を堪え、ギルドの館内を進んだ。マリーから癒やしの魔法を受ければすぐに良くなるが、彼女の力は負傷者のために使ってもらわなければならない。


 カウンターまでやってきた所で、奥からゆっくりと歩み出てくる人影が見えた。


「リュシアンさん!」


 弾ける笑顔のシャルロット。彼女を抱きとめると、驚いたラグが左肩から飛び去った。


「悪い。遅くなった」


「ご無事でよかったです……掃討戦の連絡をもらってから、スリング・ショットを構えてずっと待ってたんですよ」


「心細かったよな。不安な時に、側にいてやれなくてすまなかった。でも、街を襲っていた四体の巨人も全滅した。もう大丈夫だ」


 残る二体の巨人が倒れたことを知ったのは、掃討戦が始まった少し後だ。北と東からも戦力の加勢があり、彼らの口伝てで告げられた。


「約束通りに戻ってきてくれただけで満足です。でも、ひとつ忘れていませんか?」


 俺の胸に顔をうずめていたシャルロットだが、頭を上げて上目遣いを向けてきた。


「は?」


「とぼけないでください! 答えを聞かせてもらう約束じゃありませんか」


「戦闘中の、この状況で!?」


 あどけなさを残す顔が紅潮している。潤んだ瞳に吸い込まれそうな錯覚がした。そうして、香水の甘い香りが仄かに鼻先を漂う。


 いつもと違う服装や香水。よそ行きのために目一杯着飾っているのだろう。それらすべては王都へ来るという目的ではなく、俺と同じ時間を過ごすためだとしたら。


 そんなうぬぼれが頭を過ぎると、密着した体を通じて彼女の心音を強く感じた。花の蕾のような唇がゆっくりと開かれてゆく。


「リュシアンさん……あなたが好きです」


 その瞬間、時間が止まった気がした。周囲の喧騒すら遮られ、俺たちの存在だけがこの世界を動かしているように思えた。


 先日の話から、こうなることは想像がついていた。だが、いざこうしてその時を迎えると、頭の中は焦りで覆い尽くされている。でも、それでも俺は、彼女の想いに答えを示さなければならない。


 固い決意を胸に、彼女を見つめ返した。


「シャルロットの気持ちは本当に嬉しいよ。でも俺は応えられない。本当にすまない……」


「どうしてなんですか。理由を聞かせてもらわないと納得できません」


「俺には兄貴を探すっていう目的がある。いや、それだけじゃないな……やっぱり俺にはセリーヌが必要なんだ。あいつは大型魔獣を追ってる。その魔獣を倒すと約束したんだ」


「話を要約すると、セリーヌさんが好き、っていうことなんですよね?」


「まぁ、そういうことだな……」


「だったらそうと、はっきり言ってください」


 頬を膨らませたシャルロットは、俺の体を押しのけて数歩下がった。


「私もそうだろうなとは思ってましたけどね。でも、実際にリュシアンさんの口から言われてしまうと、やっぱり傷付きます……」


「悪い」


「いいんです。正直に話してもらえて、むしろスッキリしました」


「きゅうぅん……」


 左肩へ戻ってきたラグまで申し訳なさそうに鳴いた。言葉を見つけられずに頭を掻くと、シャルロットは満面の笑みを向けてきた。


「でも、私が勝手に好きでいるのは自由ですよね。リュシアンさんは私の憧れです。これからも、信者として応援し続けますから!」


「信者って……それは大げさだろ」


「そんなことありませんよ。リュシアンさんはきっと、もっと大物になります。間違いありません! そんなリュシアンさんを側で見守りながら、私ももっと成長しますから」


「あぁ。期待してる」


「身長だって、胸の大きさだって、セリーヌさんをうんと追い越しますからね。その時に後悔して言い寄ってきても、私にもきっと素敵な恋人がいるんですからね」


「あぁ。俺の悔しがる姿が浮かぶよ」


「でも、愛情突進(ラブ・チャージ)だけはやめませんからね。覚悟しておいてください」


「おいおい。それはどういう……」


「あなたの存在を、少しでも近くに感じていたいんです。いつも誰かのために一生懸命で、ボロボロに傷付いて、いつの間にか壊れてしまうんじゃないかって不安なんです。碧色の閃光が輝き続けていられるように、私は精一杯のお手伝いをさせて頂きます」


「いつもありがとう」


 感謝の言葉を口にすると、不意に至近距離からの愛情突進(ラブ・チャージ)を仕掛けられた。

 疲弊した体では受け止めきれず、後頭部と背中を床へ打ち付けた。


「いってぇ……」


 起き上がろうとした矢先、目の前に何かが飛び出してきた。唇へ伝う柔らかな感触に驚かされたが、それも僅かな間のこと。


 顔を上げたシャルロットは、俺の顔の両脇へ手を付き、恥ずかしそうに微笑んだ。


「なんだか悔しいので、初めての口づけはリュシアンさんに捧げちゃいました」


 慌てて身を起こしたシャルロットに助け起こされたが、なんとも言えない複雑な空気に包まれている。


 顔を真っ赤にしたシャルロットは、やり場のない想いの行き先と次の言葉を求めて、お下げ髪をせわしなくいじり続けていた。


「あの……ここは大丈夫ですから。リュシアンさんは、リュシアンさんにしかできないことをお願いします」


 両手で体を押されているが、疲れ切って動けないとは言えない。


「じゃあ、他の様子を見てくる。念のために、もうしばらくここにいてくれ」


「わかりました」


 確かに、このままギルドにいても気まずい思いをするだけだ。気を取り直して外へ出ると、負傷者の探索を手伝った。


 日没近くになって、街はどうにか落ち着きを取り戻してきた。王城の食料庫から飲み物と保存食が配給されるという伝令が巡り、動ける者たちは王都の中央広場へ集った。


 生誕祭というお祭り騒ぎを目前にしながら、街は悲壮感に包まれていた。だが生誕祭が重なったのは不幸中の幸いだ。これだけの戦力が集っていなければ被害は更に拡大していただろう。


 四体の巨人は別々に、街外れで焼かれることになった。魔獣たちの姿も消えたが、騎士や衛兵が夜通し見張ることになっている。


 王の左手も夜には招集がかかっているということだが、それまでの間、仲間たちやフェリクスさんと待ち合わせ、冒険者ギルドで束の間の休息をとることになった。

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