05 苛烈の拳聖と随意の賢聖
フェリクスさんという後ろ盾を得て、俄然、気が大きくなってきた。これでもう、恐れるものは何もない。
奮然として周囲へ睨みを効かせると、魔獣たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。草原や街道をひた走り、周囲の林へ逃げ込んで見えなくなってしまう。
「巨人が倒れて、恐れをなしたのか?」
拍子抜けの気分になると、周囲の冒険者や騎士たちから歓声が上がった。
その声を聞きながら、力を温存するために竜臨活性を解除した。残り数分といった程度だろうが、反動を多少でも軽減させることはできるだろう。それを追うように、体を覆っていた炎竜王の力も消えた。この力の発動条件ははっきりしないが、自在に使いこなせれば大きな助けになるのは間違いない。
「おまえたち。浮かれるのは後にしろ!」
フェリクスさんが、すかさず場を引き締める。
「動ける者は他の門へ加勢に急ぐか、街へ入り込んだ魔獣を片付けろ。怪我人がいれば知らせろ。すぐに司祭が駆けつける」
途端に我へ返った戦士たち。彼らも魔獣同様、慌てて駆け出してゆく。
「フェリクスさん。冒険者だけでなく騎士まで動かすなんて、さすがの影響力ですね」
「名が知られてるってのも、こういう時ばかりは感謝しないとなぁ」
困った顔で苦笑するフェリクスさんだが、俺には気掛かりがあった。
「城の守りは大丈夫なんですか? こんな所に来てたらまずいんじゃ……」
「なぁに、心配ない。城には精鋭の近衛騎士団と魔導師団がいる。それに、魔導師を束ねているのは賢聖のエクトルだぞ。俺は弱い者の味方。富裕層のために働くのはごめんだね」
この人の富裕層嫌いは承知しているが、こんな時までぶれないとは畏れ入る。呆れていると、フェリクスさんは興味深げに俺を見てきた。
「おまえさんの体を覆っていた炎。あれは何なんだ。いつもの力と違うよな」
「習得したばかりの新技なんです」
「がう、がうっ!」
右手のあざから飛び出してきたラグが、俺の左肩の上で楽しそうに吠えた。
「新技!? 最高じゃないか。シルヴィも見当たらないし、特訓でもしてたのかぁ?」
「それが……シルヴィさんはシルヴィさんで勝手にオルノーブルへ行っちゃうし、こっちも大変だったんですよ」
「オルノーブル?」
仕方なく、そこでの顛末をかいつまんで説明した。俺はその間、腰の革袋から取り出した魔力石を握って力の回復を急いだ。
俺自身は魔力を直接操れないが、竜の力を使うには欠かせない要素だ。巨人はまだ三体も残っている。万が一を考えても、回復しておくに越したことはない。
「というわけで、エドモンは敵に捕まったままなんです。助けられずにすみません」
「元を辿れば、あいつ自身の責任だ。本当に馬鹿な奴だ。すまなかったな」
剣聖に頭を下げられては、恐縮してしまう。
「フェリクスさんが謝るようなことじゃありません。だけど俺としてはもう、あいつと一緒に冒険はできません。エドモンの処遇は、フェリクスさんにお任せします」
「わかった。後のことは引き受けよう。で、他の奴等はどこにいるんだ」
「それが……ここに来る途中、魔獣との戦いに巻き込まれて、はぐれてしまって」
困惑した表情を見せたが、それも一瞬だ。
「あいつらのことだ。放っておいても問題ないな。俺たちも次の巨人へ向かうぞ」
「え? 向かうって、この距離ですよ」
この巨大な都市を回るとしたら数時間は必要だ。そんなことを考えていると、馬の疾走音が近づいてきた。
俺は余程おかしな顔をしていたのか、フェリクスさんが吹き出した。
「治療が必要だろうと思ってな。司祭たちに声を掛けて、二十人ほど来てもらった。彼らの馬を借りていくってわけさ。最高だろ?」
「確かに、これなら間に合いますね」
司祭たちと入れ替わるように二頭を借り、その背に跨った。すると、こちらを見ているフェリクスさんの視線に気付いた。
「東門には、マルクとレリアが行ってる。俺たちは北か南に加勢するぞ」
マルクさんは『苛烈の拳聖』。レリアさんは『随意の賢聖』の名を冠している。王の左手の一員だが、そんな人たちまで率先して戦ってくださっていることが素直に嬉しい。
沸き立つ心を押さえ、北と南の空へ素早く視線を巡らせた。南の空には黒煙が立ち込めている。火災が広がっているのかもしれない。
「南が危ないかもしれませんね。すぐに向かいましょう」
「だったら、俺は北だな」
「え?」
つい、間抜けな声が漏れてしまった。
「一緒に来てくれないんですか」
「おいおい、こんな時に冗談はよしてくれ。可愛い女性ならともかく、おまえさんのお守りなんてごめんだぞ」
正直、フェリクスさんに期待していただけに、別行動になるとは思わなかった。竜臨活性の反動も、気にならないと言えば嘘になる。
きっと、そんな心情など簡単に見透かされているだろう。試すような目が、俺をじっと伺っていた。
「俺たちは時代を創るんだぞ。その先陣を担うおまえが、そんな弱気でどうするんだ。この程度の敵、簡単に掃除できるよな?」
「ええ。やりますとも!」
この人には弱音を見せられないし、見られたくもない。どことなく、兄に通じる空気を纏っている人だ。フェリクスさんの背中にも、いつか必ず追いついてみせる。
「最高の返事だ。頼むぞ、碧色の閃光」
すれ違いざま、胸を拳で叩かれた。笑みで答え、深く息を吐いて南の空を見た。そうして意を決し、馬の腹を蹴る。
ここにいる冒険者たちは全員ランクS以上。おまけに騎士団もいる。俺の出る幕はないかもしれないが、じっとしていられない。
『冒険者もひとつの才能だ。魔獣に抗う力があるのなら、持たざる弱者を救うべきだ』
兄の言葉が頭を過ぎった。
王都の人々をひとりでも多く守るため、俺もやるべきことを成すだけだ。聖人とまで言われた兄なら、ここで手を抜くはずがない。
「やるよ。やってやるよ!」
曲がりなりにもランクA。碧色の閃光という、二つ名まで背負う存在だ。フェリクスさんもいる手前、恥ずかしい姿は見せられない。
そして馬を走らせること数十分。魔獣たちが門の周辺へ集っているお陰で、比較的容易に辿り着くことができた。だが、前方は魔獣たちが埋め尽くし、巨人へ近付けない。
「緑の光……風の巨人か」
その姿を睨んでいると、再び体の奥から込み上げてくる力の流れを感じた。全身の血液が激しく沸騰しているように熱くなる。
「あぁ。やってやろうぜ、炎竜王!」
馬に跨ったまま、鞘から剣を引き抜いた。眼前のザコどもを相手にしている暇はない。
「炎爆!」
掛け声と共に、右手の痣から青白い炎が弾けた。とぐろを巻いた炎が全身を包み込む。
「炎纏・竜爪閃!」
剣の軌跡に沿って、青白く燃える五本の刃が飛んだ。竜のかぎ爪を再現したような魔力の刃が、群れる魔獣たちを蹂躙した。騎士や冒険者を巻き込んでしまったが、多少の怪我人はやむを得ない。
俺は馬を操り、戦場を一気に駆け抜けた。





