04 炎の巨人
西門へ詰め寄る魔獣たち。その姿を追いながら、右手に収まる魔法剣を強く握った。
竜臨活性に加え、全身へとぐろを巻く青白い炎の力は続いている。ラグとセルジオン。二つの力が後押ししてくれている。
「やるぞ、炎竜王」
疾走を続け、前方を埋め尽くす魔獣の群れへ横薙ぎの一閃を繰り出した。
「炎纏・竜爪閃!」
剣の軌跡に沿って、青白く燃える五本の刃が飛んだ。竜のかぎ爪を再現したような魔力の刃が、眼前の魔獣たちを蹂躙。怒濤の勢いで襲いかかり、その体を斬り裂いてゆく。
魔力の刃が消えることはない。まるで海が割れるように前方だけが切り開かれた。俺はその後を辿り、門を目指して走るだけだ。
「どけよ。ザコども」
魔力の刃に気付いた魔獣たちが、次々と俺を振り返る。だが、俺が纏う圧倒的な竜の力に怯えているのだろう。その場で止まるか、背を向け逃げ出すものばかり。
竜臨活性で強化された体で、更に疾走を続ける。そうして俺は瞬く間に、炎の巨人の側へ辿り着いていた。
巨人の拳を受け、門は大きくひしゃげていた。それどころか壁の一部まで打ち崩され、中型魔獣が街へ侵入してしまっている。
城壁を挟んだ内外では、冒険者や騎士たちが必死の攻防を繰り広げていた。
「これ以上、好き勝手にさせるかよ」
この際、ザコは無視するしかない。まずは炎の巨人を片付けるのが最優先だ。
「炎纏・竜爪閃!」
俺に背を向けたままの巨人。その左足を目掛け、剣を横薙ぎに一閃。青白く燃える五本の刃が飛び、敵のふくらはぎを直撃した。
「どうだ!」
いくら巨人といえども、この技を受ければただでは済まないはずだ。左足を落とし、転倒した所で一気に止めを刺す。
だが、敵は多少よろめいた程度だった。とても致命傷とは呼べない。
「くそっ!」
舌打ちが漏れる。炎の力を宿しているだけあって、相性が悪い。
俺の強襲に気付き、巨人の顔がこちらを向いた。顔に蠢くいくつもの眼球。それらすべてに睨まれているような錯覚がした。
次の瞬間、巨人が腰を落としたのがわかった。何かを仕掛けてくるつもりだ。
そうして俺が身構えると同時に、巨人はその場で大きく跳躍した。
頭上を覆う影。横へ走り、その範囲から慌てて飛び出した時、巨人の体が轟音を上げて着地した。
大地が悲鳴を上げたように震える。何体かの魔獣が踏み潰され、激しい熱波が周囲へ拡散した。俺は左腕を上げ、咄嗟に顔を庇った。
凄まじい攻撃力だ。竜の力と体を覆う炎がなければ、俺も甚大な被害を受けていた。その力をまざまざと見せつけるように、熱波に巻き込まれた人々や魔獣が周囲に倒れていた。皆一様に悶え、熱に苦しんでいる。
「調子に乗るなよ」
剣を構え、しゃがみ込んだ巨人へ迫る。すると裏拳を当てるように、豪腕が振るわれた。
息を吐き、素早く横へ飛び退く。竜臨活性の力があれば、難なく避けられる攻撃だ。
剥き出しになった巨人の胸元。そこへ攻撃の焦点を絞った。握りしめた魔法剣へ、力を収束させる様を想像する。
程なく、刃の先端へ馬車を丸呑みにするほどの巨大な球体が顕現。碧色の輝きを放つそれは、絶大な威力を内包した魔力の塊だ。
俺は巨人の足元へ滑り込み、上空目掛けて力を解き放った。
「竜牙天穿!」
突き出した剣先から魔力球が飛んだ。竜の再臨とも言うべき圧倒的な力が巨人の心臓部を捉え、敵の体へ大きな風穴を開けた。
「まずは一体!」
確かな手応えに左拳を握りしめた。だが、巨人はまだ三体もいる。安心はできない。
巨人の背後に飛び出し、攻撃を受けた王都を改めて見上げた。すると、街を守る壁の向こうに物見台が見えた。そこにいた兵士から、悲鳴のような声が上がる。
「おい、後ろだ!」
嫌な予感に振り向いた直後、巨人の拳が眼前に迫っていた。
「がっ!」
全身を強烈な衝撃が襲った。昨晩に肉人形から受けた一撃よりも更に重い。その力によって、軽々と宙を舞っていた。
上も下もわからない浮遊感。直後、地面にぶつかる衝撃に襲われ、激しく転がった。
目が回る。視界が揺らぎ、視点が定まらない。だが、動きを止めてしまえば格好の的だ。
地面に腕を付き、どうにか身を起こした。慌ててその場を飛び退いた直後、先程まで俺がいた場所を一筋の火柱が通り抜けていった。攻撃に巻き込まれた魔獣たちの悲鳴が上がる。
「危ねぇ……」
間一髪だった。あのまま倒れていれば、今頃は火だるまだ。
頭を振るい、無理矢理に意識を覚醒させた。加護の腕輪を確認すると、ラインの色は黄色。まだ、魔力障壁の力は残っている。
「野郎……」
巨人の口内には炎が燻っている。他の巨人も同様に、それぞれの属性を扱えるのだろう。それにしても、心臓部へ大穴を開けたというのに止まる気配がない。不死身ではないだろうが、弱点はどこにあるのか。
やはり頭を狙うべきだった。今更後悔しても遅いが、判断を誤ったと見るしかない。
その時だ。巨人を睨んでいると、視界の奥にある西門が僅かに開くのがわかった。あれでは魔獣の侵入を更に許してしまう。
「こんな時に何をやってんだ!?」
剣を構え、慌てて駆けた。再び振るわれてきた巨人の拳を避けると同時に、その腕へ飛び乗った。このまま一気に肩まで駆け上がり、相手の頭部へ致命傷を見舞う。
だが、そう簡単には運ばない。走り出した途端、巨人の左手が迫った。体へまとわり付く虫を払うように、敵は激しく暴れた。
振り落とされ、地面に膝を付いて着地した。するとその時、視界へ信じられないものが飛び込んできた。
巨人の足元に、誰かが立っている。
「粛清斬!」
その手に握られているのは大剣だ。淡い白色に包まれた刃が振るわれた直後、巨人は体勢を崩してこちらに倒れてきた。
ふくらはぎで切断された左足。それが寂しげに残り、傷口から血を溢れさせている。
「行け、リュシアン。とどめを刺せ」
その声に導かれるように、倒れてくる巨人を睨んだ。敵の喉元を見据えて腰を落とすと、体中へ漲る大きな力を感じた。
目の前の巨人など比にならない。それを凌駕し、容易く飲み込んでしまうほどの圧倒的で暴力的な力。俺はその力に流されるまま、外へと解放してやるだけでいい。
「炎纏・竜薙斬!」
体に纏う青白い炎が吹き荒れた。豪快な唸りを上げて描かれた剣筋が敵の喉元を確実に捉え、その首が静かに地面へ転がった。
「見事だな。また腕を上げたじゃないか」
飄々とした涼しい顔をされては、泣き言のひとつも言えない。
「フェリクスさん……」
「情けない声を出すな。まだまだ敵は残ってるんだ。さっさと片付けるぞ」
最強の味方が登場だ。喜びと共に、全身へ活力が漲ってくる。





