03 炎竜王、覚醒
俺にも竜臨活性の力があるとはいえ、時間制限と大きな反動は避けられない。これから先の戦いでは、それに匹敵する何かが必要だ。
「貴様の命、頂くぞ」
漆黒の長剣を手に、駆け込んでくるラファエルの姿を捉えていた。黒の軽量鎧に身を包んだ姿は、まさしく死神だ。
横薙ぎに繰り出された鋭い一閃。命を刈り取るような斬撃を、魔法剣で受け止めた。
剣が纏う紫電が弾け、光の粒が宙を舞う。それがまるで、ぶつかりあった長剣たちから迸る鮮血のように見えた。
ラファエルは奥歯を噛み締め、忌々しそうな顔を見せた。剣を引き戻し、息もつかせぬ連撃が襲い来る。だが俺も、先日とは違う。
「その程度かよ」
前回は不意を突かれたが、対等の力を持つとわかれば冷静でいられる。鋭く切れのある斬撃だが、ついていけないほどではない。
それらを受け止める度、悲鳴のような金属音と共に光が散る。紫電を纏った漆黒の刃。その奥に見えるラファエルの姿を睨んだ。
しかし防戦に追い込まれているのは相変わらずだ。打開策を講じなければ、早々に押し切られてしまう。
すべての鍵を握るのは、やはり炎竜王だ。
Gとの戦いでは炎竜王の力に飲まれてしまったが、それを呼び起こした切っ掛けは、間違いなく俺自身の作用によるものだ。
昨日の戦いで、炎竜王の力の一端を借りることには成功した。あの時の感覚は火種となって、今でも俺の中にしっかりと残っている。後はその火種へ火力を注ぎ、自在に操ることができればいい。それさえ可能になれば、俺は更なる力を手にできる。
要は、ラグの力を取り込む感覚と同じだ。炎竜王が潜む部屋の場所は捉えた。鍵は解かれ、扉も開け放たれている。その場所を訪ね、豪快な料理を振る舞ってやればいい。
俺が火力をきちんと制御できるかどうか。問題は、そこに集約されているはずだ。
ラファエルの猛攻を凌ぎながらも、仲間たちの顔が頭を過ぎってゆく。シルヴィさん、レオン、アンナ、マリー、そしてエドモン。彼らと一緒なら、どんな敵も怖くない。だが、そんな彼らを守り、繋がりをより強固なものとするために、俺は更なる高みを目指さなければならない。現状に満足できない。
セリーヌを迎え入れ、災厄の魔獣を倒す。それだけの力を手に入れてみせる。
「力を貸せよ……」
ここまでくれば炎竜王も道連れだ。どの道、俺が命を落とすようなことになれば、ラグもろとも行き場を失ってしまうのは確実だ。否応なく、俺に力を貸さざるを得ない。
だからといって、無理矢理に力を行使させるのは間違っている。誠意と敬意を持って向き合い、協力したいという流れを作らなければ、竜の全力を引き出すことなどできない。
今はまだ、それだけの関係を築けていない。俺の力が足りないこともわかっている。だからこそ、今の俺に可能な範囲で、やれることを必死にこなしていくだけだ。
「なんなんだ、貴様は!?」
俺に決定打を与えることができず、焦りを抱えたラファエルは慌てて距離を取った。
脇へ流した剣先へ更に強力な紫電が迸り、魔力が収束してゆくのがわかった。奴の技に対抗するには、俺も全力で迎え撃つしかない。
両手で握った剣を正眼に構え、向かい来る力へ抗うように腰を落とした。そうして腹筋へ力を込めると、へそを中心にして体中へ熱が漲ってゆくのを感じた。
体中の血液が激しく沸騰しているようだ。だが、決して苦しいわけじゃない。むしろ心地よい開放感が全身を包み込んでいる。炎竜王の力が覚醒してゆく様を全身で感じる。
「炎爆!」
掛け声と共に、青白い炎が弾けた。右手を包む碧色の輝きすら飲み込むように、とぐろを巻いた炎が全身を包んだ。
驚愕の表情を見せるラファエルだが、攻撃の手を止めることはない。
「雷鋭・竜飛閃!」
漆黒の刃が空を薙ぐ。その軌跡を追い、三日月のような形をとった紫電の刃が生まれた。
すべてを喰らい尽くさんとする凶悪さを秘めた、必殺の一撃。豪雷を凝縮したようなそれが、光と唸りを伴って飛来した。
しかし、それを迎え撃つ俺の心は驚くほど冷静だった。体を包む炎が、俺の持つ負の感情を焼き尽くしてしまったかのようだ。
刃へ炎が燃え移る。それを頭上へ掲げ、迫りくる紫電に振り下ろした。
「炎纏・竜翻衝!」
刃の先端から炎が広がる。俺の体を中心として、炎が輪となり伸び上がった。目線の高さまで膨れ上がった炎の壁は、水の波紋が広がるように全方位へと拡散する。
甲高い音を立て、紫電と炎が激突。互いは弾け、炎の波紋は一部を掻き消されてしまった。それでも紫電の衝突を避けた部分は拡散を続け、付近にいた魔獣たちを焼き払う。
「その力はなんだ!?」
動揺する相手を見据えた。
「ラファエル。おまえには感謝してるんだ」
すべてを飲み込む勢いで地を蹴り、奴の眼前へ迫った。左手が熱い。掌へ急速に力が流れ込んでゆくのを感じる。
「俺が成長するための、糧になってくれた」
振り下ろされた刃を魔法剣で受け止めた。そのままの勢いで、がら空きになった相手の腹部を目掛け、左手で掌底を打ち込む。
「炎纏・竜牙撃」
そして、一筋の炎が敵の腹部を貫いた。
ラファエルは背中を丸め、目を見開いたまま数歩後ずさった。その腕からは、ガラスの割れたような破砕音が漏れる。相手はランクBだ。その程度の魔力障壁で、竜の力を防ぎきれるはずがない。
「俺にとって、ここはまだ通過点に過ぎない」
敵の姿を眺め、剣をゆっくりと下ろした。
「前回に見逃してもらった礼だ。今回はここまでにしてやる。仲間も近くにいるんだろ。さっさと治療してもらうんだな」
レオンがいれば、甘いと指摘をしてくるはずだ。しかし自分でも言った通り、こいつには貸しがある。先日のあの場面、俺の命を奪うことは容易だったはずだ。何がこいつを思い止まらせたのかはわからない。だがそのお陰で、こうして雪辱を果たすことができた。
勝負は決した。いつまでもラファエルに構っていられない。今は王都が最優先だ。
西門へ目を向ける。近くにいる魔獣は先程の炎で焼死しているが、それもほんの一部だ。前方にはまだまだおびただしい数が残り、城壁を目指して進み続けている。
「うらあぁぁぁっ!」
突然の咆哮に目を向けると、尚も身構えたラファエルが斬り掛かってくる所だった。
舌打ちと共に身を翻し、相手の全身全霊となる一撃を避けた。
「しつこいんだよ」
ラファエルの喉を掴み、頭を潰さんばかりの勢いで地面へ叩きつける。鈍い音と共に、完全に気を失ってしまった。
竜臨活性を使っているとはいえ、ここまで攻めてくるとは大した執念だ。
「悔しかったら追ってこい。俺はその更に上を行ってやる。全てを守るために」
強い決意を胸に、西門の前で暴れ続ける炎の巨人を睨んだ。新たに得たこの力で、必ずみんなを救ってみせる。
「行こう、セルジオン。竜の底力ってやつを思い知らせてやろう」
剣を握り、魔獣の群れへと飛び込んでゆく。





