22 深い結び付き
翌日、朝一番からドミニクと傭兵団の元副長三人を招集した。そのままカンタンとエミリアンを連れ、裁判所での契約手続き。それが終わった後は各自の役割を再確認して解散した。災害に見舞われた歓楽街も、傭兵たちが復興を手伝ってくれている。
結局、またユーグを逃した。ドミニクも自分では足手まといだと、俺に一任されている。どこまでも追い詰め、必ず仕留めてみせる。
決意も新たに屋敷へ戻ると、玄関前にシルヴィさんの姿があった。
「どう。上手く行った?」
「まぁ、今の所は。契約の事務手続きに一ヶ月。俺もわからないことだらけなので、結局、法律家を雇いましたけどね。王都でも有名なやり手らしいので、円滑に進むと思います」
「凄いじゃない。よかったわね」
「でも、エミリアンは独身でしたけど、カンタンは本妻以外にもあちこちに女がいて。後々、権利や相続の問題が出そうです。まぁ、店の権利書や書類一式は奪ったし、本人たちの牙も抜いた。経営の知識と人脈を頂いたら、お払い箱。徹底的に搾り取ってやりますよ」
「リュシーがどんどん危険な男になっていく。あぁん、あたしのことも滅茶苦茶にして」
俺の体へしなだれ、腕を絡めてくる。
「食い付く所が違うでしょうが。シルヴィさんだって冒険を続けていれば、運命的な出会いがあるかもしれませんよ」
「あら。リュシーはそれでいいんだ?」
「当然ですよ。その人の人生ですから」
それはそれで寂しい気もするが、シルヴィさんには本当の幸せを掴んで欲しいとも思う。
すると、門扉の外に怪しげな人影を見つけた。みすぼらしい身なりの中年男性だ。
「何か用ですか?」
「リュシアン=バティストという方を探しているんです。この屋敷にいるはずだと聞いて」
「それ、俺ですけど」
男は驚いた顔をしながらも、人から預かったという物を差し出してきた。
「これ、加護の腕輪じゃない」
隣に立つシルヴィさんもいぶかしんでいる。腕輪のラインは銀色。ランクSの印だ。
「エドモンの腕輪か? これをどこで?」
「歓楽街の入口で、魔導師風の女に頼まれたんだ。どこにいるか把握できるように離さず持っていなさい、と伝えてくれってさ」
そして男は逃げるように去っていった。
「そうなると、エドモンは捕まったままってことよね。可愛そうだけど自業自得か」
「相手からの接触を待つしかありませんね」
もどかしいが、今はどうすることもできない。頭を切り替え、シルヴィさん、レオン、マリーと共に屋敷を後にした。次はその足で商店へ向かう。朝一番で補修を頼んだ鎖帷子の受け取りと、痛んだ冒険服の買い替えだ。
「レオン様、昨晩はありがとうございました」
道すがら、後ろでマリーの声が上がる。俺は、隣を歩くシルヴィさんと目を合わせた。
「何のこと」
「私の部屋を夜通し見張っていてくださったと、傭兵の方から伺ったので」
「そんなことか。わざわざ礼を言われることでもないから。むしろ、モントリニオ丘陵では守ってやれなくて済まなかった」
「レオン様が謝る必要はありません。悪いのはエドモンさんですから」
レオンが謝るのを初めて聞いた。しかも部屋の見張りまでしてくれていたとは。以前にも同じことがあったが、過剰ともいえる警戒心は、幼い頃に街を襲撃された影響だろうか。
そうして商店へ入ると、一般的な冒険服を探した。今は魔力障壁に加えて鎖帷子もある。なるべく身軽な方が動きやすい。
「リュシー。これなんてどう?」
「は?」
シルヴィさんの声に振り向くと、なぜか紫の女性用下着を手にしている。レースがあしらわれた、お洒落で卑猥なデザインだ。
「今夜も激しく盛り上がらない?」
「遠慮しておきます」
「あら。むしろ、下着なんていらないって顔ね」
「どんな顔なんですか、それは!?」
「おふたりって、本当に仲がいいですよね」
呆れ顔のマリーに、シルヴィさんが微笑む。
「仲がいいっていうより、すっごく深い所まで結び付いてる、大人の関係なの」
腹部を撫で回している仕草が気になる。
「私にはこの人の良さがわからないので何とも。今回もカンタンさんとエミリアンさんへの仕打ちを見て、やっぱり野蛮な人なんだという印象を再確認しました」
「酷い言われようだな……」
「リュシーの魅力は、わかる人にだけわかればいいの。敵が増えても面倒なんだから」
シルヴィさんは妖艶な笑みを浮かべた。
結局、冒険服選びは今着ている物と似た服で落ち着いた。風景に溶け込むことを考えても、深緑色は外せなかった。
「ここは、あたしに払わせて」
会計にシルヴィさんが割り込んできた。
「自分で払いますよ」
「いいじゃない。あたしが買ってあげたいの」
せっかくなので、好意に甘えることにした。そうして早めの昼食を摂ろうと、大衆酒場、荒くれどもの喧騒亭へ向かう。
開店前なので普段なら入店できないが、昨晩世話になった御礼をしなければならない。食事は予約済み。酒場の前で、アンナ、パメラ、ルネと待ち合わせの約束をしていた。
「皆さん心配したんですよ。私が寺院へ行っている間に、街には怪物、アンナさんは行方不明。ルネに聞いたら、ここで待つように言われたって。生きた心地がしませんでした」
「いろいろ悪かったな」
ご機嫌斜めのパメラだったが、豪勢な食事でそれもどこ吹く風。エドモンもいれば大団円だったが、この街での心残りになってしまった。
シルヴィさんとアンナは、エドモンを許して欲しいと言う。だが露骨に拒絶したのは、標的にされたマリーだ。レオンも彼女の味方に付き、意見は完全に二分。どのみち、エドモンも素直に戻ってくるとは思えない。フェリクスさんに泣きつくのは目に見えている。
そして何より驚かされたのは、ルネの食欲だ。パメラとマリーの間へ陣取り、大人顔負けの勢いで黙々と料理を平らげたのだ。
「みんなには話しておかないとな」
俺は食事が終わる頃合いを見て切り出した。
「シルヴィさんは王都で護衛任務ですよね。俺はシャルロットを送り届けた後、マリーと一緒にアンターニュの街に向かう。レオンとアンナがどうするかは、それぞれに任せるよ」
「アンターニュに何があるんですか?」
当のマリーが不思議そうな顔をしている。
「そういえば、まだ話してなかったな。セリーヌの故郷。その場所について知っている人がいるんだ。マリーと一緒にその人を尋ねることが、情報提供の条件なんだよ」
「女神様に会えるんですか!?」
目を見開いたマリーは前のめりになり、驚くほどの食いつきを見せてきた。セリーヌに会いたいと言い続けているのは知っていたが、これほどまでだとは思いもしなかった。
「故郷の場所がわかるかもしれないって程度だ。会えると決まったわけじゃない」
「ぜひ、お供します。でも、あなたとふたりきりというのは不安しかありません」
「またそれか……」
「なんでマリーちゃんなの?」
アンナの質問は最もだ。俺は想定していた質問に対して、嘘の答えを重ねてゆく。
「マリーが持つ治癒能力の高さは、みんなも知っての通りだな。情報提供者は重い病にかかっていて、それを治すのが条件なんだ」
「なるほどね。でも、アンナはやめておくよ。シル姉と一緒に、王都で食べ歩きするから」
俺は黙って頷いた。その方が俺も安心だ。今はシルヴィさんをひとりにできない。
「だったら、俺が行くしかないか」
「レオン様が来てくだされば心強いです」
渋々といった感じのレオンを見ながら、胸の前で両手を組んだマリーが喜んでいる。
「決まりだな。レオン、よろしく頼む」
「彼女のために行くだけ。あの夜に言ったこと、忘れてないよね?」
「あぁ、覚えてるとも」
マリーを外すか、レオンが外れるか。俺は新たな選択を迫られている。
「あの。実は折り入ってお願いが……」
口を開いたのはパメラだ。
「ルネは、サンケルクという街に住んでいたそうなんです。ご存じであれば送り届けて頂けないかと思っていたんですけど……」
懐かしい地名に、つい反応してしまった。
「俺はフォールって街の出身だけど、サンケルクは馬で半日の距離だ。急用がなければ送ってやるんだけど、馬車で送らせようか?」
するとルネが、マリーへ耳打ちした。
「私と一緒じゃなきゃ嫌だと言っています。連れて行ってあげましょう」
ルネはマリーの法衣の裾を掴んで離さない。なんとも厄介なことになってしまった。
「わかった。アンターニュでの用事が終わったら、その後にサンケルクへ行くから」
そうして歓談していると、魔導通話石に反応があった。この片割れは、シャルロットが持っているはずだ。
「どうした?」
『リュシアンさん、大変です。すぐに王都へ戻ってきてください』
「落ち着け。何があったんだ」
切羽詰まった声に、妙な胸騒ぎがする。
『王都が魔獣に囲まれているんです。騎士団や冒険者が出陣して、乱戦の直前なんですよ』
「嘘だろ!?」
想定外の報告に、頭が真っ白になった。
QUEST.07 オルノーブル編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
光纏帷子
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
ソードブレイカー
軽量鎧
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・天双翼
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:C(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
タリスマン
< ドミニク=ラポルト >
□年齢:40
□冒険者ランク:なし
□称号:なし
[装備]
毒刃短剣
革鎧
< エドモン=ジャカール >
□年齢:23
□冒険者ランク:S
□称号:真理の探求者
[装備]
魔導杖
朱の法衣
< フェリクス=ラグランジュ >
□年齢:38
□冒険者ランク:L
□称号:断罪の剣聖
[装備]
聖剣ミトロジー
軽量鎧
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing





