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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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20 正義の鉄槌


「ふたりとも、こっちに来てくれ」


 俺は、仰向けにしたエミリアンの体を押さえつけた。とはいえ、相手は六十歳前後と思しき初老だ。余り乱暴にも扱えない。


 因縁の相手を前に、シルヴィさんとアンナは複雑な表情を浮かべている。その心を蝕む激情の炎は、決して消えることはないだろう。


「これを持ってくれ」


 俺は魔法剣をシルヴィさんへ差し出した。


「どうしろって言うの?」


「去勢するんだ」


 すると、ふたりの顔が途端に強張った。


「待て。それだけはやめてくれ」


 エミリアンは慌てふためいた顔をして、激しく身じろぎを始める。そんな抵抗すら腹立たしく、その顔を睨み下ろした。


「だったらここで死ぬか? 去勢か死か。てめぇの選ぶ道はふたつにひとつだ」


「さっき言ってた相応の報いって、このこと?」


 アンナはようやく合点がいったという顔だ。


「名案だろ? こいつの尊厳を根こそぎ奪う。すんなりあの世へなんて逝かせてたまるかよ」


「おまえは悪魔だ!」


「クズ野郎。てめぇに言われたくねぇよ」


 こいつを黙らせるため、両手を縛るために使った上着の一部を斬り裂き、口の中へと放り込んでやった。


「さっさとやっちまえ」


 魔法剣の先端をエミリアンの股へ導いた。


「エミリアン、動くなよ。下手に暴れると袋どころか、棒まで根こそぎなくなるぜ」


 シルヴィさんとアンナに、エミリアンの脚を片方ずつ抑え込んでもらった。そうして魔法剣の(つか)にはふたりの手が添えられた。


「後は刃を落とすだけだ」


 シルヴィさんは何を思っているのだろう。エミリアンからも散々な目に遭わされてきたはずだ。これを機に、彼女が抱える苦しみが少しでも軽くなってくれたらそれでいい。


「アンナ。やるわよ」


 覚悟を決めたシルヴィさんの言葉に、アンナも黙って頷いた。


 過去をなかったことにはできない。それでもその想いに終止符を打ち、新しい一歩を踏み出すことはできると信じている。


 俺が見つめる先で、忌まわしい過去を清算するための正義の鉄槌が静かに落とされた。

 去勢の激痛に呻くエミリアン。塞がれた口から、くぐもった声が漏れ続けている。


 険しい顔で歯を食い縛るシルヴィさんとアンナ。殺したいほど憎い相手だろうが、これで多少なりとも溜飲を下げてもらうしかない。命を奪うのは簡単だが、エミリアンには生き恥を晒してもらう必要がある。


「もう少し我慢しろ。すぐにマリーが来る。そうしたら傷口だけは塞いでやるよ」


 エミリアンのズボンで血を拭い、魔法剣を鞘へと収めた。


「せっかくの魔法剣で、まさかこんな汚物を斬る羽目になるなんてな。悲しくなるぜ」


 ルノーさんとアランさんへ申し訳ない気持ちになってきた。


 そうして待つこと五分。アンナの誘導に従い、レオン、マリー、ドミニクが合流。縛られたカンタンと、傭兵団を率いていた三人の副長たちもいる。


 隊長のブレーズは、サロモンが討ち果たしたという。理不尽な束縛から開放された傭兵たちは、異常な興奮に包まれて帰還を果たした。


「マリー、無事で良かった。心配したんだぜ」


 声をかけると、彼女は聖母のような微笑みを湛えて歩み寄ってきた。


「ご心配をお掛けしました。レオン様がいち早く駆けつけてくださったお陰です」


 なぜか、二の腕を思い切りつねられているんだが。すると彼女は、床へ横たわったままのエミリアンへ即座に駆け寄った。


「指輪と首飾りをお持ちだと伺いました。あれは私が頂いた大切な品なんです。どうか今すぐ返してください」


「安心しろ。それならここにある」


 革袋から取り出した聖者の指輪とタリスマン。それをマリーに手渡した。


「よかった……大司教様と女神様へ顔向けできなくなるところだった」


 両手でそっと包み込みながらも、聖女という言葉が台無しになりそうな渋い顔を見せた。


「あなたが持っていたんですか? 野蛮になる呪いがかけられていそうです」


「おい。おまえなぁ……」


 俺の言葉を無視して、そそくさとそれらを身に着けている。まったく酷い言われようだ。


「丁度いい。エミリアンの治療を頼む」


「どこが悪いんでしょうか」


「診ればわかる」


 間もなく、マリーの悲鳴が聞こえてきた。生娘には刺激の強過ぎる光景かもしれない。


「もう最悪……」


「でもほら。大事な患者さんだと思って」


 治療を終えてふさぎ込んでしまったマリーを、アンナが必死になだめる様が微笑ましい。


「で、俺たちまで呼んだ理由は?」


 レオンが不満そうにつぶやいた。マリーを助け、役目は終わったと言わんばかりの顔だ。


「この取引の証人になってもらう」


「取引?」


 レオンだけでなく、この場に集った全員が不思議そうな顔をしている。


 俺はカンタンとエミリアンをベッドへ座らせ、倒れていたテーブルを起こした。


「カンタン、エミリアン。明日から、おまえらを俺の支配下へ置くことにした」


 そう告げた途端、面食らった仲間たちから様々な声が上がった。予想通りの対応に、俺は片手を上げてそれらを制した。


「カンタンからは歓楽街で得た利益の七割を貰う。エミリアンも大衆酒場をあちこちで経営してるそうだな。本店と自宅がこの街にあるのは聞いてる。てめぇは今後、俺の財布代わりだ。必要に応じた額をその都度工面してもらう。シルヴィさんとアンナへの賠償金だと思え。それから歓楽街と飲食店、それぞれの共同経営者として俺の名義を加えた」


 俺はドミニクを呼び、この作戦前に用意してもらったそれぞれの誓約書を受け取った。この仕掛けがあったからこそ、ドミニクの逃走は俺の予想外の出来事となったのだ。


「今の条件をまとめたものだ。ここに署名と血判を残せ。手続きは明日、俺が同行する。拒否権はない。断れば、てめぇらの家族共々、必ず追い詰めてあの世行きにしてやるよ」


 ふたりへ脅しをかけながら、クリストフの遺体を思い切り踏みつけてみせた。


 渋々署名する彼等を眺め、胸がすく思いを味わっていた。そうして俺は最後の仕上げにとりかかるべく、ドミニクを見た。


「あんたには今後、カンタンの見張りを頼む。副長のひとりと協力して、娼館運営の管理をしてくれ。奴隷売買は廃止。手下の賊を呼び寄せて、傭兵の手伝いをさせて構わない」


 呆気にとられているドミニクへ笑いかけ、ふたりの元副長に目を向けた。


 長剣を操っていた男がカミーユ。槍を操っていた男はセドリックという名前らしい。サロモンを含めた三人が三十代ということだ。


「サロモンとカミーユには、エミリアンの見張りと護衛を頼む。こいつがおかしなことをしないように見張ってくれ」


「俺たちは傭兵だぞ。おまえのような小僧の小間使いになれって言うのか」


 カミーユが即座に不満を漏らしてきた。


「無償奉仕とは言わねぇよ。カンタンの歓楽街から得る利益は七割だ。四割は貰うが、残りの三割をみんなで分ければいい。下手に傭兵稼業へ戻るより、ずっと安定してるだろ」


「碧色様には恐れ入ったよ。これはとんでもないことを考えたもんだねぇ」


 ドミニクは呆れたように笑っているが、彼なしでは成立しない作戦だった。


「あんたのお陰だよ。誓約書作りからエミリアンの素性調べまで、事細かに動いてくれた」


 そして俺は、ドミニクとサロモンへ魔導通話石を手渡した。これらは、カンタンが持っていた私物を取り上げたものだ。


「毎日、定期連絡をすること。間違っても変な気を起こすなよ。裏切れば冒険者ギルドから戦力を募って、即座に制圧するからな」


「俺は、見合う金さえ貰えればそれでいい」


 セドリックは完全に割り切ってくれている。正直、こういう奴の方が扱い易くて助かる。


 気付けば、室内にはふたりの女性が居残っていた。この騒動を目にしても逃げ出さないとは、度胸があるか、行く宛のない連中だ。


「あんたたちにも手伝ってもらいたい。それぞれにカンタンとエミリアンの世話を頼む。報酬は弾むからさ」


 こうして騒動を収めたものの、付け焼き刃と言ってもいい作戦だ。俺も法律に詳しいわけじゃない。まだまだ問題は発生するだろう。場合によっては法律家を雇う必要が出てくるかもしれない。あくまでも、カンタンとエミリアンを飼い殺しにするための作戦だ。ドミニクと元副長たちの協力を得て、その都度解決しながら形を作っていくしかない。


「今日は本当に疲れた……」


 首を揉み、体を引きずる思いで屋敷の廊下を進む。時刻は既に零時を過ぎて、日付が変わってしまっている。


 あの後、クリストフの遺体を片付け、カンタンとエミリアンはそのまま軟禁した。


『パメラとルネが心配だから、酒場に戻るね』


 アンナ以外の仲間は、豊富に設けられた客室へ割り振った。そして俺も、ようやく個室へ身を落ち着けた。


 血と泥に塗れた冒険服を脱ぎ、体中の血痕を洗い流した。もちろん着替えなど持っていない。下着姿でベッドに体を沈めると、途端に睡魔が襲ってきた。


 ところが、襲ってきたのは睡魔だけじゃなかった。

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